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三十六 ライバル

 合宿三日目、時刻は丁度十七時を回った頃。

 あくびや伸び、皆が疲れを見せながらバスに乗り込んでいく。

 ようやく、自分が納得する形……本当の意味で台本が完成して、三日目も少ししか練習を重ねられなかったけどそれでも得られるものは多くて、この合宿は俺にとっても大きな意味を持つ体験になった、そう感じる。


「三日間、ありがとうございました」

「いえいえ、私たちも刺激をもらいました。

 良かったら来年……どうなるかは分からないけれどそのタイミングにでも、またご利用ください」

「その時は是非、改めてありがとうございました」


 先生が乗り込んだタイミングでバスは動き出す。

 また、俺たちは日常へと帰ることになるのだ。

 ただでさえ、今日までほとんどの時間を俺は台本に使ってしまった。

 冬休みが終わるまで後一週間、ここからが正念場だ。


「ねえ、石金くん」

「……ん?」


 俺の隣に座っている成島さん。

 皆、眠ったりしているようだったが、こうして今でも通常運転な彼女は案外体力があるようだ。

 実際、合宿中も個人練をよくしている様子が見られたりした。


「別に……大会じゃないし。

 それこそ、勝敗がつくわけじゃないけど。

 今の新体制になって、初めての公演だから想像以上に私は成功したいって思っちゃってるんだ」

「それは勿論」


 俺も……きっとそうだ。

 最初は、練習気分で特別な思いがあるわけじゃなかったけど伊川高校を何となく意識するようになって、お母さんやおじいちゃんが見にきてくれるかもしれなくて……。

 つい、絶対に良いものを見せたいって思ってしまった。


「せめて、俺たちが最高だって思える演劇にしよう」

「……うん!」


 ゆっくりと動き続ける中、固まる決意。

 そんな最中、ようやく俺たちの合宿は終わりを告げた。


「……であるからして、今学期が一年の締めであるという意識を持って、やることをやる。

 部活動に授業に、たまには遊びなんかも。

 それらを必死にやって、優秀の美を飾れたと自分を誇れるようにしてください」


 校長先生の話が終わり、生徒全員が同時に頭を下げる。

 あれほど時間があると思っていた冬休みが簡単に終わってしまったことを痛感させられる。

 合宿終わりから一週間経って、ようやく今回の演目が身体に馴染んできた感覚はあるが、それでも不安は大きい。

 こんな時でも、頭の中の興味はほとんど放課後に向いている。


 だけど、当たり前に学校生活はあるわけで。

 授業が始まるとそっちに集中力は持っていかれるし、久しぶりの日常に身体が驚いて体力も奪われる。

 午後を越えれば、つい眠たくなってしまって大きい欠伸が出てしまう。


 ―バシッ!


 途切れた集中力を見抜かれて、こうして教科書で頭を叩かれたのもその弊害だ。

 休み明けというのは、毎回こうなってしまう。


「それじゃ……今日言わなくちゃいけないことは全部言ったよな……。

 よし、それじゃ終わり……さようなら」

「「さようなら!」」


 ……ようやく、放課後が訪れた。

 部室を目指して、リュックを抱えてすぐさま移動する。

 それこそ、当たり前のことだが掃除や委員会活動。

 放課後は別に、部活以外にもやらなくちゃいけないことが存在する。

 だから、こうして俺が最速で部室に向かったところですぐに活動をはじめられるわけじゃない。

 それでもなお、俺は部室に来てしまうのだ。

 一人でも、やれることは多い。

 

 ―石金、えー……石金有生。

  至急、職員室に来るように。


 ……やばい、まさか職員室に呼び出しを喰らうとは。

 今日の一日を思い返してみれば、演劇部のことで頭が一杯だったり、少し気が抜けてしまっていたり。

 何にせよ、呼び出される理由がないわけじゃない。

 胸が恐怖に押しつぶされそうになるが、それでも行かないわけには行かないだろう。

 早足で、職員室への道を辿る。


「……失礼します。

 あの、先ほど呼び出しを受けた石金有生です」


 職員室の先生方の視線が一斉に突き刺さる。

 ……やっぱり、何かピリついた雰囲気を感じる。

 そんな中で、俺の目の前までやってきた六倉先生。


「……あの、すいませんでした」


 思い当たる節があるとは言え、明確にどこなのかはよく分かっていない。

 それならば、とりあえずやるべきことは謝って誠意を見せることである。

 深々と頭を下げた後、先生の顔を覗き込む。


「おい、何を言ってるんだ。

 呼び出した理由は、石金に用があるってお客さんが来たからだよ」


 そういうと、六倉先生は俺の袖を掴んで引っ張る。

 向かう場所は玄関、どうやらその前で俺に用事がある人が待機しているらしい。


「……ほら、分かるか?」

「ああ、あの人ですか?……ちょっとだけ、すみません」


 俺は玄関に立つその人物の全神像を見る。

 先生たちがピリつくのも分かるレベルの金髪にピアスにとにかくちょっと怖いと思ってしまいそうな見た目。

 ……だけど、あれから数年経って大きく見た目は変わったけど。

 俺はその人を知っている、感覚的に分かってしまう。

 俺は外に飛び出して、声をかけてしまった。


「……大ちゃん」

「よお、久しぶりだな……有生」


 その返答に確信を得る。

 やっぱり、大ちゃんだったのか。

 制服は伊川高校、山口さんはこのことについて特に言及していなかったが、大ちゃんもそこに進学したらしい。

 あれから、結局仲が戻ることは一度もなくてあえて進学先を知ろうともしなかった。


「……今日は……どうしたの?」

「芸術フェス、お前も出るんだろ?

 とりあえず話したいこともあるが、それはお互いの劇が終わってからにしたい。

 だから、今は一つだけだ」


 大ちゃんは俺に真っ直ぐ指を向ける。

 その威圧感たるやとんでもなくて、嫌でも身体がブルっと反応してしまう。


「当日、俺らが一番やべえもん見せるから覚悟しろ。

 これは、宣戦布告ってやつだ。

 ……まあ後ついでに有生、お前も出るのかと思ってな」

「……出るよ、勿論」

「そうか」


 大ちゃんはそれだけ聞くと、すぐに後ろを振り返る。

 相変わらず、俺はあの時の記憶に弱くて。

 つい、逃げ出したいなんて思ってしまうけれど。


「俺たちの方が、面白い自信あるから……。

 俺たちの演劇もちゃんと見ててよ」


 片手を上げる大ちゃんの背中を俺は見送る。

 はぁ、はぁ……どっと疲れが押し寄せてきて俺はその場に座り込んだ。

 

 冬休み明けの怠さとか、久しぶりの生活に慣れない感じとか。

 そういうものはとっくに吹っ飛んだ、だって大ちゃんは明らかに本気の顔してた。

 俺らも想像以上の名作を完成させないと、きっと伊川高校に飲まれる。

 俺は、体に鞭打つように立ち上がり部室への道を出せる全速力でなぞる。

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