三十四 平均点
ようやく練習が終わって喉に水を通す。
さっきまで響き渡っていたたくさんの声たちが静まり返り、周りに建物のないこの場所では急に静けさが感じられる。
そんなことが少し寂しくて、大広間の様子に目を移す。
「はぁ、はぁ……はぁ」
部員たちはそのほとんどがぐったりとその場に座り込んだりなんなら寝転がってしまっていたり。
その光景は完全に運動部の練習終わりだが、あの緊張感の中で一時間近くの演技をこなすにはそのレベルの体力は必須であると言える。
まあ、とはいえ既に空は完全に黒に覆われておりそれだけの時間を練習に費やしたのだ。
こうなってしまうのも無理はないだろう。
「よ……よし。
とりあえず、七時までには何とか食堂に集合しろよ」
「「はい……」」
いつもよりも全然音量が乗っていないその返事も今日だけはお咎めなしだ。
何とか起き上がった部長はふらふらとした足取りでとりあえず自分の部屋に戻るようだ。
その様子を見て、ようやく他の部員たちもゆっくりと行動を開始する。
「はぁ、はぁ。
有生、俺たちも一旦部屋戻るか?」
「そうだね、一回着替えたいしそうしよっか」
「……おい、ちょっと待て。
そういえば、拓馬はどうした?」
「え、何か施設内を見て回りたいって飛び出したよ」
「…………部屋戻ろう」
まあ、拓馬の体力がとんでもないのは俺たち二人の中で共通認識だ。
あんな感じでも、何だかんだ時間になれば戻ってくることもよく知っている。
着替えを終えて、部屋で休むとそう言っていた純と別れて適当に廊下を歩いていると、成島さんに呼び止められた。
「石金くん、今日はお疲れ様」
「うん、これが後三日続くと思うと身体が着いて来れるのか心配だなぁ……」
「そうだね……あ、でも部長がご飯食べて就寝前の準備まで終わったらトランプとかゲームでもしようってワクワクしてたよ」
「まあ、部長にとってはそこも大きな目的だもんな……」
そもそも合宿が決まった時もそんなことを言っていた。
ここまでやったんだ、別に咎めることではないが。
きっと部長のことだ、俺も参加させられるだろう。
「せめて、今日は日付が変わる前には寝させてほしいな」
「だね……私も流石に疲れたよ」
こうして、成島さんと喋っているとあまりにも日常的すぎて驚く。
だけど、付き合いも長くなってきたからだろうか。
何となく、成島さんに違和感を覚えてしまった。
「……何かあった?」
「え、いや……どうして?」
「うーん、理由とかを聞かれると何だろうな……。
とにかく、変な感じがした……からかな」
「…………石金くんはさ、自分の台本。
一体どう評価してるのかなぁ、なんて」
成島さんのそんな言葉に息を呑む。
……が、すぐに白状するように両手を挙げる。
成島さんを近くの休憩スペースに誘って、ご飯前だと言うのにジュースを買う。
「台本……俺の感想は悪くないと思うよ。
日々野さんに手伝ってもらって、それを元にある程度形になったとは思ってる」
「……うん」
「だけど、物足りない……何かが。
その原因がよく分からない、オリジナリティかもしれないし、単調なシナリオだと思ってるのかも。
でも、その原因を見出して更に磨けるほどの場所に今俺はいない」
「大変……だよね」
ああ、俺たちはお互いが演劇好きなことをよく分かっているから、成島さんの気持ちがよく分かる。
実際、非常に綺麗にまとまっていて芸術フェスでやった時に罵声を浴びせられることはないと思う。
……けど、それ以上に記憶にもきっと残らない。
本当によく出来ている凡庸な作品。
成島さんは、友達としては素人なりによく出来た作品を評価したいんだろうけど、演劇好きとしてはもうちょっと何かが欲しい、そんなことを思っているのだろう。
……ただ、俺には肝心のアイデアがまだ無いしそれ以上にこの作品に手を加える勇気もない。
ここまでだって、苦労は要してきたのだ。
「じゃあ、成島さん。
そろそろ、食堂に行こっか」
「そう、だね」
ご飯の時も何だかもやもやが消えない。
自分の台本、その完成度に俺は目を背けてきた。
今日も、特に何も言われなかった。
それはもしかしたら、台本が文句無しの素晴らしい出来だったからじゃなく、根底を覆えすレベルの改変を加えない限り、普通のレベルを脱さないものだったからなのかもしれない。
実際、俺自身が思っていた自分の台本への疑念を成島さんは同じように抱いていたのだ。
「おい、大丈夫か……有生?」
ああ、拓馬……そういえばやっぱり時間通りに来ていたのか。
よく見れば、皆が揃っている。
運ばれた目の前の料理にすら気づいていなかった。
「「いただきます!」」
ちょうどかかった号令と同時に皆が食事を手に取る。
自分たちの疲れを癒すのと比例するようにどんどんと食事は無くなっていく。
俺も早く、料理を。
……はあ、俺はどこまで行っても不器用な人間だ。
ここにいる皆のことはとうに信頼している。
だけど、それでも本心を……悩みを見せるのが下手だ。
疲れていても平然を装ってしまうし、台本だって誰よりも納得言っていなかったのに皆の様子を見てしまった。
「……あの、食事中すいません!」
俺の掛け声に部員全員が視線を向ける。
その視線の数に、俺の台本が……そこから生み出される演劇がどこまでの価値を持っているのか知る。
だからこそ、言わなくちゃいけない。
「えと、今日やってもらった台本。
俺……実はそんなに気に入ってないです。
何が駄目かとか、改善案を思いついてるわけじゃない。
でも、芸術フェスでやりたくない……そう思っちゃってます」
すぐに帰ってくる部長の声。
「ああ、だろうな。
明らかに不服そうな顔してたもんな」
「……へ?」
それと同時に笑い声が聞こえる。
確かに……だったり、やっぱりな……だったり。
俺はあくまで平静を演じていたつもりだったのだが、顔が熱くなってくる。
成島さんは同じ演劇好きだから気づいたのだと……そう思っていたのに。
「おい石金、アイデアなんて日常を送ってたら急に降ってくるもんなんだぞ。
……だから、この合宿中くらいそんな辛気臭い顔してないで楽しくやろう」
「それ、部長が遊びたいだけじゃないですか……」
意外にも飛んできた成島さんのツッコミにまた笑いが起こる。
……こんなんで大丈夫なのかと、さっきまであんなにシリアスに考えていた自分とのギャップにまたもため息が出てしまう。
だけど、気づけば心は軽くなっている。
そういえば、この合宿は俺にとってのご褒美だったんだっけ。




