行き倒れ
「お前ってNPCからすればただの小動物だし、出て来ても良くね?」
「キュ?」
騎士との雑談…のような物を終えた後、俺はふと思った。
よくよく考えたら、今白玉を隠す必要もないよなと。
別に変に目立つ容姿をしている訳でもなし、プレイヤーが多い場所ならまだしもここに到達したのは俺のクラメンのみ。
フードから肩に登ってくる白玉に先程買った練り蜜を渡し俺達は街を歩く。
「服に零すなよ白玉」
「キュキュ!」
親指を上げて任せろとジェスチャーする白玉だが、絶賛練り蜜に齧りついている状況。
言ってる傍から垂れそうなんだよなぁ。
「次はどこに行くか…」
「(スーパーモグモグタイム)」
折角聖国なんて大層な名前が付いてるのだ、ただの食道楽だけじゃ観光とは言えない。
「お前はどっか行きたい場所とか…ん?」
「キュ?」
何か良い案はないだろうか。
白玉に話を振ろうとした俺の少し先に奇妙な物が落ちている。
落ちているというか…行き倒れ?
襤褸切れを纏いうつ伏せに倒れている長身の女。
…関わらないでおこう。
他のNPCもスルーしてるみたいだし、どこの世界でもああ言うのと関わると碌な事がない。
見ないふりをして女の横を通り過ぎ…足を掴まれた。
「アナタ…ワタシが…ヘブッ!」
「あ、ごめん」
急に足を掴まれるものだから思わず反対の足で蹴りを入れてしまう。いや、いきなり知らない人から触れられたら反応するだろ。
地面を二、三度転がった女が立ち上がる…襤褸切れで隠れていたが顔は割と整っているな。
「躊躇いなく蹴りましたね!?」
「結構飛んだな」
「他人事!?」
そりゃ他人なんだから他人事だろう。
もう変なNPCはお呼びじゃないんだけど、さっきの騎士でお腹いっぱいだ。
「なんか用?」
「人に蹴りを入れておいて…なんて態度ですか!」
「先に人の足を掴んで来たのはそっちだけど」
言葉を交わすうちに何となく分かる。
これは面倒なヤツだと俺の勘が告げているのだ。
何か、この国に来て碌な目に遭ってない気がする。
皆は楽しそうにショップを回ったり観光してるのに、なんで俺だけこんなのと遭遇しなきゃならないの。
…ちょっとムカついて来たな。
「羅刹丸」
「ここにござる!」
「コレ、俺が見えない所まで運んでおいて」
「承知!」
「え、ちょっと…あれ!?」
困惑する浮浪者モドキを羅刹丸に引き渡す。
思えば最近何かと忙しかった。
龍と鬼の喧嘩を諫めたり、変な骨を配下にする事になったり、半分位アズマのせいだけどスローライフが全然スローじゃない。
「ちょっと待って…アナタ!」
「御館様、妻帯者でござる!?」
「羅刹丸…国の外でも良いよ」
「冗談にござる!」
どっからどう見ても初対面のNPCだろうが。
大体NPCと結婚とか…いや、確か出来るんだったかな。クロノスで看板娘と結婚したプレイヤーが男性プレイヤー達から総叩きに合って失踪した話をHaYaSEが爆笑して喋ってた気がする。
ドナドナと担がれ消えていく二人の姿を眺めていると、白玉が頬を優しく撫でてきた。
「美味しい物でも食べて帰ろうか、白玉」
「キュキュ!」
元気よく鳴き声を上げる白玉に癒される。
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「ちょっと、アナタ…さっきの人間の元に戻してください!」
「御館様の命故、大人しく運ばれるでござる!」
「キャ、早い!?」
「ござる、ござる!」
「あの人間が連れていた生き物…アナタはアレを理解しているのですか!?」
「ござる!ござる!」
「あれは月の狩人。
人間が御すにはあまりにも強大過ぎます」
「ござる!ござる!」
「早く六聖教会の人間にあの獣を引き渡すように伝えてください!災いが起きる前に」
「ござる!ござる!」
「話を聞いてくださ・・・ッ!」
「よいしょっと!」
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力任せに投げつけられ木に体をぶつけた。
ワタシを抱え、少女が訪れた場所は人通りの少ない聖国の外れ。
「一体何のつもりです!?」
「御館様の命に従い、遠い場所に搬送でござる」
「そういう事ではなくて!」
「それだけでござるよ?」
ダメだ話が通じない。
異邦人とはこんな者ばかりなのだろうか。
それでも、これだけは伝えねばならない。
あの獣は危険なのだ。
「もう一度言います。すぐにあの獣を六聖教会の者に引き渡してください。
どこで出会ったのかは分かりませんが、昼の内ならばアレを封じる事も出来る」
「それは出来ないのでござる」
「どうして!?」
見れば少女の顔には、何かを堪えるような表情が浮かんでいる。
もしや、あの人間は既に獣に何かを。
「御館様が悲しむのでござる」
「・・・・・はい?」
「悲しむのでござる」
そんな理由であの獣を手放さないとでも言うのか?
六聖神話で語られる月の狩人。
古き神を落とした神喰らいの狼。
あんな者を野放しにしていては、災いを呼び込む事と同じだ。
「もし、獣をこちらに引き渡さない場合聖国は異邦人と敵対を選ぶと言ったら、どうしますか?」
「…それは」
言い淀む少女に、今が好機と睨む。
ワタシ達とて彼らと敵対しようとは考えてない。
あの人間は粗暴ではあったが心音は綺麗だった。
だからこそ、何としても彼らからあの獣を引き剥がさねばならない。
「そうなってしまったら…」
少女の呟きと同時に、姿が掻き消える。
「なっ…!?」
「こうなってしまうでござるな」
ワタシの後ろ、首と腕の間から一本の刃物が通る。
さっきまでほんの数刻前まで確かに目の前にいた少女が後ろにいる。
「拙者、多芸でござれば…その首落としてご覧に入れてござる」
「…宣戦布告ですか?」
「先に突き付けてきたのはそちらでござるよ、聖女オフェリア殿」
「何故…!?」
「御館様が屯所にいた間、少し教会内で話を聞いてたでござるよ。市井に遊びに出たがる聖女がいると」
「それは、ワタシの近しい者しか知らないはずなのですが」
「いやぁ、教会の中も随分とザルにござった!」
カラカラと笑う少女に、こちらは笑う事も出来ない。
来訪を告げる世界の声からこれまで、四度の鐘しかなっていないはず。
その僅かな時間でこの少女はワタシの世話役が居る教会の深部まで入っている事になる。
「考えるのは苦手でござるが、情報収集はお手の物にござるからな。
拙者が情報を集め、月見殿に考えて頂くのが一番楽でござる」
それではまるで暗部ではないか。
「拙者はいつでも聖女殿の首をスパリと落とせるでござる。それでも…拙者らと戦を起こすでござる?」
「…それでも、あの獣は放置出来ません」
「大丈夫でござるよ。白玉殿は御館様の配下でござるから」
「それのどこが大丈夫なのですか?」
「もしもの可能性か、今起こりうる戦事か。
考えずとも分かるでござろう?」
「・・・・・・・・」
「拙者らとて争いは好まないでござる。
ここは引いて頂きたい」
どちらも本心なのだろう。
彼女の心音に揺らぎはなく、もしここで首を横に振れば躊躇うことなく腕を動かす。
「分かりました。ですがもし、あの獣が一度でも人々に危害を加えた時は…」
「…そうならぬ事を願ってるでござるよ」
言いながら、彼女は再び影の中に戻る。
「今度は、良い出逢いとなる事を祈るでござる」
「聖女であるワタシと再び会えるかはわかりませんがね」
遠のく声に言葉を返し、ワタシは深いため息をつく。
どうしてこうなったんだろう。
新作のパンケーキが出るからと急ぎ足で出てきて財布を忘れたのが悪かったのか。
「これ、戻るのに凄く苦労するのですが…」
空腹と共に再び歩かなければならない。
せめて大通りには戻して欲しかった。
フラグを悉く圧し折るうちの主人公よ…。
さて、どうやってこの聖女は絶対天使白玉先生を月の狩人だと察知出来たのか。