十三 先生の役割
「石金、最近調子良さそうじゃないか……」
俺の目の前に座る六倉先生は、そんなことを言いながらペラペラと成績やメモが書かれた紙をめくっている。
が、その流し見加減から特にそれらに関わる話はする気は無いようだった。
「……まあ、石金の思っている通りだ。
正直、成績のことをお前に話す必要は全く無い。
成績が特別悪いわけじゃないしな」
教師らしからぬセリフに苦笑いで答えることしか出来ない俺だったが、そんなことは気にしていないようで結局紙を流し見することすら辞めてしまったようだ。
「なあ、部活……どうだ?」
「部活、ですか?
俺は部活にまだ入ってないですけど……」
「まだ、ねぇ。ふーん……」
あ……ちくしょう、誘導された。
流石に、六倉先生くらいの立場であれば生徒たちに何が起きているかの把握は簡単らしい。
俺の目をしっかりと見てくる彼女につい、後ずさる。
そんな俺に一切表情を変えず、六倉先生は言う。
「私はな、一応教師という立場だ。
生徒がなるべく傷つかないように進めればいい、そんな親心みたいなものを持ったりもする」
「まあ、そうなんだと思います」
「だからさ、石金の勝手にすれば良いと思うよ」
「え?」
……正直意外だった。
周りの皆と同じように、勧誘してくるくらいのことをしてくるのかもしれないと思っていた。
この人は大人で教師で……きっと色んな立場の事情みたいなものをわかっているのかもしれない。
「まあだから、好きな時に部室へ遊びにくるくらいのことは考えておいてくれないか?」
「……六倉先生が勝手にそんなこと言っても大丈夫なんですか?」
「私は一応、演劇部の顧問だぞ」
マジかよ……そういえば顧問の先生って見たこともなかったかもしれない。
まさか、自分のクラスの担任とは思ってもいなかった。
「まあ、それなら。
分かりました、今回でどうなるかは勿論俺には分からないけど、それでも遊びにはいくかも……しれないです」
「うん、やっぱり石金はもうちょっと後から面談してみないとだめだな」
「えー、もう一回ですか?」
「まあ、その時どんな判断してるかわかんないけど面談自体はすぐに終わらせてやるから」
じゃあ、良いですけど……なんていいながら増えてしまった予定に肩が落ちる。
そこまで苦に捉えてないが、まあない方がマシなことは確かだ。
「……にしても、ちょっと時間が余りすぎてるか?
他の生徒に比べて早すぎるのもあれだしな」
「え、こっから雑談なんですか?」
「なんだ、一応私は人気ある教師なんだぞ?
こんな特別な時間、むしろ光栄に思え」
そういうと六倉先生は椅子の背もたれに体重を預ける。
本音は、少し休憩したい……そういうことらしい。
「先生もな……昔は本当に芝居してたんだぞ?」
「え、そうなんですか!?」
「……何で私が演劇部顧問だと思ってるんだ」
そもそも、演劇部顧問なことすらさっき知ったことだ。
「まあ、あの部活はとにかく祭の能力が凄いからな。
今でこそ、やる気のある一年が入ったみたいだが……。
正直、私が介入する余地もなかった」
部長一人で上手く回っていた。
正直、他にやる気がなくてわざわざ教師が怒ってやるくらいのレベルすら目指していなかった。
だが、それでもある程度活動はしていた。
……そんなことを話す六倉先生の表情を確かめる限り、どうやらそれは言い訳で結局は自分の力不足と捉えているのかもしれない。
悪いことは勿論、喜ばれる出来事ではない。
だけど、何もないよりはずっとマシだと思う。
犯罪とかなら話は変わってくるけど、ある程度の反抗や喧嘩はそれだけエネルギーを持っていることだ。
あの部活には今までそれすらなかった。
ただ部長以外は惰性的にやっていて、客もほとんど集まることもなく、それでも活動記録のために。
先生もそんな状況が一番困惑したはずだ。
怒るところがない、だって何もないのだから。
「祭がさ、なんで石金のことずっと誘ってたかって。
今まで、やる気のない部活を一人でやりくりしててさ。
自分と同じか、それ以上の熱量を持ったやつを入れたかったんじゃないかって、そう思ってた」
「まあ、実際……そういう部分もあったとは思いますよ」
ていうか部長に何度も言われたことだ。
石金がいれば、部活は変わる。もっと良い部活になる。
だけど、そんな彼女の思いも俺は全部断った。
「それを俺は断ったんです。
だから……いやそれがなくても断ったんですけど、今更俺が入るってことは絶対にないです」
「話は最後まで聞けよ……その祭自身が、今も入ってほしいって思ってるんだろ?」
「まあ……でも、引くに引けないあの人の性格です」
六倉先生は俺の両肩をガッチリ掴む。
「違う、絶対にだ。
あいつはそんな理由でここまでやったりしない。
今まであんなしつこく誘っていたのも石金一人だ」
「………………じゃあ、なんでですか?」
「それが分かれば勿論、苦労しないんだがな。
でも、私の予想だが祭はもっと上を目指してるのかも。
もしかしたら、全国のトップレベルを」
「じゃあ、俺はなおさら覚悟が足りませんね」
六倉先生は俺の頑固な態度を聞いて寂しそうに笑う。
……俺だって、人間なんだ。
過去があって、確かなトラウマもあって。
「もし、もしだけど。
お前のことを縛っている何かしらが、あの劇でもし解けることがあるなら。
先生にとってもそれは……嬉しいことだよ」
「先生は、今の演劇部どう思ってるんですか?」
「……私はな、先日ふらりと練習を見に行ったんだ。
正直、あらゆる可能性を感じてしまったよ」
そういって、なぜか自信満々に俺のことを指差す先生。
「これは、演劇部とお前の一騎打ちみたいなものだ!
……とんでもないもの見れるから覚悟しとけ!」
「はい……楽しみにしてます」
「ふっ、ふふ。
……私がハードル上げたことは、あいつらには内緒だぞ、出来るか?」
「出来なかったらどうなりますか?」
「それはお前、多分数学の内申点に響くだろう」
ああ、それは良くない。
……当日が来たら黙って劇を見ることにしよう。
今日が終わったら休日があって、そこから次の日ついに本番が始まるのだ。
何だか、エモーショナルな気持ちになってしまって頭の整理が全然つかなくて、それでも待ち望んでしまっている俺の姿がそこにはあった。
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