平和的交渉
忍極…なんだこりゃ天才が書いたのか?
最高にイカれててカッコいい。こういうの大好き。
「いやぁ、まさかこんなに上手くいくなんて」
「…どうでも良いのですけど、この俵のような持ち方は止めるのです」
「お前、結構図太いな」
《その持ち方を女の子にしたらダメだよ【月見大福】》
《それを言ったら、幼い子供にあの脅しもどうかとおもうが…【†災星†】》
《滅茶苦茶手慣れてやしたね【蛮刀斎】》
《そりゃ前科持ちだし【ハンペン騎士】》
「おい、前科持ちとか言うな」
仕方ないだろう。背負ってる時にもし暗器とか出されたら一貫の終わりなんだから。
オニユリを確保し、天幕の後ろを切り裂いて森の中に逃げ込んだ俺は現在アビリティを使って疾走している。最初は月歩と新月を合わせて使っていたのだが、オニユリが顔を青くして口元を押さえていたので月歩だけになった。
「前科があるのですか、誘拐犯さん」
「その言い方止めろ」
《王女と同じ呼び方で草【凱歌】》
「別の姫も誘拐したのですか?」
「ちょっと黙って貰って良い?」
《リク、この娘面白いね【月見大福】》
《センスのある娘だなぁ【HaYaSE】》
《首領、翁とハルカ殿が絶句していたぞ【朱雀】》
そういやあの二人もこの配信見てたんだっけ。
何はともあれ作戦が成功したんだから喜べよ。
ピースでもしよう。
「この薄板、面白いのです」
「お前らは使えないんだもんな」
「知識欲を刺激するのですよ」
俺のチャット画面を見ながらオニユリが呟く。そういえば、爺さんはどうやって俺達にコールとかフレンド申請を送ってきたんだろう。
不思議だなぁと考えていると、どうも後ろが少し騒がしい。
「バレたみたいなのです、不審者さん」
「己は俺をおちょくっているのか?」
「純然たる事実なのです」
「…何も言い返せねぇ」
《リク、逸材だ【月見大福】》
《首領の胃にまた穴が開きそうだなぁ【HaYaSE】》
ガヤガヤと騒がしくなっていく敵の本陣を見ながら、オニユリが告げる。
「不審者さん、提案があるのです」
「なんだよ」
「私を使って彼らを後陣に下がらせるのですよ」
「お前、仮にも人質なのになんでそんな考え出てくるの?」
「誰にも傷ついて欲しくないのです」
俺の顔を見ながら真剣な眼差しで告げるオニユリ。
成程、仲間が傷付く姿は見たくないと…まあ下手に戦闘に入るよりは楽でいいが。
「どうすればいい?」
「全力で彼らを揺さぶって欲しいのです」
「手段は?」
「問いません」
よっしゃ任せろ。
外套のフードを深く被り森から横へ駆け出し、隠す物のない平原へと出る。
『おい、オニユリ様がいたぞ!』
『…アイツ角がねえ!妖人族か!?』
『ゆるせねぇ、生かして帰すな!』
「おうおう、殺気立ってる」
「私、これでも人望はあるのですよ?」
人望なら俺だって負けてないのだけど?
クランの仲間達とか、白玉、翠玉、それに神。
あれ、俺の人望おかしくない?
今にも迫ってきそうな鬼人族を見ながら、日頃の厄ネタを思い出し心が軋む。
「今なのです、不審者さん」
《ダメだ、面白い【月見大福】》
《新しい、ライバル?【BB】》
《相手は子供だよビビちゃん!?【桜吹雪鱈】》
全力疾走で武器を構えてこちらに迫る鬼人族。
俺は懐からさっきの短剣を取り出して、オニユリの首元に持って行く。一息吸い込み眼前の鬼の群れに、怒声。
「止まれ鬼共ぉぉぉぉぉ!」
「ヒェ…」
短剣と、それに歪むオニユリの顔が見えたのか鬼人族たちは動きを停止させた。夜目が効くらしい。
短剣をクルクルとオニユリの近くで遊ばせ、ヤツらの動揺を誘う。
《うわぁ【月見大福】》
《これは酷い【†災星†】》
《どちらが悪人ですの?【ハートの女王】》
《首領、二人がドン引きしているぞ【朱雀】》
今から全力で演技するんだから茶々入れないでくれないかな。
コメントを横に流し、顔を鬼人族の方へ向ける。
どれも怒りに満ちた良い顔だ、俺も笑顔を浮かべてあげよう。
ああ、顔は隠れて見えないか。
「…怖いのです」
ナイスリアクション。
泣きそうな顔を連中に曝すオニユリ。なんだ、お前も随分な役者じゃないか。
「この小娘の命が惜しければ動くんじゃねえぞ!」
「てめぇ…」
「オニユリ様に手を出すとは、外道が!」
「黙ってろ。
もし一歩でもこちらに近付いたら容赦はしねぇ」
「どうするつもりだ!」
交渉事はここからが本番。
どれだけ俺を非道に魅せるか。コイツならやりかねないと相手に思わせなければならないが、そんなの幾らでもやり用はある。
「まずは腕を落とす」
「…なに?」
「次に足を潰していく。
終わったら一本ずつ切り落として捨てる」
「てぇめぇ…!」
「最後は首を槍の先にでも突き刺して、お前らの方に返してやる。温情だぞ、喜べ」
おうおう、良い殺気だ。興が乗ってきた。
オニユリに至っては涙を流してこちらを見ている。
迫真の演技に拍手を送りたい。
ロールプレイだ、見せてやろう俺達の演技力。
「そんなに小娘の死骸が見たいのなら向かってくると良い。
俺はやると言ったらやる男だぞ」
「お前達、止まれ」
先頭に立つ壮年の鬼人。
天幕でオニユリと話をしていた、副将と呼ばれていたおっさんが怒りを堪える顔で後ろの兵に告げる。
理解が早くて助かるよ、鬼の軍勢。
「何が目的だ」
「テメェらの頭に伝えろ、今すぐ兵を戻せってな」
「龍人の手の者か」
「ギブ&テイクってヤツだ。
俺達は自由を愛する異邦人だぞ」
別に間違ってはいないんだけど、爺さんの手先と思われるのは少し癪に障る。あくまで対等、俺達は例えどれだけ地位のあるNPCだろうと下には付かない。
敵対したら島に引き篭もればいい。
「…承知した。
その間、オニユリ様の安全は保障されるのだろうな」
「大事な人質だ。
蝶よ花よと扱ってやるさ」
「オニユリ様も、それでよろしいのですか」
「私はまだ死にたくないのです」
冷静ながらもその眼は血走り俺達を見ているが、オニユリと目を合わせると、数舜の後に何かを理解したような顔をする。
「分かりました。
…異邦人、くれぐれも彼女を丁重に」
「分かってるよ」
とっとと行けと、手をヒラヒラ振る。
「戻るぞ」
「ですが副将!」
「命令だ。
あの男の気が変わらぬ前に即時に馬を走らせろ」
未だごちゃごちゃと文句を口にする鬼の集団は副将の一喝によって後退を始める。
一難去ったか。
正直今戦闘が始まったら、成す術がないから助かった。ここで朱雀でも呼べば即座に戦争だし。
…ちょっと面白そうだな。
「これで良いのか、オニユリ」
「演技としては満点をあげるのです」
「随分と勿体ぶった言い方だな」
「人として最低なのです」
「言い出したのはお前だろうが」
大体演技ってこんなもんだろ。
配信画面を戻すとコメント欄が爆速で進行している。鬼や鬼畜と書かれた物も散見するが、鬼は連中だからな。俺じゃない。
もう一度オニユリを抱えようとすると、彼女が抵抗する素振りを見せる。
「丁重に扱うのです、負ぶれ」
「急に我儘言うじゃんお前」
まあ、暗器は無さそうだから良いか。
背中を差し出すと直ぐに腕を首に巻いて、収まる。
地を駆け、走り出す俺にオニユリが一言。
「…本当に私は殺されないのですよね?」
「殺さねえよ」
まだ疑ってたのかお前。
気のせいか、首に絡めた腕が強くなる。
「凄く怖かったのです」
「悪かったよ」
NPCとは言え、子供にやる事じゃなかったかな。
でもほら、イベント進行は楽しくやらなきゃ道化が廃るから。
主人公…?
ちょこっと小噺タイム。
アズマには妖人族、鬼人族、龍人族が存在します。
龍人族が一着、鬼人族が二着、妖人族が三着の順で移り住みました。
とはいえ龍人族は数が少ないし鬼人族は色々アレな種族なので一番数が多いのは妖人族。
中央と秋、夏の街は妖人族が暮らしている。
あと掲示板回の名前は基本的に私の身の回りにある物。