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二十 究極の二択

 生徒たちはほとんど帰ってしまって、俺と日々野さんだけが観客席に座っている状況。

 ついに耐えきれなくて、俺は声を上げてしまう。


「……………………は?」


 日々野さんも流石に困惑しているようだ。

 当たり前だ……だってこれが究極の二択という作品とするならば、まだこの物語は終わっていないのだから。


 究極の二択の本当の終わり方はこうだ。

 真斗と由香里はある程度普通の幸せを手に入れることになる。

 しかしその矢先、彼らとすれ違ったのはあの社長令嬢とその夫のような人物だった。

 やっぱり彼女らも幸せそうで、真斗にはむしろ自分たち以上に幸せそうに見えてしまって。

 結局、自分の中に靄がかかったような何かを抱えて終わる……そんなハッピーとは言えない終わり方だ。


 だからこそ、自分の人生について考えさせられる。

 挑戦するべきなのか、安直に人生を決めるべきなのか。

 勿論、その真意は日々野さんしか知らないところではあるが、大事なシーンであることは確かだった。


「日々野さん……これは」

「…………いや、これが演劇部にとっての決断だって言うなら、私は尊重しなければいけない。

 見たいと言ったのも、変えても良いと言ったのも私だ」

「そんな、でも……」


 急に、部屋の電気が落ちて暗くなる。

 ……え、もう全部終わったはずじゃ。

 そうだ、客だって帰ってしまったしこれ以上やれることはないはず。


「あの、ちょっとお隣失礼します」


 急に、俺の隣に座ってくる人がいる。

 顔を見て驚いた、それは純と部長だったからだ。

 は……何が起きてる?

 二人は明らかにまだ演技をしている。

 嬉しそうに舞台に目をやって、まるで本当の夫婦かのように会話を交わして。


 ……幕が開く。

 そこにいたのは、やっぱり成島さんだった。

 ようやく確信に変わる、まだこの劇は終わっていない。

 少しして、成島さんがゆっくりと口を開く。


「極上の毎日の中、私はそれでも未だに掴みたいものがあった。それは熱、それは欲望……それは確かな光。

 一番欲しいものを手に入れて、何が悪い。

 一番やりたいことを描いて何が悪い!

 まだ確かに手が伸びるならば、まだ諦めたくないとそう願うならば、私に預けて欲しい……あなたの全てを」


 ……ああくそ、そういうことかよ。

 成島さんは手を伸ばす、観客席に向けて。


 勿論……不倫や人を簡単に見捨てることを推奨するわけではないけれど、真斗は令嬢と付き合い更には結婚することで更に幸せになれたのだろうか。

 倫理は、確かに大切なもので……社会が円滑に回るために必要なものではあるけれど、決して誰かを縛るための鎖なんかじゃないだろう。


 別に、悪いことじゃない。

 さらに好転しそうな人生を捨てることも、情や周りの意見で自分を殺すことも。

 ……だけど、もしかしたら選べたんだろうか。

 彼女からの告白を一度待つことも、あの子ともう数回だけ会ってみることも、一旦全部話してボコボコにされてそれでも本心を伝えることも。

 別に、嫌われるよなきっと。

 変なやつだって、次の日から指を刺されるかな。

 常識から逸れた道を選ぶことって怖くて仕方ないな。


 でも、俺にはまだ……選べるんだろうか。


「さあ、手を伸ばして」


 頭の中に血が巡る。

 色々なことが俺の中に確かに呼び起こされる。


「そいつは嘘つきだ!普段も演技みたいに俺たちを騙して優越感に浸ってる悪魔だ!」


 大ちゃん、もうちょっとくらい話したり出来たのかな。

 お互い泣くほど喧嘩して、その先で仲良く戻れたりしたのかな。


「ジジイの差し金か、お前の下手くそな泣き演技なんかに騙されるはずがない!!」


 お父さん、もっと必死に訴えれば本気で思ってるって分かってくれたのかな。

 本気で怒ったら、そっちの方が伝わったかな。


 人生は一度きりで、その中は選択の連続で。

 その中には後悔や悲壮も確かに眠っている。

 やりすぎちゃって、やらなすぎちゃって……当たり前に答えなんかありはしないんだ。

 けど、思ったよりやり直せることも少なくない。


 喧嘩したら謝れば良いし、嫌なことをしてしまったら次しなければ良い。

 二択のどっちもを俺は見たい、それは強欲かな。

 けど、少なくとも……俺は一度諦めた自分の演技を。

 閉ざされた選択肢の片割れをもう一度だけ見たい。


 伸ばせ、伸ばせ、伸ばせ、伸ばせ。

 今自分の中にある幸せはそう簡単に壊れはしないって。

 今だけはそう言い聞かせろ。


 伸ばせ―


 ……久しぶり、いや初めて上がったそのステージは。

 思ったより奥まで見えて、思っていたより皆の表情が見えて。

 日々野さん、そりゃ驚きますよね。

 部長も純も、何でそんなに泣きそうなんだよ。


「私の手を取ってくれたんだね」


 成島さん、ステージに立つあなたはやっぱりとんでもないくらいオーラがあって。


「勿論です、私はあなたの隣に立つ……そう言ったはずではないですか?」


 そんなあなたの隣に立ったらどうなるか、ずっと気になっていた。


 演目……「夢に落ちた騎士」。

 その最後、姫とその騎士は崩れかけた自分たちの王国で語り合い、最後は踊る。

 まるでこれからの始まりを楽しむと主張するように。


「ええ、そうでした。

 あまりにも長いこと来てくれないから忘れてたわ」

「遅れて……すいません。

 それでは、始めるとしましょうか?」


 ああ、この演目は何度見たことだろうか。

 あの時、お爺ちゃんのコレクションにあった。

 遡ること十五年前に、日本に輸入されてきた作品の一つである。

 勿論、俺も何度もディスクを見たがその美しさはまるで舞台という境界を見失うほどであり、舞台の端から端まで使われるダンスは、見た当時衝撃を受けた。


 そうそう、こうやって踊るんだ。

 勿論、成島さんもよく分かっているよね。

 この動き、この角度……全部がダンスを優雅に見せてこれからだよって勇気づけてくれる。

 やっぱり、俺は演技が大好きで仕方ない。

 数年越しに気づいた事実、それが今はただ楽しくて。


「……騎士様、おかえりなさい」

「ええ、次は絶対離しはしません」


 全部の思い出が昇華されるように、ようやく呪いから解放されたと感じてしまうほどに。

 とっくに俺は演劇部に入ることを決めていた。

 踊っている最中、幕は閉じる。

 けどまた次の舞台が始まる時、その幕は開くのだ。

 その時を、今はただ楽しみに待つ。

 来週のテレビ放送を待ちきれない子供のように。

ここまで見ていただきありがとうございます!

良ければブクマ、評価、感想等よろしくお願いします!

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