口は禍の元
続きを書いて、読み直して一言。
私はそろそろほのぼのスローライフ物書きの名を天へと返上しなければいけないらしい。
「此度の出兵は、父上の指示なのですか?」
「そのようです、オニユリ様」
苦い顔をする副将から返された答えを聞き渡された書状を机に叩きつけ、私はここにはいない父上に憤る。
最初はただの演習訓練だと言われ、兵を率いてここまで来た。何故今演習を?と疑問には思いながらも鬼王である父上からの指示だと聞かされ、仕方なしにこの地に出向いたらこれである。
龍の護りしオウカの近郊。
少し過ぎれば目と鼻の先はオウカの街。
訓練と言うにはあまりにも危うい場所。
現地に付き天幕を張り号令を掛けようとした手前。
伝書ハトによって書状が届けられた。
書状には、龍人族に着いた異邦人なる者の確保が書かれている。
「…ここまで大きく軍を動かしたとなれば、龍人達との戦になってしまうのですよ」
「鬼王様は、未だかの龍を恐れているのでしょう。
そして、黒蛇を討った異邦人の出現となれば…」
「父上は馬鹿なのです。
敵対よりも友好を深める方が血を流さずに済むと言うのに…」
「オニユリ様、あまり…」
「分かってないのです、副将。
かつての戦も元を辿れば、私達が攻めてしまった事が原因」
「我らでは、あの方をお止めする事が出来ませぬ」
鬼人族とは力が全て。
強い者が頭となり、街を統治する。
私からしたら野蛮な事には変わりないのです。
そもそもが、自分が強いと妄信した父上がオウカに侵攻しなければ今の状況も変わっていたのです。
あの戦で一体の龍を打ち倒した。
そして、あの街を護る龍の逆鱗に触れた。
私はまだ生まれていない時の事ですが、その戦いで多くの兵が命を落としたのは戦都の書物にも記されているのですから。
「今からでも兵を退かせる事は出来ないのですか?」
「そうすれば、鬼王様はお怒りとなるでしょう」
「面倒臭い事この上ないのです…」
本当にあの父上は、根は臆病な癖に弱い者には強気で面倒臭い。
あんなのが身の丈以上の力を身に付けたら、愚王にでも成り下がるのです。
戦都にいる友人を思い出し彼女が冬の街を統治してくれないかとも考えたが夏や秋ならいざ知らず、春と冬の街は治外法権のような物。
「兵の士気はどうなのです」
「上がるはずも無いでしょう。
皆、まさかこんな戦地に送り出されるとは思ってもいませんでした」
「副将は聞いていたのですか?」
「…先程、文にて」
「あの愚王、誰かに暗殺でもされれば良いのです」
「オニユリ様、そこまでに…」
父への情などはないのです。
アレは目に付いた女性に直ぐに手を出す筋金入りの大馬鹿。私に多くの兄や姉がいても、あった事のある者は数少ない。
私を娘に迎えたのだって、数少ない趣味である書物漁りで得た兵法があったから。
「今はどれだけ被害を少なくし、この戦場を乗り切るかに掛かっているのです。
…例え龍人族からの反感を買ってしまったとしても」
「分かっておりますオニユリ様。
彼らにも帰りを待つ者達がいるのですから」
「では、そのように」
一礼をして天幕を閉じ出ていく副将を見て、私は深く椅子に腰掛ける。
本当にあの父の下に着いてから良い事など一つもない。大好きな書物も読めないし、いつも雑務に追われる日々。
自分が進めていた計画を知っているのにこんな愚行を侵すあの男には殺意すら感じる。
「いっその事、誰かが私を攫ってくれれば楽なのですが…」
不意に出た呟き。
軍の指揮官としては色々と不味い言葉だが、私が捕らわれ交渉材料にでもなればあの父上も撤退を許すだろう。鬼人は短絡的、使える物は常に手元に置きたい父上なら間違いなく許す。
まあ、そんな都合のいい展開はないだろうけど。
「その願い、叶えよう」
「え?…ッ」
後ろから発せられた声に反射的に声を上げそうになるが、いつの間にか首元には黒い短剣が付きつけられていた。
「声を出したら首を落とすから静かに」
「・・・・・(コクコクッ)」
「良かったよ。
戦う気があるなら多少強引に口を塞ごうと思ったけど、本人が乗り気みたいだし」
後ろから囁かれる声を聞き、私は体を震わせる。
本気だ、本気で今この後ろの男は私を脅している。
鬼の本能が言っている。
少しでも動きを間違えれば私は死んでしまう。
「あれ、乗り気だったのになんでそんなに怖がってるの」
「…誰でも、後ろから刃物を突き付けられたら怯えると思うのです」
「それもそうか」
納得したような声だが、一向に首元の短剣を下ろそうとしない。
一体いつの間に天幕の中に入ったのか。私はずっと座っていたのだ、誰かが姿を現せば分かるはず。
「それじゃあお嬢ちゃん、ちょっとお兄さんとお出かけでもしようか。お菓子もあるよ」
「…それは、完全に不審者の言葉なのです」
「今皆から言われてるから黙っててくれる?」
皆とは誰なのか。
今この場には私と貴方しかいないと思うのですが。
「返事ははいかイエスで答えてね」
「…はいなのです」
「良い子だね、後でお菓子をあげよう」
「不審者から物を貰うのはダメだとお母様から教わったのです」
「そりゃあ残念だ」
自分の首に短剣を押し付ける男との言葉の逢瀬。
瞬く間に担ぎ上げられた私は思う。
口は禍の元だ、と。
これが主人公ってマジ?