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三十三 合宿開始

「へー、中々良い場所じゃないか?」


 高校最寄りのバス停、そこから冬道を一時間くらいゆっくりと走った先にある場所。

 それが、今回俺たちがお世話になる三上旅館だ。


「私……友達と旅館なんて初めてなのでワクワクします!」

「安心しろ、流石に私も初めての体験だよ……」


 皆、目の前に広がる景色にどうしてもテンションが上がってしまう。

 仕方のないことだ、俺だってどうしてもこれから起きるであろう未知の体験に身体が震える。

 これは決して、寒さのせいではないはずだ。


「はい、全員整列。

 とりあえず挨拶も含めて私を先頭に中入るぞ〜」


 先生の掛け声でようやく収まるワイワイとした声。

 指示の通り、全員が綺麗な二列を形成してそれを確認した先生が扉を開く。


「ようこそ、おいでくださりました」


 外から聞こえる俺たちの声に、大体状況を理解していたのだろう。

 玄関に立っていた従業員の一人が、頭を深く下げる。

 昔ながらの木造建築が、非常に落ち着いた雰囲気を醸し出していて、つい気分が高揚してしまう。


「今日から三日間、よろしくお願いします。

 あの、一応確認させていただきたいのですが大広間の方も使わせて頂けるということですよね……」

「ああ、はい。

 冬休みの時期とはいえ、場所も田舎ですしお盆もとっくに過ぎているので、この三日間は貸切状態なんです。

 だから是非、こちらには気を遣わないで部活動の方に精を出して頂ければと思います」

「本当に、ありがとうございます。

 それでは、お世話になります」

「「お世話になります!」」


 ……そう、バスで一時間。

 そんな場所をあえて選んだのにも勿論、理由がある。

 一般的な理由としては値段の安さ、それでいてある程度部屋数のある大きい場所。

 

 しかし、それ以上に最高の条件があった。

 それが、さっき先生が確認していた部分。

 大広間というとにかく大きいスペースを無条件で使わせてもらえるというところだった。

 

 当初では、泊まる場所はとにかく安いことを条件。

 それとは別にどこか、練習場所を借りれないか……そんな風に考えたりした。

 しかし、どうやら二年生の先輩方が調べに調べて連絡を取り合ってくれたようで、予算をかなり抑えた条件で合宿の話を進めることができた。


「おお……!

 これ、俺たちだけで使って良いんだよな!」

「うん、三人部屋にしては勿体無いくらい広い」


 一年生の男子は三人部屋だ。

 これまた想像していた通りの過ごしやすそうな畳部屋であり、テンションが上がってしまう。


「おい、お前ら……ほら、早く行かないと怒られるぞ」


 俺たちが部屋を見てまわっている間に準備を済ませていた純が、声をかけてくれる。

 ここまで特殊な状況だと忘れそうになるが、俺たちは演技のスキルを上げるという名目でこの場所までやってきたのだ。

 一旦深呼吸を済ませて、落ち着きを取り戻してから三人で並んで部屋を出る。


 その後、ものの数分で全員が集合する。

 集合した大広間……そこは確かに非常に広いしどうやら本当に俺たちの貸切状態のようだ。

 周りに住宅はなかったようだし、声を出すこととか、騒音に関しても意識する必要はないらしい。


「じゃあ、今日は七時頃からご飯だから。

 その前の六時には切り上げれるようにしろよ。

 先生からは以上、練習については部長!」

「はい……よし聞け皆んな。

 とりあえず今日はこの前完成した台本を実際に動きと一緒に確認していく。

 違和感や石金……それから私たちも微妙に感じる部分があったら意見を出し合って修正を重ねる。

 それから勿論、いつも通り……いやいつも以上に声出しや個人練もやっていくからな」

「「はい!」」


 そうすると周りはすぐに準備を始める。

 これから、部長がする指示を分かっているからだ。


「じゃあ、台本を通して演技するのは三十分後。

 読み込みとか、前準備をそれまでに済ませるように」


 さあ、俺も台本を確認しておこうかな……そう思っていたのだが、俺の背中に影がかかる。

 どうやら、誰か用事のようだった。

 後ろを振り返ると、そこにはやっぱり先輩たちの姿がある。

 この前、用事を聞きそびれていたばかりだったからそろそろ何かアクションがあるとは思っていた。


「先輩方、前言おうとしていた話……なんですよね?」

「うん……あの、石金くん……いや石金さん。

 俺たちに、演劇教えていただけませんか?」


 それは予想の斜め上の景色。

 俺は何故か先輩にさん付けで呼ばれて、先輩に頭を下げてお願いされている。


「ちょ、ちょっと。

 一体、どうしたっていうんですか?」

「……俺たち、正直演劇のこと舐めてたと思います。

 だから部活入って祭の演技見た時、紐が切れたみたいにああ、もう良いや……そう思いました」


 それだけ、部長は才能に溢れていた。

 実際、俺が初めて見た時の調貫高校演劇部の公演は既に部長を中心に動いていたのだ。


「けど、石金くんやその周りが入ってこうしてやっているのを見て、俺たちは何をやってるんだ……って。

 最初一年が入ってきてやる気ないとこ見せて、皆辞めちゃって……俺たちは足引っ張ってばっかで。

 それでいて、祭にまで寂しい思いをさせた」

「だから今からでもやりたいってことですか?」


 先輩たちは頭を上げることしない。

 ……これって、非常に都合の良いことなのかもしれない。実際、部長にとってここまでの一年間は中々に辛い時間を過ごしたことだろう。

 勿論、俺だってその理由の一つにはあると思うけどそれでもこの人たちにだって何とか出来た部分もあった。


「……俺って先輩が思ってるより性格悪いかもです。

 今、ちょっとむかついちゃってます」

「……はい」

「だから、嫌がらせくらいキツイ練習させてストレス発散と先輩方の演技力向上を同時にやります……それでもいいなら」

「「………………はい!」」


 先輩方は目を輝かす。

 だけど俺は本当に性格が良くないらしく、どうしても気分が乗りはしない。

 ここまでのことを反省して、冬休み中沢山動いてくれたことも分かっているのだけれど。


「その代わり、俺に敬語使ったりさん付けするのは絶対に辞めてください。

 ちゃんと、俺の先輩として練習に参加してくださいよ」


 何度でも思う、正直心境は複雑だ。

 確かに、あの日高校生になって初めて見た調貫高校演劇部の公演……あれは酷かった。

 だけど、あの頃の俺は演技をすることがどうしても出来なくって、色々なことに縛られていて。

 だから、ステージに立って胸張って演技する先輩たちは俺にとって今でも憧れの対象なのだ。

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