PKを辞めた理由
予約投稿をすると意気揚々と言って、盛大に爆死したヤツがいるらしい。
個人調理室の中、そこには二人の男がいた。
俺とメルティだ。明日の準備の為に今日はメルティの調理室を借りて種の仕込み中。
エプロンが無かったのでメルティのを借りたは良いが、なんでハート柄しかないんだろう。
「砂糖はもう少し多めが良いと思うわ」
「本当?おお、丁度良い」
「それにしても、リーダーがお菓子作りまで出来るとは思わなかったわ」
「セイちゃんが甘い物が好きだからな、覚えたんだ」
いつもはポーカーフェイスを気取って難しい言葉を使うセイちゃんだが、甘い物を食べる時はいつも表情が緩んでいる。指摘すると拗ねるから言わないけど、それが可愛くて勉強した。
今は、あの果実をコンポートにする作業をしている。
「これがリーダーが隠していた素材、なのね」
「そうそう。色々凄い事書いてるだろ?」
「ええ、これ一つで一体どれ位のマニーが動くのかしらね」
メルティにも一度試食しても貰ったのだが、前に一度見た真剣モードになってしまい大変だった。
専門家である彼女の感想としても、表現できない程美味しいらしい。
作業をしながら雑談に興じていると、ふとメルティがある事を聞いてきた。
「そういえばリーダー達って、昔は凄いPKクランだったのよね」
「急に話題が切り替わった。
そうだよ、BBから説明されたんだっけ?」
「つい先日ね、聞いた時は驚いたわよ。私とんでもないクランに入っちゃったかもって!」
「まあ、クロノスでPKは終わりにしたからな」
勢いよく顔を向け力説してくるメルティに少し笑ってしまう。
「どうしてPKを辞めようと思ったの?楽しかったのでしょう?」
「どうしてか、うーん」
ふむと、黙り込んでしまう。
メルティは真剣そうに俺を見ているが、とりわけそんなに大層な理由はない。
「PKというか、レッドネームってね。色々と行動が制限されるんだ。
街に入ろうとしたら衛兵NPCに一回止められたり、商人とかと話しててもあまり良い目を向けられない」
「それは大変ねぇ」
一度面白そうなイベントがあった時にクラン総出で街を訪れた時は面白かった。
衛兵達が槍を構えて要件訪ねて来たっけ。
「他にも武闘家気取りのヤツとか、正義感の強いバカとかが拠点の前に殴り込みにきた事もあったし」
まあ大抵遊びだすとすぐにログアウトしちゃってつまらない奴らだったけど。このゲーム、割と命を奪わなければなんでも出来るからね。どこまで出来るのか試してみたっけ。
コンポート作りが終わり、パイ生地を作る作業に移る。
「まあでも、最終的には一つだな」
「一つ?」
「飽きちゃった」
確かにPKは楽しかった。
色々なプレイヤーと戦って、勝って、時には負けて、そんな日々も楽しかったけど。
「ずっと同じ事の繰り返しだと飽きが来る。
皆と過ごす時間は代えがたい宝だけど、それでも別の事をやりたくなるだろ?」
「なるほど」
「だからコンバートを機に、俺はマイルームに引き籠ったんだ」
釣りをしたり、家具を作ったりやる事が多い今が楽しい。
「そういう事だったのねぇ」
「それで今はスローライフ生活を配信して皆で遊んでるって訳だ」
「スローライフ…本当にスローライフかしら?」
果実と俺の顔を見合わせるな。こればかりは仕方ないだろ。俺が何かする度に変な事が起こるんだから。
「でも安心したわ。PKをする人って怖い人ばっかりだと思ってたからリーダーも、皆も優しいし」
「何人かとは顔合わせたんだっけ?」
「八千代ちゃんとか蛮刀斎さんとか」
時たまルディエを訪れる連中とは何度か接する事が増えたらしい。まあ、人に飢えていたメルティには良い事だろう。
うちのクランに顔だけで委縮するヤツはいないだろうが、八千代達なら大丈夫だな。
「クランに馴染んできたようで何よりだ」
「今とっても楽しいわ!」
腕を出しガッツポーズを決めるメルティ。
すげぇ、筋骨隆々。
最後の一仕上げと生地を広げて果実を乗せていき、一先ず完成。
メルティのお陰で形の整った綺麗な円形だ。
予想よりも果実の方が余ってしまい彼女が自分の材料を使って多めに出来た。うん、倍以上。
「これで後は焼き上げるだけよ!」
「流石お菓子職人、予想より早く終わらせられて驚いたよ」
「伊達に毎日調理室に籠ってないのよ!」
流石の貫禄である。手に職がある人間って凄い。
「焼き上げる作業は明日するんだったかしら?」
「ああ、この作業が終わったらゴドーと一緒に石窯を作ろうと思ってたからな」
場所は確保してあるのだ。
廃街にある民家の一つに石窯っぽいのがあったから、帰ったら二人で色々弄ろうと約束している。
出来上がった果実パイのタネをアイテムボックスに仕舞い込む。
「それじゃあメルティ。今日は助かったよ」
「ええ、お菓子の事ならいつでも私に頼って頂戴」
「心強い。明日は19時に俺のマイルームに集合だからな」
「楽しみにしているわね!」
メルティに別れを告げて、調理室を後にした。
時刻は午後の17時。
丁度良い時間だろう。ウインドウを操作し、俺はマイルームへと転移した。
結局主人公も気分で楽しむエンジョイ勢。