第6話 怪しい気配
本日、橙花は研究施設の内部に居た。そこで行われる会議に出席するためだ。
真っ白な廊下を歩く。白い壁には、同じく白い扉が間隔を空けていくつも並んでいた。扉の直ぐ横の壁に部屋の用途や名前の付いた札がある。『第7資料倉庫』『第2薬品管理庫』『夜宵研究室』……。
研究施設の建物は白い。とにかく白い。
例えば建物の外観、内装の壁や天井と床はもちろんの事、机や椅子などの備品、使用機器に至るまで白い。
それは潔白さを表しているのか、清潔さを表しているのか。
室内灯は一定の光度を保っているが、不思議と目は痛くない。ただし、元『暗黒の国』に所属していた者達は夫を含めて『無駄に眩しい』と文句を口にしていた。特定の者だけに効果のある光なのかも知れない。あるいは『絶望』が建物内部に現れないようにするための対策か。
橙花はとある部屋の前で足を止める。
部屋の名前は『第4会議室』。この場所で魔法少女としての報告を行なったり今後の活動方針を決めたりするのだ。
×
「最近、『絶望』の出現が多いようだな」
開口一番に、議長が告げた。
今回の議題は『絶望』の出現が増えていることがメインらしい。
それとなく、橙花は周囲に目を向ける。
いつも通りの狭くはないが広くもない、真っ白な会議室である。
白い長机に白い椅子が横並びに在って、端の中央、いわゆる誕生日席には上座の方に一人分の席があった。そしてそこに議長が座っている。
周囲の顔はほぼ見慣れた研究施設の者達で魔法少女の関係者でもあった。だが夫の葦月の姿は無い。
「『暗黒の国』の者らしき人物の姿が見られる、と報告があります」
軽く挙手をし、青い髪飾りを着けた女性が声を上げた。長い艶やかな髪を後ろで一つに縛った、清廉な雰囲気である。
彼女は氷室藍華。父親が研究施設の所長で、世界中を飛び回る父親の代わりで現在は所長代理だ。『踏ん切りがついたから』という理由で魔法少女を引退している。
「嘘、わたしは見てないよ?」
反射的に橙花は答える。だが咎められることもなく藍華は橙花の方を見た。
「それ本当? 最近、結構な頻度で見られているそうよ」
「ふぅん?」首を傾げながら、橙花は今までの戦闘のことを思い出す。だが、心当たりは無かった。
「でも、それが本当に『暗黒の国』の者なのかは分かっていないみたいね。『髪色が薄い、妙な気配の怪しい人物』ってぐらいだから」
そう言われると、髪を薄く染めただけのただの人の可能性もある。一番手っ取り早い確認方法はその顔や目を見るとか、『絶望』を召喚している姿を見ることだ。特にその目を見ることができれば、その人物がただの人間か『暗黒の国』の者か間違いなく判別できる。
「もしかすると、新しい組織ができている可能性があるかもしれないですよ」
と、丸眼鏡をかけた女性が発言する。緑のイヤリングと肩で切りそろえられた髪が揺れた。
彼女は森河茶姫。街の図書館司書をしているが、会議の時はこうして招集される。『限界を感じたから』という理由で魔法少女を引退していた。
「その理由や根拠はあるか」
議長が問うと、茶姫は少し視線を動かした後
「以前の組織が復活したような話は『彼等』からは聞いていませんし、彼女も知らないそうですよ」
と、赤い目の女性に視線を向ける。彼女の虹彩は縦に広い形状をしていた。つまり、元々は『暗黒の国』に居た者だ。
彼女は明端紅羽。元『暗黒の国』の幹部で研究員としてデータ提供をしている。魔法少女の不思議な力によりこちらの世界の者として生まれ変わっており、『変身する意味を見出せないから』という理由で魔法少女を引退していた。
「それは本当か」
「はい」
議長の言葉に間髪入れず肯定し、
「少なくとも刑期を終えた私達は知りません。仮に何か情報を耳に入れた際には報告します」
と答えた。その語感はやや強くつっけんどんな様子だったが、紅羽は自身が仲間だと認めた者以外には大体そのような態度なので気にされていない。刑期を終えた『暗黒の国』の幹部はあと2人、刑期を終えていない者はこの施設には橙花の夫の葦月を含めて上位幹部が2人、役職を持たない者が複数名だ。
「とりあえず、真偽を確かめに訊きに行くのは良いのよね? なんというか『何も知らない』ってことを証明するためにも必要だと思うけれど」
そう、気の強そうな女性が確認するように周囲に視線を向ける。
彼女は彩霞紫織。元々は妖精で人間に変身し、研究施設でデータ提供と敵データ収集をしている。『終わったことだから』という理由で魔法少女を引退していた。
「そ、それにはわたしも賛成ですっ! や、やっぱり、不安要素はなくした方が良いと思うので……」
おどおどしながら、黄色いカチューシャの女性が小さく手を挙げる。
彼女は雷門檸檬。現在はイラストレーターをしており、ネットで曲を上げたり配信したりしているらしい。『仕事との両立を考えた』という理由で魔法少女を引退している。
「そういえば、今日は桃絵ちゃんきてないんですね……?」
周囲を見回し、ふと檸檬は呟いた。
今この会議室に集まっている橙花を除いた5名の元魔法少女の者達は、実は橙花とともに『暗黒の国』と戦った者達、つまりは始まりの魔法少女だった。彼女等は7名で活動しており、リーダーの魔法少女である桃絵が不在だった。
「ああ、今日は魔法少女としての仕事があるそうだ。また後日、招集をかける際には全員が揃うよう、日程の調整をしておこう」
と議長は短く告げる。
「あら、道理で静かだったのね」
「私は最初から気付いていましたよ?」
「気付かないわけない、嫌味よ」
と、紫織、茶姫、紅羽が口々に喋り出した。みんな、桃絵に会いたかったのだ。
「次の招集はちゃんと、みんな揃うようにしてくださいねっ! 約束ですよ!」
ぷく、と檸檬は頬を膨らませ議長を軽く睨むと、「前向きに検討はしておこう」と議長は肩を竦めた。
「……とにかく、先に『彼等』の話を訊いてみましょうか」
少し騒がしくなった会議室で、藍花は溜息を吐く。
×
「この俺に何か用事か、珍しいな。まさか刑期が延びたとか言う話じゃないだろうな」
まず呼び出されたのは、しっかりした体つきの偉丈夫だ。
彼は黄昏琥珀。元『暗黒の国』の幹部で研究員としてデータ提供をしている。魔法少女の不思議な力によりこちらの世界の者として生まれ変わっており、現在はただの一般人だ。
「違うわ。琥珀、なにか『暗黒の国』関連で新しい情報知らない? 新しい組織とか」
紅羽は、じ、と琥珀の目を見る。すると、まっすぐ見据えたままで彼は口を開いた。
「『新しい組織』の話か? 俺は何も知らないな。俺が嘘を吐くことが苦手だと知っているだろう?」
「本当に知らないみたい。記憶を弄られているところもないし」
皆を振り返り、彼女は答える。
×
次に呼び出されたのは線の細い、神経質そうな男。
彼は日盛萌葱。元『暗黒の国』の幹部で研究員としてデータ提供をしている。魔法少女の不思議な力によりこちらの世界の者として生まれ変わっており、現在は琥珀と同様にただの一般人だ。
「『新しい組織』の話、ねぇ。……僕は知らないね。仮に知っていたとしても言うわけがないだろう? 冗談だよ。刑期が終わってもなお監視は完全に終わっていないというのに、僕がそんな分かりやすい事を行うはずがない」
視線を逸らしたままで彼は答える。
「なぜ目を見ないの」
「僕が目を見られることが嫌いだって知っているだろう。それに君は然るべき相手がいる。幼い子供じゃないんだから、もう少し慎みを持て」
不満そうな紅羽に萌葱はやや眉をひそめて告げた。
×
最後は、監視室の方へ。
その白い部屋の中で、雪のように白い女性が力無く床に座っている。
「あら。そんなにおそろいで、アタシに何か用?」
向けられた視線は、氷のように鋭い。
彼女は白極白亜。『暗黒の国』の上位幹部で、生まれ変わっていないため異世界民である。現在は研究施設に拘束され、いちおう任意の下でデータ提供をしている。
彼女は常に生存できる必要最低限のエネルギーだけ提供されており、余計な事は出来ないように制限されていた。
「端的に言うわ。『暗黒の国』関連の新しい組織の話か何か、心当たりはある?」
「『新しい組織』? さぁ? アタシは知らないわよ。何も」
真っ直ぐに目を見つめる紅羽に、白亜はツンと顎を逸らし鼻で笑う。
「この施設から出してくれるって言うなら、教えてあげなくもないけど。情報を取りに行ってあげるわ。……ま、そのあとアタシがここに戻ってくるかなんて保障しかねるけど……ね?」
流し目でちらりと意味あり気に紅羽を見上げた。
「話し合いは無駄みたいね。何も言えないみたい。心当たりはあるみたいだけれど、情報が揃わないと言うつもりは無い感じ」
そう、紅羽はみんなを振り返る。白亜が小さく舌打ちをした。
×
それから、拘束された他の『暗黒の国』の構成員複数名から話を聞く。だが、特に真新しい情報を得ることはできなかった。
「お前の夫に心当たりがあるか、警戒されないようにそれとなく聞いてみてほしい」
「うん。それとなく聞いてみるよ」
議長の言葉に橙花は深く頷いた。
だが、聞いたとて夫の葦月が正直に答えるとは思えなかった。なぜなら彼は秘密主義なところがあり、自身の考えをはっきりと相手に示すことは滅多にないから。
それは『特に信用されていないから』だと橙花は考えている。
葦月は、確かに橙花のことを好いていた。そして、興味を持っている。
だが、それと信用の話は別ものなのだ。
きっと彼は何かを知っていたとしても、知らなかったとしても、『どうでしょう』とかなんとか言って返答を誤魔化す。
信用されていないから。
その『信用』が一体何なのか、橙花には全くわからない。それはきっと、葦月が『暗黒の国』の人で、そこの世界の価値観を持っている事も要因だろう。
いつの日か、秘密を話し合えるような関係になれたらいいな、と橙花は視線を落とした。
×
「……どうしようかなぁ」
会議の帰り道。
白い電話ボックスのような形状の研究施設の施設出入り口より出て、舗装された道を歩く。
「何か、お困り事ですか、橙花」
声にハッと顔をあげた。そこにはシワのないスーツ姿の葦月が立っていた。
「わ、ちょうど帰りの時間が一緒だったんだね」
そのことを嬉しく思い、橙花は彼の元へ小走りで寄る。
「それで。先程、浮かばれない表情をしていましたが、何かお困り事ですか」
並んで歩き出し、葦月が問いかけた。
「あ、うん。今日あった会議の内容でちょっとね……」
彼の視線を感じたが、それとは合わせずに橙花は少し視線を落とし足元を見る。
砕けた落葉の多さに、もう秋が始まっているのだとなんとなしに思った。
「えーっと、単刀直入に言うね」
彼は回りくどい作戦や喋り方をする癖に、回りくどいことが嫌い。だから、橙花は、葦月との会話は簡潔に分かり易くを心がけている。
「『暗黒の国』の新しい組織のこと、何か知ってる?」
ちら、と視線を上げ、橙花は葦月に視線を向けた。
「そうですねぇ。……真新しい情報は、何も」
一瞬だけ、視線が合う。だがすぐに逸らされた。
「だよねぇ」
『やっぱり、言わないよね』
そんな言葉を飲み込んだ。




