二 まさかの出会い
土曜日、午前十時……天気は快晴。
うん、しっかりチケットは鞄の中に入っている。
昨日の夜を含めると二桁は行くほどカバンの中身は確認してきた。
中に入り、自分の席に着く……時間は十分前。
席に関しても、この公演の予約開始と共に予約したため一番俺が好みなど真ん中の席を取れている。
さて、後はパンフレットを見ながら始まるのを待つだけだ。
少しして、隣に誰か座る。
俺も荷物を椅子の奥にしまい直して、会釈をしておく。
隣に座ったタイミングで顔を見たのだが、その瞬間勢い良く立ち上がってしまった……成島さん?
ギリギリ声には出なかったものの、成島さんが隣に座っているという不思議な状況になっている。
…………落ち着け、これはむしろいいことだ。
正直言って、俺と同じ趣味を持つ人に同年代で出会うことは殆どない。
別にそれ自体を茶化されることは現状ないし、なんなら趣味が違っても友達でいてくれるやつだっている。
しかし、少しの寂しさは感じていた。
もし、彼女が同じ趣味を持つ演劇仲間だとするならば友達に……なってみたい。
とはいえ、人の本心というのはそう簡単に見えはしない。
もしかしたら、突然の興味本位で来たかもしれない。
友人に押し付けられて、勿体無いから来てみたかもしれない。さて、俺はここでどうするのが正解か。
だが、そうして悩んでいるうちに劇が始まってしまう。
結局、隣にいる成島さんに声をかけることはできない。
彼女は目を大きく開きながら目の前の舞台を全て捉えるかのように見つめている。
……そうだ、俺も今日は作品を見に来たんだ。
こんなところで集中を乱してどうする。
演目……究極の二択。
主人公は貧しい家庭で生まれ、努力の末ある程度の生活は担保できているものの、それ以上は望めない。
兄弟たちがいることから、お金に関して悩み始めていた主人公は、ある日父親が働いていた会社の伝でとある社長令嬢とご飯に行くこととなった。
いわゆる、お見合いのようなものだ。
それと同タイミング、主人公と仲の良かった幼馴染から告白を受けることとなった。
主人公は友達としか考えていなかった彼女からの告白に困惑するも、結局承諾。
令嬢とご飯に行く用事は取り消せなかったため、最後にそれだけは参加することになるのだが……。
……うん、やっぱり面白い。
原作を読んだ時、この作品は物凄く面白かったがそれ以上に、地味という印象も受けた。
もっと言ってしまえば、舞台映えはしないだろうと。
普通、世間でよく話に上がる究極の二択というのはもっとシンプルである。
お金があるけど嫌な人と、お金はないけど優しい人。
しかし、この作品は違う。
令嬢とご飯に行った時、想像以上に話が合う。
礼儀もしっかりしているし、よく気も回る。
それが、彼女の裏の顔でも何でもないと良くわかる。
この作品が説いているのは人の倫理観に近いのかもしれない。
同じ出会い方、同じレベルの友人であればきっと主人公は社長令嬢を選ぶのだろうと思う。
お金もあって優しくて、仕事もできて真面目で。
しかし、彼には今の彼女と友達としての関係が長かったこと、その彼女に長く思われていたこと。
もっと嫌なことを言えば最近付き合ってしまったこと。
それを周りで見てきた人ならば、今の彼女を選ぶべきだという倫理のロックがかかってしまっているのだ。
主人公は最後、結局社長令嬢を選ばず彼女を大切にして幸せに暮らす。
だが、もし社長令嬢を選んでいたらもっと幸せになれたかもしれない。
そんな自分自身の心の貧しさに悩みながら幕が閉じる。
凄い、本当によくできている。
心理描写を丁寧にして、派手さのない作品を逆に利用しているかのような演出。
台詞回し、照明の使い方、間。
その全てがこの演劇に引き込まれて頭にこびりつくようなメッセージ性を濃くするために使われている。
幕が閉じれば、少し遅れて拍手が鳴り響く。
今だけは、皆そのステージの上に目線が寄せられて自分たちが客であることを忘れていたのだ。
……本当に凄いものを見せられた。
「ねえ、面白かったね」
「……へ?」
隣を見ると、成島さんがこちらを向いている。
まさか、俺が話しかけられたということか?
やばい……想定していなかった事態に身体が固まる。
その間、成島さんは俺のことをじっと見つめていたが少しして、首を傾げる。
「もしかして……間違えた?」
「間違えた……え、どういうこと?」
それに対してうーん、と唸る成島さん。
続々と観客たちが席を立つ中、訳もわからず俺たちはその場に留まる。
にしても、意外とマイペースな人だなと思う。
もっとなんか、ズバズバと主張を言ってくる氷のような人だと思っていた。
「だめだ、やっぱり分からないから聞くね?
……私と友達になるのってどう?」
……次から次へと、とんでもない質問が飛んでくる。
俺と成島さんは初対面……いや、一応昨日会ってるか。
とはいっても、少なくとも話したことはないはずだ。
それが、こんなすぐに友達になるかの選択を迫られることになるとは。
……まあ、だけど。
「もしかしてさ、成島さんも演劇とか好きなの?」
「うん……好き」
「そっか、それだったら友達になりたい!」
やっぱり、さっきまでの気持ちも変わらない。
俺にとって、こうして演劇について語れそうな同級生なんて今後現れそうにないのだ。
だったら、このチャンスを逃すことはしない。
「やった、ありがとう……!
ふふ、私にとって初めての友達」
……ん?
「初めてって……どういうこと?」
「文字通り、初めて友達になれた……そのままの意味。
私話しかけるの怖くて、気づいたら誰も声をかけてくれなくなっちゃって……」
そっか、それがミステリアスな印象を受ける理由か。
まあ、本当は友達になりたいと思っている人も少なくはないと思うが。
俺をきっかけにどんどん輪が広がっていったら嬉しい。
「じゃあ……今から私とご飯でも行かない?
今日の感想会……とか…………どう?」
「え、いいの?
俺もしかしたら、凄い喋っちゃうかもよ」
「うん、聞きたい……!」
そういえば、さっきから無表情を貫いていた成島さん。
だけどそんな彼女が初めて笑っていて、胸が躍る。
その笑顔は周りを忘れるほどのとんでもない破壊力で、俺はどうしても目を奪われる。
他にやりたいことがあったとしても、俺はここで彼女との食事を断ることは、きっと出来なかっただろう。
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