四十一 伊川高校演劇部とは
演目……「折れた剣を剣と呼ぶか」
「英雄、英雄の凱旋だー!」
この物語は、サナスと呼ばれる国の英雄が国に帰ってきたシーンから始まる。
沢山の人々から囲まれて、沢山の人々から称賛を浴びる。
まさしく、彼は英雄と呼ばれるのに相応しい人物だ。
演じるのは、伊川高校の部長……長谷部という人だ。
大ちゃんが主人公ではないという展開に驚きはしたものの、その理由は演劇が続いていく中で分かっていく。
「この場所も久しぶりだ。
……故郷というのは、やはり良い。
心が何だか落ち着いて、休まる感覚」
まずサノス……村の英雄と呼ばれるほどの戦士である。
そしてまさしく、その肉体は非常に筋肉質でありサノスが戦士であることの説得力を増している。
この部長は、どうやら前回の芸術フェスの時にはいなかったらしいが、もしそれが事実ならばこの短期間でここまで身体を仕上げたと思う。
そう感じるのは、それほどに人に見せる肉体を意識させる身体つきだからだ。
勿論、それだけじゃない。
演技や動き、それから目線まで……まるでベテランのように精密に作られたその動きは、相当な努力から生まれたものであると言えるだろう。
真面目で勤勉……言葉では簡単に言えるが、短期間で他と並ぶほどの実力を手に入れるためには想像以上にそれが必要だったに違いない。
そして、大ちゃん……それどころか他の部員たちの信頼を得るに足る人間性もそこから来ているのだろう。
さて、対して大ちゃんが演じていたのはオートルと言うサノスの側近のような男だった。
しかし、ここではあっさりと出番が終了して身を引く。
俺の脳内にいた大ちゃん像はどんどんと崩れ去り、周りを立てるように影での活躍をしていた彼に相変わらず俺だけは驚く。
次のシーンは、サノスがどんどんと活躍を見せていくシーンだった。
凱旋の後であったとしても、世界は脅威に脅かされたままである。
敵はどんどん攻めてくるし、事件もどんどん起こる。
それでも流石は英雄、その力を最大限に使いそれらの出来事も一瞬で収めていくのだった。
しかし、それも長くは続かない……。
遂に戦いの最後、彼は足に矢を受けて何とか倒したものの、その違和感を認識せざるを得ない。
その後も満足に戦うことができなくなり、結果足を引っ張る結果になって、戦士を引退することが決まった。
それを街の人々は大いに悲しんだ。
仕方のないことだ、とはいえ英雄が沈んだという事実は消えることがない。
感謝を伝えられ、今までの功績を労われて。
きっと、引退後もそんな中で暮らしていくんだと思った。
……だが、世間というのは想像以上に淡白なものだ。
時間が経つにつれ、皆がサノスに目を向けなくなる。
未だに前線で活躍している戦士たちが、街の人たちにとっての安心であり、結局サノスはこれ以上戦えないという事実と向き合わなくてはいけなかったのだ。
「……くそっ!
俺は、もっとやれたはずだ。
体力だって、力だって……まだあるというのに。
それなのに……大事な局面で足がついてこない」
ふざけやがって……ふざけやがって!
鳴り響く彼の怒声と、その後の情けないほどの唸り。
彼は一日中、自分の終わりを悟って泣き続けるしかなかったのだ。
……だが、時間は確かに過ぎていくしお金も減る。
結局、彼は新聞を家に届けていく仕事についた。
終わったと思われた彼の人生だったが、足に負荷をかけるこの仕事は想像以上に大変だったし、そんな中でも仕事仲間ができていく。
彼にも、最近ではよく話す女の子がいた。
シスリーン、ごく普通の暮らしを送っている先輩の女性である。
彼女は、優しくも時に厳しくサノスの指導に当たり彼と友情を深め合っていく。
年齢はサノスよりずっと下のようだが、それでも二人は対等に会話する関係だった。
……そう、この台本の非常に面白いところがここだ。
基本的に、こういったファンタジーを描く場合は戦士である頃を描くことが多い。
当たり前のことだが、激しい展開が多くなりがちだし実際話の作りやすさも段違いである。
しかし、この話のメインどころはサノスが戦士を引退した後の、別の仕事について一般的な生活を送っていくところにあるのだ。
こういった生活にある小さな幸せや苦労。
その中で生まれる、何でもない……それでも温かい関係。
シスリーンだけじゃない、他にも色んな街の人々と関わっていく中で生まれる小さなストーリー。
それを元戦士という立場からじんわりと噛み締めるように描いているのだ。
これは非常に共感も高い。
お客さんには色んな層がいて、こうして手を取り合っていく社会の中には、必ず共感できる誰かがいる。
皆が、そのストーリーを目で追いかけながら重ねて自分の思い出の中を振り返る。
じんわりと涙を流してしまう人までいる。
さて、物語は更に進みついに彼はシスリーンと出かけることになった。
彼らの間には愛情が生まれている……とはいえ、年齢は大きく離れている。
まるで父と子供のような、そんな優しい愛情だ。
シスリーンは服を買い、久しぶりにサノスも買い物を楽しみ、それから二人はコーヒーを嗜んだりしながら相変わらず平和な日々を送っている。
……だが、これだけでは終わってくれない。
ガシャーン、急に轟音が鳴り響いた。
突然の状況に人々は阿鼻叫喚の嵐に巻き込まれて、その異質な状況にサノスたちも困惑を見せる。
そして遂に現れた別の国の兵士たち。
そこで我々も察することになるのだ。
どうやらこれから、この国内で争いが起こること。
そして、まだまだこのストーリーには展開が存在していること。
急な展開に、どうしても胸が躍ってしまう。
遂には、俺も前傾でなるべくその光景を目に焼き付けようと集中力を高める。
伊川高校の演劇部、そこまで惹き込んでくれる展開の数々。
勿論、見ているだけの立場で言って良いのならばそれは非常に興味深く、最高の一言に尽きる。
だが、それと同時に俺たちの演劇で立ち向かえるのかどうか、そう感じてしまうほどの脅威を覚えたのも確かだ。




