来訪者
仲間達が聖国に到達したは良いが、別段俺の生活が変わる訳ではない。今日も修理を依頼された武器を打ち直し終わり、暇なので翠玉と遊んでいた時。
「キュキュ、キュキュ!」
「どしたの白玉」
「ミューン?」
どこからともなく駆けてきた白玉が、頻りに彷徨いの森を指差し俺に鳴いている。
最近は言葉が分からなくても何となく伝えたい事が分かるようになってきた。
…どうも森の中に何かが出たらしい。
これは島の持ち主として捨て置けないな。
「ついて行けばいいの?」
「キュ!」
首を縦に振ると、すぐさま走り出す白玉。
付いて来いと言う割に随分と距離が離されちゃったんだけど。まあ、行くか。
走り出そうと足を踏み出す俺の前にのそりと体が挟まる。
これは、まさか…。
「俺に…乗れと言うのか、翠玉」
「ミューン」
背中を差し出すように身を屈ませる翠玉がとてもキラキラした目で俺を見るのだ。
騎乗か、思えばあまり経験がない。
セイちゃんの転移魔術という実用性溢れる魔術があり、クロノスでは騎乗モンスターを持っていなかった。
最後に乗ったのはまだ新規だった頃だろうか。
「じゃあ任せたぞ」
「ミューン!」
背に跨ると力強く立ち上がる翠玉。
先程白玉が走っていった方を見ながら、足を一度強く踏みつける。
急成長を遂げる木がまるで進路を告げるように伸びあがり道を作る。
「お前、こんな事も出来るのか…」
「ミュー」
木の上に登り一直線に走り出す翠玉だが、流石封印されてるとは言えAGI5000…いや、今は召喚効果も乗ってるのか。
俺なんかとは段違いの速度を出して疾走する。
風が気持ちいいな。
次々と切り替わる視界を見ながら風を感じていると、白玉の姿が見えて来る。
…あれ、なんかいる。
「…おや、来られたようですよ守護者様」
「キュキュ!」
「本当に…かの災厄を従えて居られるのですな」
「キュ、キュキュ!」
鳥である。
もう一度言おう鳥である。
大きな翼を背に持ち鷹のような顔をした随分渋い声を出す鳥男が白玉と談笑していた。
…流石ファンタジー世界。
おかしな種族増やして、変なところに力入れたな運営。
「どちら様で?」
「これは失礼を、月の後継様。
私は翼人のダリル。黒鷹のダリルと呼ばれております」
片膝を付いて俺に頭を垂れる鷹のおっさん…ダリル。
爺さんも言ってたけど、月の後継って流行語だったりする?
「我らは古き時を生きる種族なのです。
盟友より大恩ある月の御方の後継の話を聞き、月の導を辿り馳せ参じて参りました」
「待って。盟友って誰?」
「緋桜龍殿です」
爺さんじゃねえか。
思いっきり情報漏洩してるじゃんあの爺さん。
俺の人権どこ行った。ファンタジー世界に人権の概念はないってか。
「落ち着いて下され後継様。
あの方も嬉しかったのでしょう。少し前に起きた鬼族との諍いの話も嬉しそうに話しておられました」
「今の会話で落ち着ける要素どこかにあった?」
「ハハハハハッ!」
笑えば済む話じゃねえんですけど。
「後継様が愉快な方で安心しました。
守護者様も、とても楽しそうです」
「キュキュ!」
「良い話風に持って行ってるけど、何も解決してないからな?」
どうなってんだアルテマ・オンライン、NPCに俺の情報筒抜けじゃねえか。
俺の様子を嬉しそうに語るダリルだが、笑いが収まったようで話掛けて来る。
「此度訪れたのには訳があるのです。
遂に現れたあの御方の後継である貴方と、私も友好を結びたい」
「友好?」
「本来ならば恩返しとして後継様の僕となりたいのですが、月のお姿を覚えているのは私しかおらず…。
ならば、定期的に貢物をと思いましてな!」
「俺は何もしてないからいらないんだけど、それじゃあダメなの?」
「それでは私の気が収まりません」
嘘だろ。
なんでいきなり他人から貢物を差し出されねばならんのだ。知らない人から物を貰っちゃダメって近所のジジイが言ってたぞ。
「いや…でもさあ…」
「我が国では狩りが主流なのです、良い肉などもありますぞ」
このおっさん、引く気がない。
顔を近づけ自分の国をこれでもかと力説してくるダリルに軽くドン引きしてしまう。
でもほら、今でも仲間達が置いて行く素材とかでアイテムボックスが満杯なのにこれ以上物が増えるのは…いや、待てよ。
「ダリル、アンタの国は魚とかは取れるのか?」
「取れますが、どちらかと言えば動物の肉の方が良いですぞ?」
「こんな魚とかって取れる?」
アイテムボックスから引っ張り出すのは今でも在庫過多に陥っている魔魚。
調理しても調理しても減る事のないこの魚、もしかしたら上手く引き取ってもらえるかもしれない。
恨むなカンペイ。魚料理のし過ぎで目を瞑っても捌けるんだ。
「これは…魔魚ではありませんか」
「あれ、もしかしてある?」
嘘だろ、俺のパーフェクトな交渉術が途端に破綻するぞ。内心冷や汗ダラダラでダリルの顔を見ると、何故かこちらも冷や汗を掻いている。
「…これほどの物は、我が国にも数少ないでしょうな。申し訳ありません後継様」
「いいや、それで良いんだ!」
「…はい?」
聞けばどうも魔魚は高純度の魔力が豊富な国、魔国などでしか手に入る事がないと言う。
そのせいで希少価値が高く、大変高値で取引されているとか。
魔国が何かは分からないが、これは良いぞ。
面白い事になってきた。
「…さてダリル、ここで一つ提案なんだが。
定期的にお前が持ってきてくれる貢物?と、この魚を物々交換しないか」
「なんと!?」
「俺は上質な肉が手に入り、お前は魔魚を手にする。これは良いビジネスだろう?」
気分は悪代官。別に悪い事をしている訳ではないが、こういう交渉事は楽しくやるのが一番だ。
驚愕に顔を変えるダリルだが、少しして声を荒げ俺に言う。
「それでは私の方が得をしてしまいますぞ!?
これは恩を返す為に…」
「その恩ってのはルナーティアに対しての物だろ?
俺と友好を結びたいって言うなら、最初は取引から始めようじゃねえか」
ニタニタと笑みを浮かべる俺。
外見は悪いけど、かなり良心的な取引現場だなコレ。でもこの有り余る在庫を処分する為には今はコイツの力が必要なのだ。
あ、今度オウカに行ったら爺さんともやろう。
「自身の利益よりも公平性を取るとは、何という御方だ」
「俺達は仲良く出来ると思うんだダリルくん。
お前もそう思うだろう?」
「…その話、受けさせて頂きますぞ」
よっしゃぁぁぁぁぁぁ!
これでアイテムボックスが軽くなるし、上質な肉?も手に入る。良い事尽くめじゃねえか。
固く握手を交わすと、どうやらダリルにウインドウが出現したらしい。
《『ダリル』さんからフレンド申請が届きました》
迷わず承諾を押して、ダリルに向き直る。
「これから、仲良くやろうじゃないかダリルくん」
「何かありましたら、ご連絡下され。
我ら空を駆ける者が後継様の力となりましょう」
あ、そんな事起きるとかないので大丈夫です。
もう帰ると告げるダリルに帰りの駄賃と言って魔魚を渡し、俺達は街へ戻る。
最近は頭のおかしいNPCしか見て来なかったから少しだけ心晴れやかだ。
「いやぁ、良いNPCもいるもんだなぁ」
「キュキュ?」
「ミューン」
こういうのもまたスローライフ。
俺が望んだ幸福だ。
後日、大量の肉と謎の素材が届けられた。
素材をゴドーに横流ししたらメンバーにバレて謝罪会見になったのは別の話。
亜人種…クロノスでは森人、土人、妖精人だけだったけどアルテマの移行でかなり数が増えた。
種族として選択できる種族はクロノス実装の物だけだが、とある方法で変化可能。
黒鷹のダリルは災厄戦の生き残りです。