第7話 一歩踏み出す
『信頼』と言えば、と、ふと橙花はよく組む魔法少女達を思う。
怖がりだが心優しい桃色の魔法少女『ミラクルアプリコット』、控えめだが仲間想いな紫色の魔法少女『マジカルバイオレット』、おっとりしているが4人のまとめ役の黄緑色の魔法少女『ケミカルクローバー』、陽気だが意外と冷静な水色の魔法少女『オラクルトゥイーディア』の事だ。
じつは、彼女達と出会ってからそろそろ一年が経つ。
元々は新人のグループで、それの補助役で橙花が先輩魔法少女として色々と世話をしていた。初めはお守りみたいなものだったけれど、立派な子達になったなぁと橙花は思う。
はじめは『太陽みたいなお姉さん』と彼女達に呼ばれていたのを思い出した。一体いつから『研究施設のお姉さん』と呼ばれるようになっただろうか。
それはそれとして。
出会ってから一年過ぎるし、よくお世話になってるから何かお礼がしたいと思っていた。
だが、何でお礼しようかと悩む。
×
「……やっぱり、食べ物みたいな消えものが良いよね」
考えた結果、橙花はショッピングモールに来ていた。
そして橙花の周囲は、若い女子達でいっぱいである。
最近流行の中高生に人気の店だからだ。
「(……うわぁ、なんか帰りたい、かも)」
周囲には中高生の女子がほとんどで、時折その付き添いの若い男子がちらほらいる程度だ。橙花の様に20代くらいの人の姿は見えない。だから、場違い感に思い悩む。
「(そもそも、みんなが何を好きかが分らない……っ!)」
少し早まってしまったかも、と橙花はきゅっと唇を結んだ。
「……だけど、『何が好きか』なんて急に聞いても警戒されるだけかもしれないし」
そして、肩を落として呟く。
要は、勇気が出なかったのだ。誰が何を好きか聞くとか、打ち上げに行くだとか。
「どうしたの、そこのおねーさん」
うじうじと思い悩んでいると、後ろから明るい声が掛けられた。
振り返ると、そこには綺麗な空色の目の少女が居た。艶やかな長い黒髪が綺麗だ。そしてその子は、『少女』というにはやや雰囲気が大人びているような不思議な子だった。
「え、えっと」
「困ってる人見ると、落ち着かないの」
そう言い、少女はすぐに目を逸らすが「探し物があったら手伝うよ」と申し出る。
「え、いいの!? ありがとう!」
藁にもすがる思いで、橙花は少女の手をつかむ。「あ、ごめん」と我に返り咄嗟に手を離した。
少女は一瞬、驚いた表情をしたものの、意を決した様子で「大丈夫。もちろん手伝うよ」と頷く。
「だから、事情を少し話してくれると助かるんだけど」
「ええと……」
見つめる少女に、橙花は頬を掻いた。素直に『魔法少女をしている』なんて言えるわけがない。なので、少しぼかしながら事情を軽く話すことにする。
「派遣の仕事をしてるんだけど、よく現場が一緒になる若い子達がいて。そろそろ出会ってから一年経つから、その子達に何かお礼がしたいなって思って」
話すと、少女は少し不思議そうな顔をした。
「おねーさんもまだ若いでしょ?」
「そうかな? 褒めるの上手だねぇ」
「……そう思う?」
少女は怪訝そうに首を傾げるが、よく一緒になる魔法少女達は少なくとも中高生なのだ。それに対し、橙花は大学を既に卒業した身。四歳以上は年が離れている。
それに、目の前の少女も10代半ばに見えた。
「ところで。お礼をしたいその子達って、どんな子達なの?」
「みんな優しい子達だよ。逸れのわたしの事を受け入れてくれるし」
「……結構、大事に思ってる?」
なぜか、少女は心配そうな様子で問いかけた。まるで、少女達が聞いてきたかのように錯覚する。
「そりゃあもちろん。派遣の仕事だからずっと一緒にはいられないだろうけど、一緒になるとちょっとほっとする」
「ふぅん?」
もっと詳しく、と促すので、橙花は思考する。
「あ、他で一緒になる子達がよくないってわけじゃなくて……何だろう。あの子達が新人の頃からよく一緒にだったから、安心できるのかも」
「頼もしい?」
「うん、わたしがいなくてもばっちり仕事をしてるし、信頼してる。……きっと、わたしがいなくなっても、何とかなるんだよね」
「……お姉さん」
つい本音を言ってしまった。少女が少し寂しそうな声を出してしまったので、は、と今の状況を思い出す。
「あ、ごめん。初対面の人にこんなこと言っちゃって」
「ううん。良い話が聞けた。一緒に探すよ」
どうやら、少女は満足したらしい。その事に不思議と安心した。
「それで。無難にクッキーにしようかなと思って」
「妙なお菓子を渡すよりはマシかなぁって思うんだけど」そう、橙花は呟く。
「良いんじゃない? 嫌いな子は居ないだろうから」
頷き、「クッキーはこっちだよ」と少女は橙花の手を引いた。
×
「わ、可愛いー」
クッキーの売り場には、紙の箱に入ったものや缶に入ったものなど様々ある。それら全て魅力的で、若い子だけでなく自身の友人達も好みそうだと容易に想像できた。
「おねーさんが良いなと思ったものを、そのまま送るってのもいいんじゃない?」
「そうかな? ……喜んでくれる、かな?」
「そうだよ。だって、おねーさんが頑張って考えて、一生懸命選んだものだし。みんな喜んでくれるよ」
そんな少女の言葉に励まされ、最終的に4名に渡す用のクッキーや箱などを選び終えた。
「あとは渡すだけだね」
「うん。渡すのが楽しみ……いや、会える時ってそんなおめでたいときじゃないから、本当はあんまりすぐに会えない方が平和なんだけれども」
「ふぅん?」
「あ、いや。会いたくない訳じゃないの。ちょっと事情が事情だから、ちょっと複雑なんだよ……」
橙花が少女達と会えるのは、基本的に魔法少女として活動している時だ。だから、その前後には『絶望』が現れているはずなので楽しみにするのは些か不謹慎である。
「ま、頑張ってね。太陽みたいなおねーさん」
「え」
どこかで聞いた覚えのある言葉に振り返ると、少女は居なくなっていた。
×
それから数日後、『絶望』が街中に現れる。
そして、いつもの通りに橙花といつも一緒になる魔法少女達と共闘をしたのだった。
「……」
どうやって渡そう、と橙花は悩む。派遣される前に、橙花は誰と共闘するのか情報が出るので、忘れる事なく買ったクッキーを用意できた。そしてそれをこっそりと隠して『絶望』を退治する。
「『絶望』も退治し終えたし、打ち上げするー?」
そう、いつものように水色の魔法少女が周囲の魔法少女達に問いかける。
「どうしようかな……」
「特に用事はないし」
「私は大丈夫です」
他の魔法少女達もそれぞれ返答した。
「打ち上げ、どうする?」
「え、えっと。参加は難しいんだけど……」
普段と違う様子に、他の魔法少女達は不思議そうに橙花を見る。
「こ、これっ!」
勇気を出し、クッキーの入った箱達を差し出す。
「かわいい……!」
「なに、これ」
「……クッキー、ですかね?」
差し出されたそれに目を丸くし、魔法少女達は箱を受け取る。
「怪しい」
と、水色の魔法少女がじとっとした目で見た。
「お菓子を急に渡した理由は?」
戸惑う他の魔法少女をよそに、水色の魔法少女は詰め寄る。
「え、えっと。いつもみんなのお世話になってるし、そろそろ出会って一年経つから……」
気落ちして橙花は肩を落とした。あまりにも、何もしなかった時期が長かったのだと思い知る。
「冗談だよ」
そんな橙花に水色の魔法少女は、にっ、と笑った。顔を上げると、イタズラが成功した子供のような笑顔である。
「えっ?」
「貴女にどんな事情があるかは知らないけど、仲良くしようと思ってくれてありがとう」
そう、水色の魔法少女は静かに告げた。
「忙しいのはわかってるけど、私達に興味ないのかと思ってた」
寂しそうなその声に『そんなことない』と反射的に言いそうになったが、そう思われても仕方がなかったのだと自覚する。
「この子はマカロンが好き」
と、水色の魔法少女は紫色の魔法少女を指す。
「この子は和菓子。餡子はこし餡派」
黄緑色の魔法少女を。
「この子はチョコで、個包装のものがもっと良い。妹にお土産にするからね」
最後に、桃色の魔法少女を指した。
「アタシはバニラクッキーが好き。満月みたいで何だか安心するから」
「あ……」
言われて、やはり何も知らなかったのだと反省した。
「だから。また来年、ちょうだい? 私達、楽しみにしてるから」
そう、水色の魔法少女は告げた。
「あなたは、何が好き? フロースオレンジ」
「……わたしも、バニラクッキー、好きだよ」
×
「良いことがあったようですね」
家に帰ってきた葦月が、橙花の顔を見るなりそう呟いた。
「わかる?」
「いつもお世話になってる魔法少女達がいてね」と、お菓子を渡した話をする。
「……そうですか」
「良かったですね」と、抑揚の薄い声で答える。だが、それはなんだか温度が冷えるような心地を持っていた。
「(……これは、明確に機嫌が悪くなっている?)」
そう、橙花は感じる。
なぜ、急にと、理由がわからなくて戸惑う橙花だった。