アバター作成
来たるXデー。
仕事をそうそうに終わらせ俺は家でインストールを待つ。
あのクソハゲ、終業間近に案件持ってくんじゃねえよ。渡された書類ハゲに叩きつけて定時退社してやったわ。
クソ上司に対する苛立ちで作ったハンバーグを食しながら待つこと20分、ついにインストールが完了した。
「行くぞ夢のスローライフ!俺だけの島が俺を待っている!」
テンションを上げつつVRギアを装着しベットに横になる。
軽いローディングを挟む内に意識が遠のくのを感じる。
《クロノス・オンラインの既存データを確認中》
《コンバート20%》
《コンバート50%》
《コンバート70%》
《コンバート100%》
『ようこそ、アルテマ・オンラインの世界へ』
慣れ親しんだ機械音声が響き渡り目を開くと、これまた慣れ親しんだキャラデータ画面だった。
目の前一面に広がる海と境界線。一応この場所にも名前がありその名は『月の内海』。
考察系クランの知り合いが興味もないのに数時間も語ってくれたので名前くらいは憶えている。
『既存データを基準にキャラクタークリエイトを行います』
目の前の光の玉から機械音声が響く。あれ、ちょっと人間味のある声だな。
お、クロノスでのキャラデータを呼び出してくれるらしい。流石に7年も使っていたから愛着もあったし凄く嬉しい。
『クリエイトを完了しました、次にステータスへ移ります』
キャラクリの次はステータス設定。これもクロノスのままで少し安心した。
この世界は職業が多い。数十種類以上の通常職に加えて固有で付けられるユニーク職なんて物も存在する。
そしてスキルの数はその数十倍にまで跳ね上がる。
「職は…旅人で良いかな、生産職も良いけど覚えられるスキルに限りが出て来るし安牌。
スキルは取り敢えず島を見てみないと分からないからポイントを振らないでおいて、と」
流石にこの作業は慣れた物の為か直ぐに終える事が出来た。旅人はステの貧弱さを捨てておけば多くのスキルを取得できる所謂エンジョイ勢向けである。つまり俺にはピッタリだね。
『ステータスの調整が終了しました』
さて、これで諸々の設定は完了だ。取り敢えず最初の街に行ったらすぐにマイルームを開いて島を確かめよう。チュートリアルとかはまあやらなきゃいけなかったらやる感じで行こうかな。
スポーン後の計画を頭の中で組み立てて待つが、一向に転移が行われない。
クロノスでは設定の後はすぐに最初の街に飛ばされるはずだけど。
訝し気に光の玉を見つめると、そこから再び声が響く。
『最後に異邦の旅人である貴方に質問があります』
質問?
あれかな、コンバートで追加要素でも出来たのだろうか。
『異邦の旅人リク、アナタはこの世界で何を成したいと考えますか?』
これは、成程…つまりロウかカオスかの分岐だな?
クロノスの世界でも一般プレイヤーとは別の、つまりアングラな職業の連中もいた。
まあ俺もそうだったが、そういうプレイヤーには後ろ暗い依頼が舞い込んでくることがある。
きっとこの時の反応によって進化したらしいAIさんが自動でどっち寄りか判定してくれるのだろう。
PKクランを営んでいた頃の俺ならきっと世界に混沌を!とか言ってただろうが、俺はもう既に社会人。中二の疼きを制御しスローライフを楽しむ男の反応は、こうだ。
「俺は、この世界を楽しみたい。冒険も、物作りもなんでもかんでもひっくるめてただ純粋に楽しみたい」
俺の行動理念なんていつもこれだ。PKクランを立ち上げたのだってただ楽しそうだから始めた。なら今度は純粋にこの世界の色々な事を遊びつくしたいと心から思う。
俺の答えを聞き、光の玉さんは数舜押し黙った後、話始めた。
『純粋に世界を楽しむ…。成程、彼女が気に入る訳です』
「彼女?」
彼女って誰?てか貴方本当に普通の機械音声?
頭の中に?マークを乱立させていると、突然体が輝き出した。これは、転移が始まる時のヤツだ。
「いやあの彼女って誰?機械音声さん?」
『世界を楽しむという貴方の旅路。良き物になる事を願っております』
フル無視ですか、そうですか。
体が半分消えかかり声も出せないから文句の一つも言えやしない。
転移の瞬間、光の玉が一瞬だけ人の姿になったのを見ながら俺は姿を消した。
《月の内海》
それはある古文書によれば神々が座する世界の原点と言われた場所。
何もない、あるいは一面に全てがある場所で光の乙女は一人立ちつくす。
『クロノスの楔は解き放たれた。一度目の死を以て彼ら異邦人は次なる階位へと進む』
誰もいない水面の上で彼女は語る。
『旧世界で、地の獄に繋がれたルナーティアは彼を甚く気に入っていました』
嬉し気に、あるいは悲し気に呟いた言葉は空気に溶ける。
『どうか人よ、六つの罪に打ち勝ってください』
あれらは人が齎した罪の象徴。人が踏み越えるべき呪いの証明。
例えそれが地に繋がれた片割れに二度目の死を与える事であっても。
『どうか』
どうか
『世界が色災で塗り替えられてしまう前に』
これ、ほのぼの小説なんだよ