一 とある男の趣味
「石金〜、石金〜」
……ん?、誰かが俺のことを読んだようだ。
その声が聞こえた時、俺は学校掲示板に貼ってあった一枚のポスターを眺めていた。
あー、やっぱりいいなぁ……。
「石金、いたいた。
一応、ずっと名前を呼んでいたつもりなんだがな」
俺の隣に並んだのは、六倉先生。
学校でも美人と評判の人気な教師であり、俺たちのクラスの担任でもある。
俺含めて、クラスの人間は勿論のこと他の生徒たちにまで注意を向けていて、相談に乗ってくれたり時には注意してくれたり、その人気の理由は美貌だけではないことも良くわかる。
さっき、俺の名前を呼んでいたのも彼女だったようだ。
今では、俺と一緒にポスターを眺めている。
「先生、すいません。
このポスターに夢中になっちゃってて。
何か用事とかありましたか?」
「用事、用事ねぇ……いやまああるさ。
今の時間でも確認してみたらどうだ?」
呆れたように首を振る六倉先生に促されるままに、腕時計を確認する。……あれ、一時…………二十分?
「先生、俺にはもう授業が始まってるように見えるんですけど……」
「そうだな、どうしてだと思う?」
「………………すいません」
「「アハハハハハハハハハ!」」
放課後の教室に鳴り響く、笑い声。
俺の失敗に対して、無遠慮に笑う友人たちだがこれも今日で三回目だ。
クラスメイトたちの目の前で十分間、結構長めに怒られたのにプラスしてこの仕打ちだ。良い加減飽き飽きしてくる。
「……もう良いじゃん!
ていうか、昼休み終わる前に一声かけてよ!」
「いや、だってさ。
ポスターに見惚れて、授業遅れるとはな……流石に」
「まあ、俺はちょっとあり得るんじゃないかなとは思ってたけどな」
はぁ、今日は最悪の一日だ。
せっかくの放課後、少しでも自由な時間を有効活用したいところだったが、この後は居残りで反省文を書かされることになってしまった。
今日は帰ったら六時……そこからご飯食べて寝る準備して明日の準備とか色々して……。
結局自由に使える時間は一時間あるかないかだよなぁ。
「どうする?俺たち待ってるか?」
「……いや、良いよ。どれくらいになるか分かんないし」
「了解、じゃまた。
土曜日あれ……ほら、あるんだろ。
とにかく、しっかり英気を養うんだな」
そういって、教室を出る友達。
……そうだ、スマホで自分のチケットを確認する。
俺の趣味、それは演劇鑑賞だ。
今日も、その宣伝ポスターに見惚れてしまっていた。
明日はまさしく、そのポスターに書かれていた公演を実際に観にいく日である。
「うわー、明日本当に楽しみだな。
うわうわ、キャストさんもやっぱり物凄い好みだし作品の雰囲気も良さそう……原作自体は知ってるけど、劇でどうやって表現するのか、難しそうなとこも多い。
……けど、期待を裏切らない演出だから……」
「はい、そこまで。
一応聞くけど……反省してるんだろうな」
今日二回目、気づけば目の前に六倉先生が立っている。
急いでスマホの電源を落とし、作文に目をやる。
「……まあ、劇が好きなこと自体良いんだけどなぁ。
やっぱり、石金を一人にするわけにはいかない。
ここで同時に補習をやるからな」
そう言って、教室を出た六倉先生。
そろそろ本当に申し訳なくなってきた、時間の都合もあるし目の前の作文に本格的に取り組み始める。
えーと……
「私は授業へ行くことを忘れておりました。
本当に申し訳ありませんでした。」
…………………………我ながら、なんて意味不明な文章を書いているんだ。
「それじゃ、始めるとするか」
ものの数分で戻ってきた六倉先生の、後ろにはもう一人誰かがいるようだ。
その人が補修を受ける人なのだろう。
入ってきた姿を見て、その人物の名前が一瞬で頭に浮かぶ。
成島恭子、俺と同じ学年の女子生徒だ。
大きい目に通った鼻筋、総じて言うなら整った顔立ち。
クラスの男子たちが噂しているのをよく聞くほど、学内でも美人として何度も注目を浴びているようだ。
かくいう俺自身も彼女には非常に注目している。
彼女から出ているそのオーラは、役者としては天下一品なものだと感じさせられる。
もし、成島さんが演劇部とかに入って学内公演があろうものならば、流石の俺も見に行かざるを得ない。
……まあ、普段から成島さんがいなくても欠かさず見には行っているが。
「……え、あ!」
成島さんは俺と目が合うなりそんな声を上げたが、すぐに顔を伏せる。
え、俺と彼女には特に深い関わりは無いはず……。
もしかして、何か嫌われるようなことしたか?
少し考えてみるが結局、他に人がいることに驚いたのかもしれないとポジティブに考えておくことにする。
「……ちなみにだが、成島は風邪で休んでいたから自主的に補修を持ちかけてくれたんだ。
石金……仲間意識とか持つなよ?」
六倉先生はそんな冗談を言って笑った後、補修を始める。
こうして授業を聞きながら反省文を書いていると何だか授業中に他の科目の宿題をやっているような気分になる。
何となく、罪悪感すら感じてきた。
……まあ、どう考えても授業に行かない方が罪のレベルは高いだろうが。
にしても成島さんか……。
さっきも言ったが、かなり噂には聞く。
しかし、噂以上のことはよく分からない。
俺も、彼女にオーラがあるとか何とかそんなことを思っていたが、正直に言ってしまえばそのミステリアスな雰囲気にそういう理想像を望んでいるだけなのかもしれない。
だが、本当に美しい人だとは思う。
あの作品に出たらどうなるだろう、そんな想像は留まるところを知らない。
……その数分後、ようやく最後の一文字を書き終えて自分の作文が終わったことを理解する。
やっぱり、おおよそ一時間くらいはかかってしまった。
二人の迷惑にならないよう、姿勢を低くして教卓に作文を載せた後、そそくさとその場を後にする。
六倉先生は、俺が特別ふざけた作文を書かないことを知っているのだろう。
そのまま教室の扉を開く俺を授業しながら、目だけで見送る。
最後、やっぱり成島さんと目が合った気がしたが……結局思い当たる接点もなくて、ただの思い違いとして処理することにした。
いつもに比べて、強く夕焼けがかった空。
一応、作文という一仕事を終えた達成感から腕を思いっきり伸ばす。
さあ、明日は久しぶりに直接演劇の舞台を見ることが出来るのだ。
学校を出てしまえば、結局思考はそのこと一色に塗り変わってしまう。
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