十一 一周差を埋める
あれから数日、周りは目まぐるしく動いている。
どういう状況かもよく分かってないし、どれくらいの完成度に今届いてるのかもよく分からない。
とにかく、俺は日比野さんが来てシナリオが決まって以来、何も聞かされていないのだ。
最近は事前情報や原作の作品についてある程度調べてからいくことが多い。
こうして、作品の根幹は知っているもののその中身や評価を全く気にしないで演劇を見ることは初めてだ。
とはいえ気合いが入っているのはよく分かる、きっと期待してしまっても良いのだろう。
「……あのさ、ちょっと話があるんだけど」
「おお、純か……どうかした?」
「俺に、演技の指導をつけてくれないか?」
そんな中、ようやく俺にも久々に活躍できそうな場面がやってきた。
それが、大親友である純の頼みなのだから答えずにはいられない。
「うん、勿論……部活ない日とかある?」
「そんなに無いんだが、個人練習として休みを取ることは部長に許可されてる」
「そっか、じゃあ放課後近くの公園行こっか。
今日は休みをとること言っておいてね」
そういうわけで、俺は友人の演技指導をすることになった。純は、演劇をやるのが今回で初めてなのだ。
提案したわけではないが……それでも俺が主人公に純を重ねて、そこを部長に見透かされたから今もこうして一番の大役を任されてしまっているのだ。
最初から主人公というプレッシャーはあるだろう……俺なりに責任のようなものを、少しは感じている。
「……とにかく、変更されたシナリオについては秘匿だって言われてて、それ以外の原作に沿った部分とか……」
「そういうところを俺が見たらいいんだよね」
「うん……マジでお礼はさせてもらうから」
周りにほとんど人通りのない静かな公園。
そこに、声が響き始める。
「うん、よろしくお願いします」
「俺は……きっと君のことを幸せに出来ないと思う」
「今はただ……幸せなはず……なのにな」
うん、初心者とは思えないくらいに純の演技は完成度が高い。
流石に、部長や成島さんが近くにいるだけのことはあるのだろう。
……ただ、直せる部分は見つかってしまうものだ。
初心者とは思えない、とは言ったがその梯子が外されてしまえば、他の部員に比べて演技力が高い方とは言えないだろう。
「これで、セリフは一通り言ってみたんだけど。
…………どうか、な?」
実際、純も不安気な表情だ。
自分で未熟に感じたから、俺に相談してくれたのだろうから、不安を感じてしまうのも無理はない。
「俺は、良かったと思う。
この短時間で、よくここまで仕上げたなって」
「それじゃ駄目なの、よく分かるだろ?」
「そうだね、経験者たちに並ぶなら見劣りする。」
……今日、どれくらいやる?」
「時間の限り、できるだけ……」
うん、やっぱり純は凄いやつだ。
いつもは飄々とした態度で客観的に物事を見る冷静なタイプにも見えるけれど、その本質は違う。
誰よりも熱くて、何事にものめり込んで最後まで離すことをしない。
そんな純を格好良いと思ったから俺は今も大親友として彼を慕っているのだ。
……良かった、純はまだまだ諦める気はないらしい。
俺の見立て通り、主人公としてあの二人に肩を並べることができるほどのレベルにこの短時間で届かせることが出来るのは純だけだ。
「じゃあさ、とりあえず今回の演劇だけで乗り越える。
つまりは、この劇内だけなら部長にも肩を並べる方法を実践してみよう」
「……それは?」
「題して、架空モノマネ大作戦」
俺は、とりあえず手帳を開く。
真っ白の中にとりあえず、主人公の名前を書き込んだ。
「純はさ、今演じている主人公のことどんな人だと思う?
性格でも、癖でもなんでも」
「性格……でいうなら、基本的には爽やかで良いやつだけどなんだか、裏にネガティブや弱さが潜んでいる。
とにかく、そんな感じかな」
俺はそれらをメモに書き込んでいく。
……うん、ここまでイメージが固まっているなら充分だろう。
「じゃあ、彼女からの告白を受けた『うん、よろしくお願いします』というセリフはどんな印象が強い?」
「それは、爽やかな表の顔みたいな部分かな」
「よし、じゃあそれ踏まえて十回言ってみて?」
困惑しながらも、純は同じセリフを繰り返す。
一応、本人なりにバリエーションをつけたりもしてるみたいだ。
俺は、喋る間も無く録音をそのまま流す。
「さて、どれが一番イメージに近いだろう」
「まあ、奇を衒ってない一番目か……もしくは困惑が少し見えた六番目……まあ、六番目かな?」
「その六番目に反省点はある?」
「うーん、間が不自然だったところは感じるかも。
それが気になって、ちょっと現実に帰されるみたいな」
「じゃあ、それ踏まえて……それから六番に寄せて。
もう一度」
その後も、十回繰り返してどれが一番近い……更に近いやつの何が気に食わないかを出していく。
だが、最後には。
「……うーん、悪くないと思った。
正直、こんな演技できたのは偶然だと思わされるくらいには」
「でも、偶然だとしてもそれを出したのは純だよ。
これを模倣することは、不可能じゃない」
純はなるほど、と自分のスマホを見つめる。
これが今の純にとっては最善だと俺は思う。
「つまり、これを真似しまくって完全に再現することができるようになれば、セリフの質が上がる」
「そういうこと……他のもやるよ」
そこから二時間、すぐに答えが見つかるセリフに結構な時間をかけて納得できるセリフ。
ようやく、最後のセリフまでいって練習が終わる。
「終わった……ありがとう。
まだ結果は出てないけど、それでも本番はいいものを見せれるように頑張ってくるわ」
そうして握手を交わす。
純の目はそれでもやる気に満ちていて、きっととんでもなく仕上げてくると予想しておく。
「よし、それじゃ疲れたし飯でも食いに行こう。
ラーメンとかどう?」
「いいね……ていうか拓馬も誘ってみるとするか」
「まあ、拓馬ならどうせ来るだろうね。
ラーメンってワードに対する反応速度すごいし」
「……もう返信来たぞ」
瞬間、二人の笑い声が響き渡った。
さっきまでの空気が嘘みたいに、俺たちは友達へと戻っていた。
何かに本気で打ち込む純も、こうしてダラダラ話している純との空気感も俺はたまらなく好きで。
やっぱり友人だから、純の成功をずっと願ってしまっているのだろう。
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