二十六 絶望の帰り道
「新町さん!」
全ての演目が終了して少し後、新町さんから今なら大丈夫だと連絡が来た。
待ち合わせ場所に行ってみると、既に着替えを終えていつも通りの洋装で俺を待つ彼女の姿があった。
「あ、演劇ブログさん……!
本当にありがとうございます、見に来てくれて」
「うん……そういえば、これ飛行機代。
こっちこそ良いものを見せてくれて本当にありがとうございました」
「そんな、私の我儘ですよ。
お金だって、本当は大丈夫なのに」
それでも、そこら辺の説得は既に文章で完結しているため、すぐに封筒を受け取る新町さん。
「あの……それで。
演劇の方は、どうだったでしょうか?」
「…………正直、良かったとしか言えないです。
本当は、来年ライバルの予定だからあれ以上を仕上げて見せます……くらい、啖呵を切ってみたかったんですが。
そんな気にならないくらい差を見せられました」
新町さんは寂しそうに笑う。
自分が俺たちの心を折ってしまったことに少しの申し訳なさを感じたのかもしれない……少しだけそんなことを思う。
しかし、一瞬でそれが間違いだと認識させられた。
「まだ、これからですよ。
決勝はもっと凄いものを見せるつもりですし。
来年は、もっともっと凄いものを生み出します。
私たちのレベルを、この程度だと思ってもらったら張り合いがないじゃないですか」
去年よりも、良いものだった。
……俺が、あの演劇を観た直後に抱いた感想だ。
優勝したんだ、前の年の一番のはずだったんだ。
なのに、それよりも上に行ってしまった。
「……とにかく、来年は楽しみにしてます。
演劇ブログさんと、そのお仲間たちが全国にいると思ったら尚更、感覚が研ぎ澄まされる。
私が今持つ頂点を、貴方たちにぶつけるかつ周りの観客にお見せすることができるかもしれません」
「……あと、一年。
今はまだ、絶対行くとは言えないですけど。
それでも……」
「はい、お待ちしてますね」
そこで、新町さんは俺の元を去っていく。
大きすぎる彼女の背中を見ていると、足が動いてくれない。
俺はどのくらい、そこにいたのだろうか。
ホテルの帰り……とは言ってもこの後少しだけ観光することになっていたはずの車の中。
行きとは大きく違う、嫌な空気が流れているのを感じる。
皆、当てられてしまった……あの演劇たちに。
新町さんたちのだけじゃない、その全てが一線級に魅力を発していた。
「……部長、すいませんでした」
そんな中、ようやく口を開いたのは拓馬。
それも謝罪から始まるから、この暗い状況が更に深まってしまうのではないかと身構えてしまう。
「私に謝ってどうするんだ。
……私だって、ここまでとは思ってなかったよ」
「はい、だから。
このメンバーなら行けるなんて簡単に思ってすいませんでした。
……やっぱり、練習しなくちゃならないですよね」
少しの空白、その後部長が大きく吹き出す。
皆、肩の力が抜けたように崩れ落ちた。
「拓馬……お前そんなの当たり前だろ?
皆、努力した上で行けないんじゃないかってそういう所が懸念点だったんだぞ」
「……そうなんですか?……え、そうなの有生」
「そうだよ……あの演技はとんでもなかった。
俺たちじゃ、届かないと思わされたくらいに」
このタイミングで俺に振るとは、友人とはいえ中々フォローが難しい。
「何だよ、そんなことで皆落ち込んでたの?
……そんなの、当たり前じゃんか」
「拓馬くん!……そんなこと言われたら傷つくよ」
あの成島さんですら、抗議する。
だけど、やっぱり拓馬は止まることを知らない。
「そう?……だって俺たちが一番やった時にどんなことになるかなんて分かんないじゃん。
上限……一番上まで自分たちを磨いた時なんて神のみぞ知るっていうか、そもそも初心者集団なんだろ?」
本当に、こういう時拓馬は空気を読んでくれない。
もう無理って落ち込んでたらケツ叩いてもっとやってみろって、そう言ってくる。
現実を見た気になれば、それを変えてみろってまずは自分から走り始めてしまう。
……本当に、友達でよかった。
「部長……帰ったら練習しましょうか。
俺たち、あの演技見て絶望するくらいにはまだまだ素人なんで……」
「お、ようやくやる気になったな有生!
部長、俺にも指導お願いします!」
部長の身体が震えているのがわかる。
これは武者震いか……それとも。
「あー!!!!!!!!!!!!」
部長が発したその一言は、肌が痺れるほど空気を振動させる。
……だけど、確かに何かが戻ってきたことが分かる。
「……私な、このメンバーで取りたいって思った。
だからさいっこうに今、悔しいんだ!
あんなもん見せられて、一瞬でも諦めてしまった。
自分の中に、これに対抗してやろうって野心がさっきまで湧いていなかったこと」
部長が振り返ったその顔は、全部涙で覆われている。
「こんなに最高の奴らと、全国行けないことも」
俺も堰き止められていたものが溢れ出す。
純も、成島さんも拓馬ですら涙を流す。
「私は、せめてとんでもない奴らがいたって見せつける。
どうせ……大学になったって社会人になったって。
忘れられなくて、お前らに何回だってまた演劇やろうって誘ってやる!
その時に、あの頃全国大会にまで連れてって。
後輩たちを全国で一番上に連れてったのは私だったんだって。飲みの席で、私に自慢させろ!」
あの時、新町さんが言っていたことを思い出していた。
「演劇ブログさんとそのお仲間たちが全国にいると思ったら……」
きっと、彼女も確信しているのだ。
俺たちが全国の舞台に上がってくるのだと。
悔しい、悔しくて仕方ない。
全国に辿り着く前に、完膚なきまでにボコられて。
相手が悪かった、そう笑う自分を想像してしまった。
「運でも、実力でも……言葉に出来ない魅力でも。
とにかく全国の舞台に立って、一番良いと思われたやつが勝者だ。
その直前まで、とりあえず私が連れてってやる。
厳しくやるが、ついて来れるな!」
「「はい!」」
そうか……身体がアドレナリンで次の行動を求めてる。
脳みそがシナリオや、自分のやるべきことを急速に洗い出している。
自分にとっての全部が演劇に向かざるをえなくなる。
これが、感覚が研ぎ澄まされる……というやつか。
「……よし、良いもの見させてもらったし先生が景気付けに美味しいもの食べさせてやる!
食いたいもの、全員行ってみろ!」
収まらないアドレナリンの中、さっきまでの空気はとっくにどこかに行って、色んな案を出す声が車内に響き渡っている。




