【閑話】轟く残響は静かな森の中で
ほのぼの好きな方は見なくていいよ。物語には全く関りは無いから。
ストレス発散。
これはかつての追想、ある道化達の過去の話。
月が夜の闇を照らす時間だが、この森に月光は差さない。俺達道化が根城とする黒い森には多くのお客様が訪れる。
最も、それはあまり良い目的の為とは言えないが。
「ほい、また一匹」
「そっちに一匹行ったよリッくん!」
「任せろ」
そう、俺達はPKクラン。
ならばその客人と言えるのは常に俺達の命を狙ってくる賞金稼ぎの事だ。
淡いカンテラの光に照らされた夜の中で俺達はいつものように狩りをする。
いつものように首を狩り、落とすドロップ品を精査し要らない物は捨てる。
ああ、ダメだ。
今日は碌な獲物が掛からない。
腕も悪ければアイテムもショボい。これで良く俺達に喧嘩を売りに来たものだ。
「リク、不機嫌だね」
「つまらない」
別によくある事だが、やはり刺激が足りない。
ここ最近こんなプレイヤーばかりだ、名が知れ渡り賞金を懸けられるのは良い。
だが、獲物は強くなければつまらない。
「首領、一匹生け捕ってきたぜぇ」
「騒がしいと言うか、良く鳴くので猿轡噛ませておきました」
「名前通りうるさかった」
HaYASEと社畜が一人の男を引き摺りながら俺の方に歩いてくる。
何このツンツン頭、ファッションセンス皆無というか最近流行りのってヤツ?
轡を嚙ませていてもフガフガ何事かを喋ろうとする彼の姿を見る。装備は平凡、攻略組ではないな。
大方俺達の噂を聞いてやってきた初心者、いやここまで来れるなら中堅位かな。
なんにしてもただの雑魚だ。
玩具にもならないならとっとと持ち物吐かせてキルして良いんだけど。
「ちょっと遊んじゃう?」
「前は的当てだったっけ、活きも良いし鬼ごっことか良いんじゃない」
「さっきとやってる事一緒じゃねえか」
俺の前に投げ捨てられたプレイヤー。
仲間達はワイワイと楽し気に何をやろうか話しているが、正直興が乗らない。
どうするかと頭を悩ませていると、ふと近くの茂みが揺れる音がする。
「プゴッ…フゴッ」
『グラトンピッグ』
この森に生息するモンスターの一種で食用にも使用出来るが、ある理由から見つけても討伐される可哀想な大豚。
別名『悪食豚』…文字通りコイツは人を食う。
プレイヤー、NPC問わず手あたり次第人を見つければ喰らおうとする。
昔読んだモンスター図鑑に書いてた内容だ。
でも、少し面白そうな事考えた。
「お前ら、このツンツン頭の痛覚って幾つだと思う?」
「多分高めだと思うぜぇ」
「痛みで叫んでましたからね」
「月見大福、ソレに麻痺入れといて。
羅刹丸は腕と足を縛れ」
「承知にござる!」
「…えげつないですわね」
俺の考えを読んだのだろう女王が顔を顰めている内に、月見大福が自分の作った毒を短剣に垂らして一度斬りつける。
全く良い所に現れてくれる豚さんだ。
その悪食、俺達の名声を高める為に是非活用させて貰おう。
「御館様、完了でござるよ!」
「リッくん何するの?」
「蛮刀斎は一応八千代の目を隠しておいてくれ」
「なんでー!?」
ただの遊びだ。
まああまり子供に見せる物でもないから。
羅刹丸に手足を縛るように頼んだのは、麻痺が解けた時ウインドウを操作して転移させない為。
痛覚設定を高めに設定していると、痛みの加減と精神的ショックで強制ログアウトさせるらしい。
俺達は未だに一度も見た事がないから、実演がてら彼には素体になって貰おう。
「準備は良い?」
「問題ないよ」
「こっちも良いぜぇ」
仲間からの承諾を聞き届けて、俺はツンツン頭をグラトンピッグの前に投げ入れる。
どうせ死ぬことはないのだ、なら楽しませてくれ。
「プゴ!?プゴプゴ…」
「ーーーー!」
突然投げ込まれた異物に驚いたグラトンピッグだが、それが餌だと分かると徐々に顔を近づけ始める。
声を上げるツンツン頭だが、その四肢は縛られているせいで大きく動く事も出来ない。
芋虫のように這って逃れようにも、グラトンピッグの足の方が速いらしい。
徐にその体に大口を近付け始め、喰らい始めた。
「ーーーー!ーーー!?」
「プゴッ…プゴッ」
ガツガツと体を貪り喰らう姿は正しく魔物そのもの。
NPCに恐れられる理由が良く分かる。
「良い食いっぷりじゃないか、華ちゃんヒール」
「ボスも鬼だねぇ…『ハイヒール』」
双剣使いから最近白魔術師に転職したばかりの華ちゃんにヒールを頼む。…余談だが、転職理由は最近ポーションが不足しがちになった事が原因らしい。
減った傍から増え続ける肉。
それはグラトンピッグにとっては至極の餌とも言える。
俺達の姿も認識しているはずだけど、その眼は常に目前の餌を捉えている。
「ーーーー!!」
「随分粘るなぁ」
「アレなら後10分は持つんじゃねえか?」
「掛けるか?俺は後1分位だと思う」
「ねぇ、リッくん見えないー!」
「はいはい、お嬢は見ちゃダメでやすよ」
流血表現は無いが汚く腹を毟り喰らう様は『これ本当に規制緩くて良いの?』と言える程酷い。
どこからか取り出した飲み物を片手に駄弁り合うHaYASEと凱歌。八千代は見たがっているけど、この絵面はまだ早いかな。
「ーーーーーーーーーー!!」
「ほらな」
「首領の勝ちですか」
HaYASE、凱歌、社畜からマニーを受け取る。
断末魔…と言うにはあまりに無音の中でツンツン頭は一度体をビクリッと震わし消える。ポリゴン片になっていない、ならアレが緊急ログアウトか。
「玩具も壊れたし、俺は先に戻る」
「あいよー」
「そんじゃ、俺らも豚狩って帰るかぁ」
「ねえ、八千代だけ仲間外れ酷い!」
「見なくて良かったじゃんよ、ほらお菓子あげるから」
「八千代は見なくて良い物ですわ」
不機嫌になる八千代とそれを宥める二人を見ながら、俺は館へと戻る。
「あんまり面白くなかったな」
今度はもう少し良いアイデアを考えよう。
この世界は自由なんだ、ならもっと楽しい事で皆と遊ぼう。それが一番面白い。
豚の餌。