十二 硬くなる頭
今日も昼休みは成島さんとご飯を食べる。
最近は、純も段々と演技のレベルを上げてついていけるようになってきたと、感謝のメッセージが送られてきた。
だから、上手くいっている……そう思ったのだが。
「あの、成島……さん?」
「………………うん……」
成島さんはめちゃくちゃ怖い顔をしている。
普段から表情に出るタイプではないからこそ、ここまで不機嫌な表情が前面に出ていることは珍しい。
こんな表情をしているくらいなのだから、きっとまあ何かしらあったのだろう……そしてその原因は恐らく部活で間違いないのだろう。
「石金ー!
……お、やっぱりここにいると思ってたぞ」
タイミングが良い、部長がやってきた。
演劇について特別詳しくない彼女だが、そんな彼女があえて部長に選ばれたのだってちゃんと理由がある。
人の話をよく聞けて、相談を解決まで運ぶ手腕を部長はしっかりと持っている。
「げっ……成島……」
「……げっ、てなんですか?
私がここにいたら何かまずいですか?」
「いや、別に……。
ちなみに、私は意見を変えるつもりはないぞ」
どうやらタイミングは最悪、の間違いだったようだ。
俺は全てを知っているわけじゃないため、チープな言い方にはなってしまうが、これは喧嘩というやつだろう。
部長と成島さん……まさかここ二人が喧嘩することになるとは少し前どころか、ついさっきまで思ってもいなかった。
「そもそも、あのシーンの意味を履き違えてないか?
私は、あえて嫌な女を演じる必要はない部分だ」
「ですから、あのシーンは視点が主人公なんです。
だから思想も見える景色も歪んでしまっていて、彼女が悪人にすら見えてしまうという状況を周りに分かりやすく伝える必要があるんです」
「いやだ、私は他人の視点に合わせた演技はしたくない。
私が演じているのはあくまで彼女だ」
さあ、長い膠着状態。
結局、結論はつかないまま部長の方がどこかへ行ってしまう。
成島さんは喋らないまま、またご飯を食べ始める。
……気まずい。
「あ、あのさ。
喧嘩の原因になってるシーンって、彼女とデートに行った時のシーンだよね。
令嬢の存在に揺れる主人公が、普段と変わらない彼女が悪人に見えるっていう」
「…………うん。
私たちが見た演劇では、あえて嫌な風に本人が演じたりしてたよね。でも、部長はやりたがらないみたい」
まあ、これは演劇ではなく小説が原作である。
あえてあの時の演劇を模倣する必要はない……そんなことは成島さんも理解しているとは思うが。
だが、とにかくあそこの表現は間違いなかった。
俺もあの後、ファミレスで成島さんと時間をかけて喋ったシーンの一つだ。
「勿論、凄く良い表現なんだと思う。
でも……部長には合わないかもしれない」
「それも、分かってるんだけど……一番良い方法はあれしかないって、そう思っちゃうよ」
お互い本気だからこその衝突、それもよくわかる。
そしてお互いの意見に間違いなんかないのだ。
だからこうして、延々と噛み合わず今の最悪な状況に落ち着いてしまっているのだ。
「一番良い方法、それはもしかしたら成島さんの中でだけなのかもしれないよ?」
「え……?」
「部長はどんな意見があるかって聞いてみたりした?」
「……特には、聞いてなかった」
「それこそ、他の皆がもっと良い意見を上げてくれるかもしれない」
「……うん。
私、本気すぎて視野が狭くなっちゃって。
もしかしたら、変に意固地になってたかもしれない」
成島さんは、俯いて悔しそうにそう言う。
俺がもう一声かけるか悩んでいると彼女は立ち上がる。
そのまま走っていく成島さんの背中を見送る、きっと上手くやってくれることだろう。
だって、部長がわざわざ俺のところに来たんだ。
演劇で俺を勧誘する、そう言っていた彼女が俺に演劇に関することで相談するわけない。
つまり、部長が来た理由は成島さんと仲直りすることについてだったのだろう。
相変わらず、不器用な二人だ。
それから少しして、学校でも有数の美少女である二人が泣きながら抱きつきあっていると話題になった。
安心した様子の拓馬や純を見て、つい笑ってしまう。
とりあえず、一件落着ということらしい。
「あー、いたいた部長。
あれから、何とかなったみたいですね!」
「お、石金か。
そうなんだ、全く何だかんだ可愛い後輩だ。
……お前もそうなることを願っているよ」
一応心配で、五分休みに移動途中だった部長に声をかけると冗談混じりにそんなことを言われた。
ニヤリと笑う彼女、本当に関係は修復されたらしい。
安心して、俺も教室に戻る。
「えー、それでは一年生はこれから二者面談を始める。
一応、冬休みも近いからな」
担任の六倉先生の声に全員が「はい」と声をあげた。
そっか……忘れかけていたけど、そろそろ冬休みが近づいているのか。
成島さんと出会ったあの日には、まだ雪は降っていなくてそれなりに時間が経過したことがよくわかる。
「……おい、有生。
悪いんだけどさ、ちょっと聞いてほしいセリフがあるんだけど、頼めるか。
勿論、恥ずかしいからイヤホンでな」
「了解、聞かせて……」
聞いて驚いた、純のセリフ読みはずば抜けて良くなっている。
ちらりと見た、拓馬はメモを見ながら段取りを確認して身振り手振りで自分の仕事を再現している。
こうしてみると、皆いつの間にか演劇部に馴染んで今も本気で演技に取り組んでいるんだ。
…………良いな、そう思ってしまったがすぐにその心は奥底へとしまい込む。
「うん、凄く良かった。
まだまだ時間もあるんだろ?……頑張ってな」
「……いや、時間は全然ないよ」
「だよね、やりたいこととかいっぱいあったりすると時間って全然足りなくなっちゃうんだよな」
「いや、そういうことじゃなくて。
本番は、二日の休日超えた後の月曜日だから」
「え、マジで!?」
……うわ、本当だ。
スケジュールを確認してようやく気づく。
あの二人、そんなギリギリの状況で喧嘩してたりしたのかよ。
「ほら、次は石金だそ。
早くこいよ……問題児」
六倉先生から、声がかかっていることに気づいて急いで隣の教室に移動する。
あと三日というスケジュールに、何だか俺まで焦った気持ちになっていた。
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