四十 漢の背中
「あああああああああ……」
あれから一週間、まだ経っていないがおおよそそれくらいの時間が過ぎた。
俺は結局、一週間の自宅謹慎……それも長谷部……長谷部先輩の尽力があってのことらしい。
こうして、部屋で声を上げてしまったのには自分の中にイライラとした気持ちが溜まっているからだ。
多分、イライラしていると言ってもこれは別に長谷部先輩に対してではないと思う。
正直、彼のアドバイスは適切であると言わざるを得ないのだろう。
その証拠に、俺は今よく分からない初めての感情に振り回されてしまっているのだから。
こうして、考える時間があるとどうしても色んなことを考えてしまう。
小、中学校を俺と過ごしてきた谷山……南田……久地。
小学校の頃、好きで告白した……そんで振られた山口。
………………………………有生。
きっと、もっと付き合い方があったのかもしれない。
あいつらとは確かに仲が良くて、それでいて今は誰一人とも連絡を取っていない。
俺は、確かにその場では地位を得ることができたが……それは本物じゃなかった。
強制的に、力で引き寄せたような……まさしく都合のいい、そんな友達未満の関係だった。
くよくよすんな、くよくよすんな。
何度も言い聞かせるけど、長谷部先輩と話したあの日から、俺は目が覚めたみたいに弱っている。
これがいいことなのか、何なのか。
ずっと自分が正しいと錯覚してきた俺には理解できない。
「……しゃあねえよな」
次の日、ようやく謹慎が解かれたその朝。
俺は、二年C組を訪ねていた。
「あれって、長谷部の事殴ったってやつ」
「え……どうして……報復とか辞めてよね……」
ああ、こうしてみると色んな声が聞こえる。
全部暴れて解決していた少し前と比べると、生きるのは酷く難しいし、想像以上に辛い。
誰が被害者づらしてるんだって、話なんだけど。
「よ、俺に用事だろ?」
……噂は本当だったようだ。
朝の七時、きっちりその時間に長谷部先輩は教室に入る。
今思ったけど、この人は中々に癖のある人だ。
だけどまあ、それでも嫌われてなくて……かつ自信に溢れていて。
まさしくこれが、自分に正しく生きるってことなんだろうな。
長谷部先輩は鞄だけ置くと、俺を連れて廊下をどんどんと進んでいく。
その間、一切会話が行われることはない。
結果、着いたのはとある空き教室。
なるほど、確かにここなら話しやすい。
「それで、俺に用事ってのは?」
「あんた……長谷部先輩の言葉は正しいと思う。
だけど、俺はそんな生き方したことなんてなくて。
それで……あんたが頼れって、そう言うから」
「……やっぱり、素直で良いやつじゃん」
あの時とはまた違う、優しい表情。
この人といると、つい調子が狂う。
それだけ、俺は変わろうとしているってことなのか。
やっぱり自分のことがよく分からない。
「多分、俺は……今まで結構暴力振るっちゃったり。
それから、圧かけたりして怖い思いさせて優位になった気になったりして……多分、そういう気持ちは今でもある。だって、そうやって生きてきたから」
「人は簡単に変われないってやつか?」
「……うん」
あっはっは……長谷部先輩は嬉しそうに笑う。
相変わらず何も分からない俺は、じっとその様子を見てるしかない。
「俺はお前がどんなやつだったかなんてほとんど知らないからな。
今のお前と関わってる時間の方がなんなら長い。
変われない……なんて言ってる奴のほとんどがほぼそいつのことを見てなくてたまにやったもう一回の失敗にケチつけてるだけだ。
……少なくとも、今変わってる瞬間を俺は目の当たりにしてるとこだよ」
……ああ、くそ。
やっぱり、俺は思ってるよりずっと変わってないらしい。
あの時、俺が憧れた戦隊モノのレッドに先輩が重なって俺はこの人に憧れざるを得ない。
「俺……!
俺、一人……謝りたい奴がいて。
そいつに謝って、許してもらえるとは思ってないけどそれでも……」
「おお、良いな。
それで、その人と連絡する手段は持っているのか?」
「……ない。
強いて言うなら、演劇が好きで。
もしかしたら、今も演劇やってるかもしれない」
俺は、有生に話しかけることはあれ以来出来なかったがそれでも、見かけることは確かにあって。
一度だけ話を聞いた時、確かまだ演劇の話をしてた。
「そうか……よし、ちょっと当てがある。
後で連絡するよ、えっと」
「三國大輝……俺の名前。
長谷部先輩……これからも相談とかお願い……します」
「……うん」
こうして、俺は長谷部先輩と正式に知り合った。
実際、その後演劇部部長と繋いでもらってもしかしたら演劇のイベントとかで有生に会えるかもしれない……そんな薄い可能性だけど、演劇部に入った。
俺は、それからずっと長谷部先輩について行って色んなこととか教えてもらって。
やっぱり良くしてもらえて、去年も演劇部で進んだ地区大会……完成度が上がらなくて困り果てていたら、長谷部先輩も入ってくれて、やっぱり皆をまとめてくれて。
伊川高校演劇部は確かな俺の居場所になって、段々と俺自身の素行も良くなったと長谷部先輩が褒めてくれるようになった頃。
同じ演劇部として久しぶりに会った山口が、有生が調貫高校に通っていることを教えてくれた。
だから、どうしようかと悩んでいたあの時。
毎年行っているという演劇フェスでの公演……その他の出演校に調貫高校があると知って、運命だと思った。
「俺、本気でやります!
だから今年の芸術フェス、俺たちが最高だったとお客さんに思わせる、そんな台本でやらせてください」
「……ちなみにさ、これは長谷部が可愛がってる後輩だから言うんじゃないからね。
則岡、あんた自身のことを私が大好きだから許可出すんだよ?
……何本か用意したシナリオ、好きなの選びな?」
改めて言おう、伊川高校演劇部は俺に取っての居場所だ。
これまでにないくらい、最高の居場所。
「よし、全員集合!」
受験が理由で早くに抜けた部長、その後新たな部長にはやっぱり長谷部先輩が選ばれた。
「今年の芸術フェスも、これまで通り……いやこれまで以上に気合い入れて、凄いの見せるぞ!」
「「おお!」」
気合いを入れて、改めてストレッチする俺と目線を合わせるように山口がしゃがむ。
「大ちゃん……頑張ろうね」
「おう……!」
俺もあの時から……少しくらいはかっこいい男に近づけたのだろうか。
長谷部先輩の背中を見ながら思う。
俺には、やっぱりまだ分からないことが多い。




