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三十七 芸術フェス当日

 伊川高校、芸術フェスでのライバル……俺たちが一方的にそう思っていただけの演劇強豪校。

 そこには、大ちゃんの姿があった。

 その大ちゃんがわざわざ調貫高校、つまり俺たちの演劇部に宣戦布告をしてくる事態になるなんて。

 これで正真正銘、お互いがお互いを意識しあうという夢にも思わなかった本気の戦いが始まると言うわけだ。


「……おい、石金。

 部長命令だ、お前も一つ何か言ってやれ」


 部長の言葉にハッとする。

 反射的に自分のスマホを見て、相変わらず時が経つのはあまりにも早いと、心の中で嘆く。

 俺は立ち上がって、皆の前に立った。


「ということで、明日は芸術フェス……俺たちにとっての初陣となります。

 とは言っても、もう少しすれば一年生は入ってくるし特別重要な局面かと聞かれればそうでもないと思います。

 ……でも、俺は一番面白かったと思われたいです」


 それを聞いた部員たちはうんうんと頷いている。

 確かに、俺たちはここ最近ありえないレベルで練習を積み重ねすぎた。

 そんなことを思っている俺自身も例外なく。


「俺は、家族に……ライバルに……それからここにいる仲間たちに。

 ものの数ヶ月で、背負うものが増えすぎたしこのフェスに対しても色々な思いが積み重なっちゃって。

 これは俺の我儘でもあるんです、どうか力を貸してください!」

「……ありがとうな、石金。

 まあ、私たちに本気を出さないなんて選択肢はない。

 そもそも、今の本気程度で全国に行けるとも思ってはいない。

 あの時は手抜きだったのかよ……そう思わせるくらい明日が終わればまた練習しよう。

 さあ、ストーリーは注目から始まる。

 やばい奴らが来た、あのステージを見てる奴ら全員にとにかくそう思い知らせてやれ!」

「「はい!」」


 ……部長には敵わない。

 そう言い終えて、俺の肩にガッチリと手をかけてくる部長には、恋愛ともまた違う。

 愛情のような暖かさを感じられて、嬉しくなった。


 そう、気づけば本番は明日。

 全員がこの日、己の中の熱を打ち直す。


 勿論、今日だって練習はあった。

 普段よりは早めに解散することになるとはいえ、そこまではかなり改善も出たし、良くなるよう追求もした。

 それでも、不安は尽きることがなくて。

 帰り道、いつもの一年生組との会話もずっと明日の演劇についての確認だったり、改善案だったり。

 どうやら俺たちは諦めが悪いらしい。

 でも、そんな友達に囲まれることが不思議と嬉しくて仕方がない。


「ただいまー」


 玄関を開けて、今度はすぐに二階に上がる。

 今日は疲れたし、明日のこともあるなるべく早く準備を済ませて、寝れるだけ寝ておきたい。

 ……それに、今日は緊張で完全に眠るまでに時間もかかりそうだ。


 リビングを開けた瞬間、揚げ物の良い匂いが広がる。

 自分が演劇部であることを告げたあの日から、時間の共有がしやすくなったことで、母はこうやってドンピシャの時間に料理を作ってくれるようになった。


「おかえり、それじゃ食べよっか」

「うん……いただきます……!」


 今日の献立はトンカツ、普段はこう言った揚げ物は特別な日以外めんどくさがる母親だが、そう俺が思ったことを察して、照れくさそうに笑う。


「何か……縁起が良いかなって。

 ほら、カツ……だからさ。

 それに、演技が良いとも掛かってるでしょ?」


 そんな母の意外な言葉につい笑みが溢れる。


「もう、ちょっと笑わないでよ!

 ……お母さん、こんなことくらいでしか貢献できないんだもん」

「うん……あの、これまで……心配かけてごめん。

 明日、良いもの見せれるようにする」


 お母さんはやっぱり一瞬、涙ぐんだような表情を見せて今度は前と違って我慢してここに居座る。

 それから、良い笑顔で俺に言う。


「……あと、お爺ちゃんも来るって。

 話したらどうしても行きたいってさ。

 明日もし、演劇終わった時とか時間あれば会う?」

「どうなんだろ……ちょっと分かんないや」

「うん、任せるよ」


 人間って、不思議だ。

 徳島県に遠征して、新町さんたちの作品を見た時。

 とんでもない覚悟が宿って、身体中を巡った。

 これ以上なく、気合いが入ったんだって……そう思ったくらいだ。


 でも、そうじゃなかった。

 芸術フェスが決まって、お母さんに色々打ち明けて。

 それから合宿に行って、大ちゃんに出会って。

 今もこうして、どんどんと積み重なっていくように際限なく、感情が増幅しているのを感じる。


「ごちそうさま」 


 自分の皿を洗って、流しに置いておく。

 そのまま、足は部屋を目指す。


「お母さん、ありがとう」


 最後にリビングを出る直前に言った言葉。

 これ以上は、感情が溢れ出しそうでこの感覚を明日まで内に閉じ込めておきたいと思った俺はそのまま部屋に篭る。


「明日……明日か」


 ああ、やっぱり手が震えて仕方がない。

 ……けど、それ以上にワクワク……そんなものに近い幸福感も止まりはしない。

 自分の熱に浮き足だって、変になっているのかもな。


 

 場所は、大きくそびえ立つ市民ホール。

 休日ということもあって北海道中から人が集まって、普段では考えられないような喧騒を纏っている。

 俺たちは一時間に満たない時間だけれど、その真ん中に立つことを許されたのだ。


「それじゃ、中で騒ぐのは原則禁止だからな。

 今のうち、ここで一発喝を入れるぞ!」


 部長の言葉に、部員全員で大きな円を作る。


「調貫高校、やってやんぞ!」

「「おおおお!!!」」


 こうして、俺たちの第一の障壁。

 地方活性芸術フェスが始まるのだった。

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