十七 悪魔の正体
「おはよう、昨日も色々あったみたいだね」
今朝声をかけてきたのは、同級生の山口若菜さん。
俺が通う演劇クラブに山口さんのお母さんが所属している。そのことが理由で、最近話す機会も増えてきた。
「ねえ、有生くんってさ。
今年の発表会の劇、主役やるんでしょ?」
「どうだろ……勿論皆んなの意見は聞かないといけないから断定は出来ないけど。
やれるならやってみたい……かも」
俺は演劇を始めてからメキメキと自信をつけていた。
こうして、新しい友達も増えたりしたし良いことづくし……本当はそう言いたい。
けど、少しだけ悲しいポイントもあった。
「あ……大ちゃん……」
俺のことを見ていた大ちゃんに話しかけようとするけどプイッとそっぽを向かれる。
彼にとって、俺は理解者のように映っていたのかもしれない。
特別交友関係を持つことなく自分の趣味に合わせてくれる、嫌な言い方を選ぶんなら都合のいいやつ。
だけどこうして、山口さんや他の人とも話せるようになってしまった。
「別に気にしなくていいんじゃない、大ちゃんとだって少し時間が経てば、友達にきっと戻れるはずだよ」
そう言ってその場を去る山口さん。
近づいていた上級生の男子にラブレターのようなものを渡されていて、そこで初めて彼女がモテることを知った。
……何だか、気まずい空気に押しつぶされそうだ。
ようやく帰る時間になったけれど、別に家に帰れば幸せってわけじゃない。
未だに、家に帰ることができなかった俺はお爺ちゃんに事情を無理やり教えてもらったことがある。
あれから一週間、少しは動いたこともあるかもしれないけれど、それでも今はお互い会いたくないほどに嫌いあっていて完全な冷戦状態だという。
実際、演劇に夢中になっているしお爺ちゃんとの生活にも不満はない……けれどだからって割り切れることでは全くない。
寂しい、そんな気持ちを持ってしまうものだ。
だけどまあ、そんなことを忘れる意味合いもあったのかもしれない。
俺の演劇好きはさらに加速していく。
あれから、お爺ちゃんのコレクションをもうコンプリートしてしまうのではないか、そう思うくらい見たし欠かさず演劇クラブにも通い続けた。
皆は俺の演技力は確実に上がっていると褒めてくれるし自分でもそう感じることができる場面も多い。
だから少しだけ、俺も思い上がってしまったのかもしれない。
「それじゃ、今年の発表会。
役割を決めていきますよ〜!」
先生の掛け声で皆、テンションを上げる。
普段の勉強に比べればよっぽど楽しいイベントだ。
俺に至っては演劇が絡んでいるのだ、テンションが上がらずにはいられない。
普段から、そこまでテンションを表に出すタイプではないが、それでも内心は燃えに燃えている。
「それじゃ、実行委員会の山口さん!」
自主性……というか成長のために、基本的にこういう決め事をする時のまとめ役は、生徒が担当するのが我が校の方針だった。
そのため、クラスでもまとめ役をよくやる山口さんがこの後の話し合いも進めて行く。
「あの、突然私の独断ですいません……。
一つだけ、いいですか?」
自分のイメージのまとめ役を遂行するために敢えて敬語で話を進める山口さん。
真面目な彼女が独断とか、そんな言葉で話を始めたことに皆がそれなりに驚く。
「どうしたの、若菜ちゃん?」
「えと、今回の劇の主役……有生くんがいいと思います」
決して表彰とかがあるわけじゃない。
だけど、学年内で自分のクラスが一番凄い。
そう思われたい気持ちが、少しはあったりする。
きっと山口さんもそういう考えはやっぱりあって、習っている俺が主役になれば良い劇になる、きっとそんなことを思ったに違いない。
勿論、他の生徒にだってそう思っている子もいただろうし、実際良いぞみたいな声が上がっていた記憶もある。
だけど、そんな意見を飲み込んでしまうほどの怒号が響きわたった。
「そいつが主人公……ふざけんなあ!!」
その声を上げたのは、最近話せていなかった大ちゃんだった。皆が驚きで彼に目線を向ける。
「そいつが、演劇習ってるからそんな風に思ったのかもしれないけど、皆騙されないで!
本当は……嫌なやつなんだ!
山口さんが人気者なのも知ってて、彼女のお母さんが通ってる演劇クラブにわざわざ通い詰めて、それで自分だけ抜きん出ようとして……!
そいつは嘘つきだ!普段も演技みたいに俺たちを騙して優越感に浸ってる悪魔だ!」
「違うよ、大ちゃ……」
「違うことないさ!
……だって、俺が主役になるはずだったんだ!
お前が俺を裏切って、俺の夢も……ぶっ壊した!!」
俺たちはまだまだ未熟で。
声がでかくて、泣いている子を見たら……皆その子のことを応援したくなる。
それだけで、泣かせた子は敵に変わる。
そんなことだって、当たり前にある。
「そうだ、大ちゃんが可哀想だよ!」
「酷い、そうやって俺たちを騙したんだ!」
「嘘つき、帰れ!」
「「帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!」」
俺はランドセルを急いで手に取って教室を出る。
先生の怒号が教室の方から聞こえてくる。
もうすでに俺は戻ることなんかできない。
ただ、他に選択肢があるわけでもなくて結局お爺ちゃんの家まで戻ることにした。
トボトボと歩いた家の前、車が止まっているのが見える。
お父さんとお母さんの車、ようやく喧嘩は終わった。
勿論、嫌な気持ちも拭いきれているわけじゃない。
ただそれでも、俺は縋るように家の中に入る。
「うるっさい!!
そうやってぐちぐち言ってくるところが俺は嫌なんだって何でわからないんだ!!」
「ちょっと、今日くらい仲良いフリしてよ!!
あの子が帰ってきた時冷静になって話すって言ったじゃない!!」
あ……そっか、俺の期待は外れてしまった。
辛いよ、本当に辛い……けど
「あの、離婚だけは……しないで」
気づけば二人の前に出ていて、俺の目からは涙が溢れ出した。
いくら時間がかかっても良い、どれだけ仲違いしてもいつかは分かり合ってくれれば良い。
仲良かったあの頃だって、嘘じゃないはずだ。
「……うるせぇ。
ジジイの差し金か、お前の下手くそな泣き演技なんかに騙されるはずがない!!
ガキは黙って、そこで見てろよ!!」
バシッ……ビンタを受けて、お父さんは尻もちをつく。
お母さんはそのまま俺の手を引いて、家を出ていく。
車に乗り込んで、涙で震えながらエンジンをかける。
ああ……どうしてこんなことになってるんだろ。
少し前まで、ちょっとは幸せって……そんな風に思えるようになっていたのに。
大ちゃんもお父さんも、俺はただちゃんと本心を伝えようって……そう思ってたのに。
全部……演劇のせいなのかな。
……嫌だ、嫌だよ。
せっかく見つけた俺の宝物を失いたくないよ。
…………そうだ、辞めよう。
全部、俺が悪いんだ。演劇のせいじゃない。
俺が自分で演劇に関わろうとするから、俺が下手くそだから演劇を悪魔に変えてしまっているんだ。
……もう、やめよう。
「ねえ、お母さん。
……少しだけ、学校行かなくても良いかな。
辛いんだ、せめて発表会が終わるくらいまで」
「…………うん、ごめん。
不甲斐ない母親で本当にごめんなさい」
こうして、俺の人生を豊かにしていた演劇のその一部だったはずのもの。
それでも俺自身の演技は、もう二度とすることはないと決めた。
きっともう、あの幕を内側から見ることはない。
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