小さな願いと生まれた力
「これ…この方は…」
「知ってるのか?」
まだ息が整い切っていないが少し落ち着いてきた様子で深呼吸してから腹黒神官が答える。
「えぇ、神殿に伝わる精霊王様の絵姿とそっくりです」
「「精霊王??」」
ラリマーと思わずハモって聞き返す。精霊王って、あの精霊王か?
「…なるほど、それで『おーさま』と夢の中で呼ばれていらしたのですね」
ぶつぶつとなにやら納得した様子の神官に視線だけで説明を促す。
「あ、すみません。まず、シオンさんが夢で見ているおーさまさんは、おそらく精霊王様です。それも、転生されての姿ではなく、初代のお姿ですので精霊王様のご加護の源である霊力そのものではないかと」
そういえば精霊王は何百年かに一度生まれ変わると聞いている。確か、俺のずっと昔の祖先にいたらしいセラン=ヴァーダイトもその生まれ変わりだったと聞いたことがあった。だからと言って自分になにか精霊王の力があるとか感じたこともないから眉唾ではあるが。
「そして、ここに来てから見た夢ではこの方が海に沈まれたとのことでしたが…もしかして、メルからほど近い、浅い海のあたりではありませんでしたか?」
問われて考える。あの時は夜の風に乗って海岸の花びらが届くくらいの距離だった。深さは、暗闇の中だったからわからないが…水中からほおずきのようなものが浮かんできていたからそれなりに深かったような気もする。
「確かに、メルの隣の丘からそんなに離れてなかったとは思う。だが、水中から光るホオズキが上がってきていたからそれなりに深かった気がするな」
「…なるほど。それもあり得るかもしれません…」
浅いのでは?と聞いたくせに深いのもあり得るとはこれ如何に。
「僕が調べてきたのは、死霊術の起こりについてだったのですが、諸説あるとは言えこのメルの近海、当時は陸だったそうですが、そこにある洞窟の一つが死霊術を生み出した魔術師の研究所だったと。資料によると、もともと死霊術は昔海辺に住む魔術師が最愛の妻を事故で亡くして、彼女にもう一度会いたい、と生み出した術なのだそうです」
「その後の世で使われたみたいな、兵器として生み出した術じゃなかったんだな…」
死霊術について多少聞いたことがあったらしいラリマーが意外だ、というように呟く。
「えぇ、純粋で小さな、でもそれでいて叶うはずのない願いがもともとの死霊術だったそうです。魂を呼び覚まして依代に宿らせるのも、もともとは亡くなった奥様と会話するためだったと。その依代としてできるなら彼女本来の姿をと模索された中で今で言うリビングデッド、死者の体を傀儡にする術が生まれたそうです」
狩人としては、死は自然の循環に戻ることなのでそれが誰のものであれ受け入れるつもりはある。そして狩人になる前の小さい頃は騎士として剣術に励んでいたため、なにかあればこの身を賭して人々を守るのだと思ってきたし、それで散るなら名誉だとも思ってきた。そんな俺でも、親父たちが亡くなったと聞いた時は喪失感が大きかった。そうであるならば、きっと普段から死を身近に感じていない人にとっての喪失感は如何程のものだったろう。そして、その喪失感を埋めるために、この世界から旅立った大切なものを呼び覚まし得る術が自身にあるとすれば、研究してみたいというのは人の性だろう。それを何も知らない後世の人間が責めるのは難しい。
「その研究所だった洞窟と、おーさま…精霊王が関係してるのではないかってことか?」
「…可能性はあるかと」
「ちょ、ちょっと待っとくれよ、学者センセ。その死霊術の研究をしてた洞窟が使われていたのは昔、なんだろ?じゃ、じゃぁいったい誰…何が今その研究所を使ってるって…」
青ざめたような顔でラリマーが割り込む。なにをそんなに慌ててるんだ?
「ま、まさかゆ、幽霊とかなんて、い、言わないよな?」
あんなデカいドラゴンのくせにまさかのお化け嫌いだった。これまでドラゴンは最強種だと思っていたが色々ラリマーに出会ってからイメージが変わるな。
「何者かの意思が働いているのか、はたまた偶然かわかりません。狙いがあるにしては精霊王様の恩寵を失うことがメリットになる者は存在しないと思いますし…」
腹黒神官もそう呟きながら考え込む。そうなのだ。精霊王の恩寵で成り立つ世界に生きる以上、その恩寵を独り占めするとかならまだしも、なくすことを望む者がいるのか?
「誰が、は置いとくとして、どうやって、の方は心当たりがあるのか?」
「それも、あるともないとも。そもそもその研究となった洞窟というのが詳細な記録が残っていないのです。魔術師にとって自身が生み出した魔法陣というのは研究成果ですから、それを公開するしないの決定権は術師自身にあります」
「その魔術師…死霊術師は公開しなかったんだな?」
「えぇ、あくまでもそのような研究をしていたらしい、としか。死霊術について残っていた記録も、死霊術師が書いたものではなくこの辺りに住んでいた別の魔術師がたまたま知り合いの話として記録していたもののようです」
夢で見た人物は精霊王だった。その精霊王が何らかの理由で海に沈み、おそらくそのために地上の恩寵が減っているのではないか。海に沈んだことに死霊術師の遺した洞窟、魔法陣が関わっている可能性があるが詳細はわからない。増えた沈没船にホトトギスの鳴き声は偶然か何者かの引き金か。
パズルのピースが見つかったと思ったがまだ全体の絵が見えてこない。だが、あの夢はこの、精霊王が失われるという危機を知らせていたのか。本当に精霊王の加護がなくなればおそらく世界は今のまま存続していない。だが、まだその時は来ていないようだ。それならば、まだ何かできることはあると言うことだろうか。
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