春、一番
令和2年春。地球温暖化も相まって四月には葉桜が懸念された桜の木は、辛うじてその季節特有の美しさを保ち、世知辛い日本の人々を応援しているかのようだった。県内有数の進学校である公立榮原高等学校も新入生を迎え、新たなスタートを切りだした。
この榮原高校3年生になった俺、山本大志も、ついに高校生活最後の1年のスタートを切った。小さい頃から音楽が好きで、聞くだけでは飽き足らず曲も作っていた。小学校を卒業する頃に親からパソコンを譲ってもらい、ネットに自分で作ったデモ音源をあげたこともあった。しかし、何も変わらなかった。ネットで活躍している中には俺と同年代のやつもいる。なんなら、俺より年下のやつがそのセンスを世間に認められていることもある。やっていることはやつらと同じなのに、俺には何もなかった。でも、いつかはきっと誰かが曲を、俺を見つけてくれる。そう信じてついに高校3年を迎えてしまったのだ。
そんな葛藤を背負ったまま、俺は軽音部の扉を開けた。校舎の隅の物置部屋と化した空き教室の中からはベースの音が聞こえた。
「仁美、もう来てたんだ。」
沢田仁美は昔からの幼馴染だ。4歳の頃からベースをかじっていて、俺が音楽を始めたきっかけは彼女にある。
「うん、入学式の前日に仕事ある連中なんて生徒会と実行委員くらいだし、うちら平民は用なしだからね。それに、明日新歓だから合わせるだろうと思ってさ。個人練の時間確保しときたくて早めに来ちゃった。」
「そっか。じゃあ、全員揃ったら一旦合わせよう。」
入学当初、榮原高校に軽音部は存在しなかった。校則上、生徒全員が部活動に強制参加なので、どこかに入部しなければいけないのにも関わらず音楽系の部活は吹奏楽部しかなかった。しかし、3人以上であれば部活動を新設できると聞き、俺は仁美を含めた同級生3人でこの軽音部を作ったのだ。
「うぃーっす!あれ、もうみんな揃ってたの?」
大志「大丈夫悠ちゃん。俺も今来たところ。」
悠ちゃんこと平田悠は、俺がはじめてこの高校でできた友達だ。日本の教育も男女混合の出席番号になり、隣の席だった悠ちゃんは、今まで音楽をやったことがなかったにも関わらず俺の軽音部新設の計画に乗ってくれた。彼のおかげでこの学校に軽音部ができたと言っても過言ではない。悠ちゃんは楽譜の音階が全く読めないため消去法でドラム担当になったが、ダンスを習っており体力とリズム感のある彼にぴったりだと思う。
「すいません!生徒会で遅れました!」
仁美「麻理ー!お疲れ!全然うちらも来たばっかだから!」
槙野麻理は軽音部で唯一の2年生だ。成績優秀、文武両道の優等生で、生徒会役員も担っている。中学まではその運動神経の良さと真面目な性格から陸上部で活躍していたらしいが、高校入学を機に軽音部に入部を決め、キーボードを担当している。音楽も特にやっていた経験はないらしいが、かなり異常な上達スピードを見せている。
大志「本当に今さっき全員揃ったら合わせようとしていたところだから。」
麻理「よかったです。明日の新歓のために早く入学式の準備終わらせてきましたから!」
悠「生徒会は大変だねー。たかが新歓だし無理しなくてよかったのに。」
麻理「いや何言ってるんですか!そりゃ無理しますよ。だって、新入生誰も入部してこなかったら、秋から私一人になっちゃうじゃないですか。」
仁美「…麻理。」
確かにそうだ。今年の1年が万が一誰も入部してこなかった場合、俺たちが引退すれば麻理は一人になる。
大志「…引退」
それは俺がこれから歩むべき道を決めなければならない時期が近付いているという明示でもあった。




