霧蜂退治
「…霧蜂?」
掲示板に貼られた紙の中では一番色褪せた依頼書を見つめながらシオンが首を傾げる。
「えぇ、街の近郊の森に多く生息する魔物のようなので、奥地の森では馴染みのない生き物かもしれませんね」
アイオがその依頼書を手に取りながら説明を始めた。
「霧蜂は一般的な蜂と同じく、一つの巣に女王蜂と働き蜂が住んでいます。なので、駆除するには女王蜂を仕留めればいいのですが…女王蜂以外はその名の通り、霧で作られた実体のない魔物なんです」
「見せかけだけってことか?」
「いえ、相手からの攻撃はしてくるのですが、こちらからの攻撃が当たると霧のように消えるのです」
「うん?それなら普通に退治したらいいだけじゃねぇのか?」
怪訝な顔をするシオンに頷きかけながらアイオが冒険者にとってこの依頼が不人気な理由を口にする。
「そうですね、討伐する流れはそれで問題ありません。ですが、女王蜂以外は実体のない魔物になるため、経験値が入らないのです」
「…あぁ、それでこの依頼がずっと残ってたのか」
そう、討伐の際に発生する戦闘回数のわりに経験値の入りが女王蜂1匹分となるため冒険者からしたらコスパの悪い魔物ということになり、なかなか引き受け手が現れない依頼となっているのだ。だが森に採取に出かける民にとっては脅威となるため駆除が必要になる。だから教会には依頼が舞い込んでくる。しかし依頼主が一般市民になるため高額報酬も出せず放置されてしまうことが多い、というのが現状だった。
「この依頼が一回きりってことはないだろ?これまではどうしてたんだ?」
「そうですねぇ、お察しの通りなかなか受理していただけない依頼になりますので、僕がこう、頑張ってやっつけてました」
「……は?」
なんのポーズなのかバットを振るような動きをしながらやっつけてました、と言ってのけた神官を不審げに見ながらシオンは思わず聞き返してしまった。いやいや、あんたどう見ても弱っちそうだろ。
そんなシオンの疑問を感じ取ったのか、アイオがへらりと笑う。
「大丈夫ですよ、僕は神官なので癒しの魔法を使えますからね。こう、刺されては癒し刺されては癒ししながら女王蜂に近づいてやっつけられますから」
「…大丈夫、とは言わねぇな?それ」
呆れ顔で神官を見ながらもシオンは内心で変な神官の評価を変更する。根性のある変な神官、に。
「…ったく、しょうがねぇな。ちょっと来い、その退治してほしい霧蜂とやらの巣の場所を教えろ」
変な神官改め根性のある変な神官はココア色の目を嬉しそうに細めた。
♢♦︎♢♦︎♢
「いやぁ、すごいですねぇ」
後ろからへらへらと笑う神官の声がする。褒められるほどのことはしていないのでなんだか胡散臭く感じてしまうが、先ほど聞いた根性論な倒し方を本当にしていたのだとしたらきっとその感想は本心からのものなのだというのもわかる。
「…俺はあんたと違って戦闘に向いた狩人だからな」
言いながら今しがた女王蜂を打ち取り無力化した霧蜂の巣に近づく。通常は度重なる戦闘により巣は破壊されていることが多いというが、シオンはたった一撃で討伐完了させたため綺麗なままの巣がそこには残されていた。
サクッという軽い音を立てて巣を木から切り落とすと、アイオに向かって見せる。
「お、蜂ってことだからあると思ったが、やっぱりあったぞ。この中身も使えると思うから、これもやる」
「?」
不思議そうに巣を受け取ったアイオに、巣を切り落としたついでに少し手のひらに出した巣の中身を見せる。シオンの手には黄色がかったとろりとした液体が乗っていた。それをぺろりと舐めると『ん、うまい』と頷いてから残りをアイオの口目掛けて押し当てた。
「?!」
突然口を塞がれて目を白黒させながらも、その味に驚いたのかアイオは器用に目を見開いてみせた。
「ハチミツだ。うまいのでちょっとしたおやつにもなるし、塗れば傷薬にもなる。それに保存食の日持ちもよくするから便利なんだ。…教会も常に食料が供給されるわけじゃないだろ?保存食作る時にでも使え」
照れ隠しなのか仏頂面をするシオンをココア色の瞳が優しく見つめた。
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区切りがつかなくて長くなってしまいました、お付き合いいただきありがとうございます