第2話 魔法少女の正体
それは平日の午後の出来事だった。
秋口のやや残暑が尾を引く頃合いで、まだそれなりに日は高く、青空に覆われている。
学校の内部では給食やら弁当やらを食べ終えた児童生徒が眠い目を擦りながら授業を受け、社会人達も定時前でそれぞれ職場で仕事を再開し始めた頃合いだ。
突如、爆発音が響いた。
それと同時に純黒の巨体が姿を現した。
それは怪物『絶望』だ。
現れたその姿に、周辺の人々は慌てて逃げ出す。通報を受けて駆け付けた自警団体の者達が手慣れた様子で避難誘導を行った。それからサッと手早く規制線が張られ、民間人の侵入を防ぐ役割を果たす。
そうして彼らは、人民の被害を最小限に食い止めたところでとある者達の到着を待つ。
「見つけたっ!」
その声に規制線の前で待っていた者達が色めき立った。
魔法少女が現れたのだ。
「みんな、いくよ!」
現れた純黒の『絶望』の前に、色鮮やかに輝く魔法少女達が立ち塞がる。
×
家よりも巨大な純黒の体躯を持つ『絶望』を、魔法少女達は翻弄して行く。
「はぁっ!」
桃色の魔法少女が煌めく『幸せ』の波動を放出して『絶望』を惑わし、
「やぁっ!」
水色の魔法少女が『幸せ』を帯びた水の玉で『絶望』を誘導し、
「えいっ!」
黄緑色の魔法少女が四葉の紋様の浮かぶ巨大な『幸せ』の光る板を『絶望』に叩き付け、
「はっ!」
紫色の魔法少女が紫色の『幸せ』を纏った武器で『絶望』を切る。
「たぁっ!」
そして橙色の魔法少女が飛び出し、橙色に輝く花を意匠した攻撃が『絶望』に襲いかかった。
これで『絶望』は完全に活動を停止して大きな隙を魔法少女達に見せる事となる。
「今だよ!」
橙色の魔法少女が周囲に叫んだ。
「「「「うん!」」」」
4人の魔法少女達が集まり、掛け声を発する。すると虚空より光り輝く道具が人数分出現し、4人の魔法少女はそれを手に取った。
そして衣装がより白く華やかなものへと変化する。
それはまるで、ウェディングドレスかのような様だ。
眩しそうに目を細め、橙色の魔法少女は彼女達を見上げる。
「「「「ミラクル・レインボー!」」」」
魔法少女達は必殺技を放った。
そうして『絶望』を浄化し、無事に依代となった人を取り戻す。
×
気付けば日は傾き、周囲は夕焼け色に包まれていた。
遠くでカラスの鳴き声や豆腐屋の笛の音が小さく聞こえる。
いまだに残る規制戦の中、
「やっと終わったー」
と、魔法少女達は息を吐いた。
それから床に倒れ込んでいた『絶望』の依代らしき人物を探し、駆け付けた救助隊の担架に乗せる。
最中で若い救助隊の者がやや頬を赤らめそわそわしていたので、「がんばってね♡」と水色の魔法少女がウィンクをして軽くサービスしてやると、嬉しそうな様子だった。
「こーら。そうやって軽々しくサービスしちゃうと勘違いされちゃいますよ?」
そう、黄緑色の魔法少女が、去って行く救助隊に手を振る水色の魔法少女を小突く。だが
「いーじゃん。別に減るもんじゃないしー」と口を尖らせ、全く意に介していない様子だった。それにやれやれと黄緑色の魔法少女肩を竦め溜息を吐く。
「よかった。今回も無事にできたみたい」
と、桃色の魔法少女が緊張気味に溢せば
「あなたはいつもちゃんとやってるわよ」
そう紫色の魔法少女が慰めた。そして桃色の魔法少女を紫色の魔法少女が抱きしめる。
そうしている合間に、橙色の魔法少女は周囲を見回していた。
規制線のおかげで周囲には一般の人々は近付けないが、その先では興奮気味の彼等がひしめき合っている。
「何を見てるんですか?」
近付きながら黄緑色の魔法少女が橙色の魔法少女に問いかけた。見回す限り、何も変なものは見つけられない。
「ううん。なんでもないよ」
橙色の魔法少女は軽く苦笑いするだけだ。
何かを誤魔化されたらしいと思いつつも、分からないので黄緑色の魔法少女は首を傾げる。
と、そこで
「依代の回収も周囲の修復も終わったし、打ち上げしよーよ」
と、水色の魔法少女は提案する。だが
「ごめんなさい、今から塾があるから」
と、黄緑色の魔法少女が申し訳なさそうに答えた。そして
「お稽古事があるのよね」
と紫色の魔法少女が緩く首を横に振りながら返答し
「妹と約束してるんです」
桃色の魔法少女も眉尻を下げて答える。それぞれの魔法少女にも用事がある様子だった。
橙色の魔法少女も
「ごめんね、わたしも用事がある」
と提案をやんわり断る。全員が辞退したとなると、打ち上げの計画は意味をなさなくなる。
「そっかー。じゃあ仕方がないねー」
そう、残念そうにしながらも水色の魔法少女はそれを飲み込んだ。
「じゃあ、先に失礼します」
と、橙色の魔法少女は4人に告げる。そろそろ規制線が解除されて日常が戻ってくる頃合いだった。それを4人は「じゃあーねー」「またねー」「また次回」「またよろしくお願いします」と手を振り、橙色の魔法少女も気恥ずかし気に手を振って規制線の外へ出ていく。
「あの子、いつもさっさと帰っちゃうよね」
姿が見えなくなった時、そう水色の魔法少女が呟いた。
「確かに、そうかも」
「そうですね。打ち上げにも一回も参加してませんし」
と、桃色と黄緑色の魔法少女も頷く。これまでに何度か5名で『絶望』を退治した事がある。そしてその終わりに水色の魔法少女が「打ち上げしよー」と提案して、手の空いた魔法少女達が変身を解いた姿でそれに参加する事が恒例化していた。
彼女等は花の中高生である。なので、打ち上げといってもいく場所はどこぞのコーヒー店だったりカラオケ店、ジャンクフード店だったりする。だが、あの橙色の魔法少女だけは一度も参加した事がなかった。
なので、彼女等は橙色の魔法少女の正体を知らない。
「まあ、あの子、研究施設派遣の魔法少女だしね」
そう、紫色の魔法少女が呟いた。
×
研究施設とは、魔法少女及び『絶望』『暗黒の国』関連の物事を研究している公的機関の事である。
初めの魔法少女達が『暗黒の国』の幹部達と統治者『インフィーニ』を倒す最中に発足した。そこには複数名の研究員や魔法少女が所属している。
魔法少女は、今や立派な防衛事業となっていた。
「……このくらい離れたら大丈夫かな」
と人気のない場所に橙色の魔法少女は降り立つ。そして周囲を見回し「あった」と真っ白いボックスの中へ入る。
それはパッと見ただけでは窓も何もないただの白い直方体でしかないのだが、研究施設関連の施設であった。
橙色の魔法少女が一部にカードを翳すと薄く光り、ドアが開いた。そしてその中へと魔法少女は入る。
そこで、彼女は変身を解いた。
するすると衣類が解けて光となって消え、みるみるうちに身軽になって行く。
それが全て終わった時。そこには少女……ではなく、20代前半の女性が立っていた。
彼女は立花橙花。初めの魔法少女でありながら、現在まで魔法少女を続けている女だ。
「ふぅ、緊張したー」
簡易的な明るい色のシャツと暗い色のスキニーパンツと橙色のスニーカー、と、かなりラフな格好をしている。そして白い箱の中で彼女は溜息を吐いた。
「毎度『打ち上げ行こう?』って誘ってくれるのは嬉しいんだけど、さすがに年齢離れすぎてて申し訳なさで行けそうにないんだよねぇー」
「それに、毎度断るのも申し訳なさがあるし」と、悩まし気に頬に手を充てる。
この箱は、実は研究施設への出入り口にもなっているので、10代半ばにしか見えないような魔法少女が入った場所から20代半ばの女性が出てきても何の問題にもならない。きっと、研究施設の研究員にしか見られないだろう。
事実、彼女は研究施設の研究員でもあるので問題は無い。
「あっと、そうだった」
肩掛けの鞄をごそごそと探り、目当てのものを取り出す。それは薄い板状のもの、ただの携帯連絡機である。
「げ、めっちゃ連絡入ってるじゃん……」
と、画面に現れた通知にやや顔を青くしたあと、時間を確認した。「あ、まだ大丈夫そうだ。今からでも余裕で間に合うなー」と言いつつ画面を切る。
「特売がもうすぐだから気合い入れなきゃね!」
言いつつ白い箱より出た。そしてちょっとだけ急いでスーパーに駆け込んだ。
×
「ふぅ。大量大量!」
買い物を終わらせ、満足気に息を吐く。特売のおかげで欲しいものを安く大量に手に入れる事ができた。実際、特売でなくとも大量に買い込まなければ問題はないのだが。
「今日は何作ろうかなぁ」
帰り道は夕飯の献立について思考する。周囲には悪い気配もないし油断していたって問題はない。
と。
「……何をしているのですか」
そう、声をかけられる。
視線を向けると長身の男が立っていた。シワのない黒っぽい色のスーツを着こなした、黒髪の男だ。だが表情が険しく、周囲の人間も遠巻きに見ている。
「あっ! おかえりー!」
だが、その人物に彼女は躊躇なく声をかけ、小走りで駆け寄った。
「まだ家には帰り着いてませんよ。それに連絡を入れても全く返事もせずに」
「いいでしょ別に。こういう時はそう言うものなの! あと、連絡はあんなにたくさん入れても怖いだけだからね! 忙しかったんだから返事できなかったの」
その男は立花葦月。彼女の夫だ。
二人は、少し前に結婚したばかりの夫婦である。
謎めいた橙色の魔法少女は、主婦だった。