四十二 あなたの英雄
「助けて!!……うわぁ!!」
「いったい俺たちが何をしたって言うんだよ!!」
どんどんと崩れていく建物。
恐怖で叫び悶えながら、姿を消していく人々。
この状況には、まさしく絶望という言葉がよく似合う。
英雄サノスという大きな存在を失った街。
その弊害なのか、単に本当の脅威が影を潜めていただけなのか。
街は、瞬く間に被害を受けてその形を歪めていく。
ただ街で平和にお出かけを楽しんでいたサノスたちにとっても、その脅威は例外なく襲いかかる。
「サノス、こっちよ!」
シスリーンの指示に従いながら、どんどんと暗くて細い道へと進んでいくサノス。
元々、真正面から敵と対峙し最前線で戦い続けてきた彼にとっては、この体験は初めてであり戦士としては非常に屈辱的なことだろう。
しかし、それでもサノスはよく知っていた。
自分があの頃と違って、大きく劣ってしまっていることも、今ここで立ち向かうことが無謀なことも。
込み上げてくる悔しさを、グッと堰き止めてせめて前を走って先導してくれている彼女だけには迷惑はかけないようにしようと。
これはある意味じゃ、サノスにとっての成長だ。
「ここ、急いで中に入って」
裏道にポツリとある扉、そこには人が隠れられるだけの空間が存在していた。
はぁ、はぁ……上がる息を押し殺しながら休憩を兼ねて、その場でじっとする。
長く続くその無言の間は、見ている俺たちの緊張感をじんわりと高めていく。
だからこそ、ドンドン!……そうなり響いた音にサノス達と連動するように体が跳ねる。
「……おい、誰かいるのか」
必死に気配を殺す……口を腕で覆いながら呼吸の音を絶対に聞かせないように。
「なるべく逃すな……そう命令が出ている。
俺たちが逃がしたと、そう一瞬でも疑われれば俺たちの首が飛ぶからな。
ちゃんと、隅まで確認しろ」
相手は複数、見つかれば少なくとも無傷で生還というわけにはいかないだろう。
何なら、その時点で全滅の可能性の方が高い。
「でも、いなさそうだけどな……」
ちょっとでも、可能性があるならそれに賭けろ。
サノスたちにとっては、それが生きるということだ。
「……一応、な」
世界は都合よく回らない。
むしろコケてしまうことの方が多いと錯覚してしまうくらいに。
ストーリーのほとんどは、ここで扉を開けられず奇跡的に耐えたりするが、現実世界に目を向けて見ればそんなことはほとんど起こらない。
英雄から降りたサノス、そんな彼が浴びることになる苦難はきっと、そんな現実に近い。
「うおおおおおおおおおお!」
サノスは、その場にあった椅子を思いっきり振り下ろす。
戦士には似合わない不意打ちだ、それでも敵は鎧を着込んでいて、木の硬さなんかじゃ最も届きはしない。
しかし、その瞬間に腰に装備されていた剣を抜き取ったサノスは一人目をとりあえず薙ぎ倒す。
「い、いたぞ!……男と女、二人だ!」
サノスにとって今日は特別平和な一日になると思っていた。
実際、そのほとんどは想像通りに実現されていて後はシスリーンと日常について、笑って話すだけで良かったのだ。
そんな彼が、勿論鎧を着ているわけがないしこれから起こる争いに備えているわけがない。
それでいて、不自由な足では攻撃を全てかわしきることなど、出来るはずもない。
サノス達に気づいている敵は、残り二人だけ。
あの頃、戦いに飢えていた英雄なら余裕だったことだろう。
でも、彼は全てを失ってしまった。
新たな幸せを、手にした代わりに。
シスリーンは目の前に広がる景色に絶句する。
そこには沢山人が倒れていて、周辺に彼女以外に立てている人は一人もいない。
シスリーンは助かったのだ。
だけど、倒れている誰か達の中にはサノスがいる。
結果的には、相打ち……そういう終わり方だった。
この結果ですら、奇跡と呼ばざるを得ない。
彼らはそれだけ弱くて、ほとんどの可能性で全滅するしかなかったのだろう。
だけど、サノスは確かに戦士でそれでいてシスリーンという愛を持って接することのできる誰かがいて。
そんな中で、小さな奇跡を呼び寄せた。
その数時間後、争いは終結しそれですら痛み分けという結果で終わる。
沢山の人々が奪われたし、帰ってこないものも少なくないけど、それでも全部が終わったわけじゃない。
街の人々は新たに生まれた英雄に救いを求める。
その英雄は、大ちゃん……つまりサノスの側近として序盤に出たオートルだった。
俺たちには分からない、オートルがどれだけの活躍を見せてどれだけ良い男なのかを。
担ぎ上げられ、争いの終わりに歓喜する街の人々とは裏腹に、俺たちの中に宿る靄のような気持ち。
そんな彼らの物語はステージの中央で続けられながらも、端ではシスリーンがお墓の前に座る。
手を合わせて願い続けているのは、サノスの安寧なのかそれとも、これからの世界の平和なのか。
そんな願っている彼女の隣では、オートルが演説を始めるようであった。
「我々はこれからも様々な障壁に立ち向かっていかなくてはいけない。
生活の中で苦労を強いられ、様々ないざこざにすれ違い、悩まされて。
それでも、確かに一歩を踏み出さなくてはいけない。
だが、思い出してくれ……お前らには英雄がいる。
何かが起こった時、ピンチに陥った時。
私がこの名誉と共に、またお前らを救ってみせる!」
最後に掲げだ剣は、光輝きまだ折れていない。
だけど俺たちは知っている、時間が経つ……突然の不幸に巻き込まれる。
そんな中で、英雄ですら危機に晒されることを。
まだまだ続く、オートルの言葉を聞く中で物語の外の彼はどんな人生を歩んでいくのかを考える。
その剣が折れた時、彼はまだ英雄でいられるのかを。
幕が閉じた時、弱くてちっぽけ……普通の人間である俺たちはどう生きていくのかを思う。
これは絶望で……ある意味じゃ希望。
俺たちは助けられるだけでは、きっと終われない。
いずれ、自分で立ち上がり行動しなくちゃいけない時が訪れるのだろう。
最後に残ったのは、苦痛だけど現実的な伊川高校演劇部からのメッセージだ。
パチパチパチパチ……!
鳴り響く拍手に、ようやく力が抜けて後ろにもたれかかる。
「ねえ、石金くん。
これからご飯を食べた次が私たちって本当かな?」
「……やばいよなぁ、こんなの見せられちゃ」
一瞬、顔を覆う。
だけど、すぐに立ち上がった。
こうしたメンタルを作り上げてくれた新町さんたちには改めて感謝だ。
「さぁ、すぐ食べて最後の打ち合わせと行こう」
まずは試すことにしよう。
俺たちがこの短期間で作り上げたシナリオや演技。
これから始まる演劇、ここまで打ち続けてきた剣は簡単に折れるのかどうかを。




