鬼娘との別れ
社畜にクリスマスなぞなかった。
「おいリクの小僧、鬼の兵共が引いて…何やってんだお前さんら」
「本読みながら寝ちまったんだよ」
早朝。
俺に凭れるようにして眠るオニユリに辟易としながら読んでた本を閉じる。
思った以上に面白くてのめり込んでしまった。
配信を付けたままにしてる事を思い出しコメント欄を見れば、殆ど仲間がいなくなっている。
「まあ、上手くいったようで何よりだな」
「使った手はひでぇもんだが、お陰で儂らも被害を出さずに済んだ。感謝するぞ小僧」
「良いよ、俺も久しぶりに楽しかった」
「楽しかったのか…」
ハルカと桜玉はまだ寝ているらしい。朱雀は暇だから近場で狩りをしているとか。
おかしいな、今回俺しか働いてない気がするんだけど。
「ほら、起きろオニユリ」
「・・・・・・(スヤァ)」
「完全に寝てやがるな」
寝ているオニユリを起こそうとしても全然起きない。
仕方なしに抱え上げて、俺も外に出る。
鬼人の兵の殆どは既に姿が見えないが、一騎だけ馬を走らせこちらに向かってくる影。
この世界にも馬って居るんだ。
「異邦人殿、兵は退かせた。
オニユリ様をこちらに引き渡して…どういう状況だ?」
「起きないんだよ」
「まあ、そんな反応になるわな」
両手で本を抱きしめ、未だ眠っているオニユリを見て兵士は怪訝な表情をする。
ああ、副将って呼ばれてたおっさんだコイツ。
「…済まない。オニユリ様は本がお好きなのだ」
「昨日嫌と言う程理解したわ」
「そのようだな」
コイツ一冊読み終わると直ぐに別の本に手を伸ばすんだもん。なんで俺が三分の一も読み終わってないのに、読破しちゃってんの?
疲れ切った俺の顔を見て、副将のおっさんは噴き出すように笑う。
「フフッ…すまない。昨日とは随分と印象が違うのでな」
「兵を退かせるのに、あれが一番良いってコイツが言うからな。演技だよ」
「…あれは演技だったのか?」
「演技しかないよね?」
「…まあ、あれはねえわな」
爺さんが遠い目をしながら副将に同意している。
もしかして俺は血も涙もない狂人だとでも思われてるのか。目を鋭くさせ睨む俺に手を上げる副将。
「いや、改めて私個人として貴殿に感謝したい」
「感謝される云われはないんだけど…」
「貴殿のお陰で兵は誰一人傷を負わずに済んだ。
オニユリ様も大層楽しまれた様子。最近のこの方は本を読む事すら出来ない程仕事に追われていたからな」
「働き方考えた方が良いんじゃない、鬼人族」
「我らは鬼王様には逆らえないのだ」
ワンマン経営とかガバの元だと思うんだけど、やっぱり脳筋しかいないのか鬼人族。
そんな事を考えていると、爺さんがオニユリの方を見る。
「おい末娘。お前さんもう起きてんだろ」
「・・・・・・・・・・」
「体に力が入ったな。起きてるなら降りろよ」
「…寝てるのです」
「喋ってんじゃねえか」
「…熟睡中なのです」
「…首すっ飛ばすぞ」
「起きたのです」
反射のように俺から飛び降り、地面に足を付けたオニユリ。
「副将、ありがとうなのです」
「ご無事で何よりです、オニユリ様」
「不審者さん、緋桜龍殿にもご迷惑をお掛けしたのです」
「お前さんが儂らと友好を結ぶ為に動いてる事は知っている。気にすんな」
「俺は巻き込まれただけだから気にしろ」
俺の言葉にクスッと笑ったオニユリは、目を指で引っ張り舌を出す。このチビはっ倒してやろうか。
「今回の事で、私も今まで以上に鬼王の動きには注意を払う様にするのです。そして、一日でも早い龍人族との和解を…」
「儂らも遺恨がないと言えば嘘になるが、また争うよりは平和的な方が良い。頼んだぜ末娘」
「承知したのです。そして、最後に…」
どうやらクエストも終わりのようだと話す二人を見ていたら、急にオニユリが俺の方を向いた。
なんだ?
「もし、もしも私が鬼王と道を違える事があったら…力を貸して頂けませんか、リクさん」
「オニユリ様、それは…!」
「…いや、なんで俺?」
副将が静止の声を上げているが、マジで意味が分からない。
龍人族との平和を望む話から随分血生臭い話になったんだけど、もしかして鬼王潰すの?
…ちょっと楽しそうじゃん。
「異邦人と呼ばれる者は強力な力を持つ。
それは貴方の隣にいたあの大きな異邦人を見て分かったのです」
「よし、朱雀に頼もう」
「私が信を置けると思ったのは貴方なのです」
どこで好感度稼いだ?
お菓子あげたから懐いたのか、それとも本を差し出したから懐いたのか…大丈夫かコイツ。
悪い大人に誘拐されるかもしれないぞ。
いや、もう誘拐されたばかりだ。
「…まあ、後ろ向きに検討するよ」
「今はそれで良いのですよ…おや?」
不意に首を傾げるオニユリ。
何事かと彼女を見ると、突然ウインドウが表示される。
《『オニユリ・キサラギ』さんからフレンド申請が届きました》
「なんで?」
「急にリクさんが使っていたような透明の板が出てきたのです」
「儂の時と同じだな」
爺さんの時も思ったけど、アルテマのNPCとのフレンド登録ってウインドウを使ってやるんだ。
クロノスだとNPCが独自に持つカードを渡されて登録が可能だったけど、仕様変更かな。
…あの第三王女はカードを投げつけてきて強制的に登録されたっけ。
「…ダメなのですか?」
「…分かったよ」
泣きそうな顔で俺を見ないで欲しい。
俺が悪い事をしたような気になるだろう。
フレンドリストから承諾を押す。
「登録?されたのです!」
「良かったな」
キャッキャと喜び勇むオニユリを見ながら胃が痛くなるのを感じる。
でもこれはただフレンド登録をしただけだ、うん。
「そっちを押すと文を送る事も出来るぞ末娘」
「時々送るのですよ!」
「…そっかぁ」
なんかこれ、どっかで見た気がする。
大量のメッセージ…少し未読だと更に増えるメッセージ。
今でも頭に過ぎる『誘拐犯さん!』の声で頭が痛い。
そうだ、コイツ似てるんだ第三王女に。
「それでは、私達はこれで失礼しましょう」
「どうにかして鬼王を引きずり下ろすのです!」
「オニユリ様…」
どうにも鬼王を引きずり下ろす事は彼女の中で決定したらしい。絶対これユニーククエスト案件だろうな。
去っていく二人を見る俺と爺さん。
「それじゃあ、儂らもオウカに戻るか。リクの小僧」
「…何か甘い物が食べたい」
痛む胃とこめかみを撫でて俺は呟く事しか出来なかった。