世界を楽しむ目的ならば
緊急修正緊急修正。
指摘ありがてぇ…愛してるぜ
開け放たれればレストラン、奥を見れば独房のような均等に分かたれた調理室。
俺は今、メルティさんを訪ねていた。
それは二日前。『釣り』スキルを取った事に喜び勇み只管釣りをしていた時にコールが入ったのだ。
『材料が揃ったわ』
少し前にメルティさんに依頼していた果実パイの材料が遂に全て揃ったらしい。
律儀に一番最初に報告をしてくれたメルティさんには改めて感謝を伝え、受け取る日取りはいつが良いかと尋ねたら今になったという訳だ。
「いらっしゃいリクさん」
「こんにちはメルティさん」
相変わらずの巨漢っぷりに少し及び腰になってしまうのも仕方ない。だってこの身長ってリアル朱雀と同じ位なんだもん。巌のような身の丈に、岩石のような筋肉。これがマッスルか…。
ああ、白玉は今日は島でお留守番だ。なんでもやる事があるそうで、ログインして直ぐに神獣域に入っていった。どうでもいいけど、厄ネタは運んでこないでね。
「それじゃあコレ、頼まれていた材料ね」
送られてきた物の数に驚きながらも受け取る。
凄い、多いです…。
だけどこれで準備は整った。あとは仲間達に大丈夫そうな時間を聞いてっと。
「それでリクさん、どこで料理をするの?」
「あ」
そうだよ、材料の事ばっかり考えてたからすっかり忘れてたわ。仕込みをする場所がない。
焼く場所ならばまだ用意出来るのだが、問題は下準備。
「なあメルティさん、個人調理室って俺でも借りる事って…」
「調理室はLv20の料理人からじゃないと借りられないのよ。あと、調理ギルドに登録も必要ね」
面倒くせぇ。未だ旅人Lv1だ、転職するにしても15。更にそっから料理してレベルを上げろと?
ああ、魚焼いてる時になっておけば良かった。
「ならリクさん、ここで作っていくのはどうかしら?」
「え、ここで?」
それは、ちょっと不味い。
調理室を借りられるのは助かるが、元になる果実があれだ。
どこかで漏れる可能性もある。
俺はメルティさんを信用はしているが、まだ信頼はしていない。重さが違うんだ。
幾らBB達のフレンドでもなぁ、と頭を悩ませる。
「もしかして、まだ発見されてない素材を使うの?」
勘が鋭いなこの人。
取り敢えずコクリと頷いておこう。すると、メルティさんは少し考えた後に言葉を続ける。
「それなら大丈夫よ。私ビビちゃん達以外にフレンドさんもいないし!」
「どんな説得だよ」
友達いない宣言で説得してきたメルティさんに困惑する。いや、でもフレンドが少ないなら願ったり叶ったり。
「…何か条件はあるか?」
「条件?」
「口止め料とでも思えば良い。何か欲しい物でもあれば渡そう。マニーでもアイテムでも良い」
「それなら…」
ノーリターンの口約束は信じるに値しない。
ならここは欲しい物でも渡して口止めをするのが無難だろう。
最悪情報が洩れれば物理的に口を塞ぐ、もといPKなりなんなりしてゲームを引退させる事も視野に入れているがここまで良くしてくれた彼女だ。
あまりそんな事はしたくない、が俺の楽しみに不穏を持ち込む人間は徹底的に追い込むと決めている。
気持ち鋭くなった俺の目を受け止めるメルティさんは、一度言い淀んだ後に口を開く。
「私がして欲しい事、なら一つだけあるわ」
「それは?」
「私を貴方達のクランに入れて欲しいの」
どゆこと?
突然言われた交換条件に俺は目を丸くするが、メルティさんは真剣だ。
「私が設定したとはいえ、この見た目だとあまり私とちゃんと話をしてくれる人っていないのよね」
語るにこうだ。
彼女は新規組としてアルテマ・オンラインを始めたは良いが、設定したアバターと口調のせいで関わるプレイヤーが極端に少ない。
NPCなら接すれば受け入れてくれるが、プレイヤーはそうもいかないらしい。
そこで出会ったのがBB達。アイツらはこんなクランにいるせいであまり見た目とかに拘る事はない。
自然と話すうちに友人となり、楽しかったようだ。
「私はこの世界でお菓子作りを楽しみたいの。
リアルだとコミュニケーションを取るのが苦手だから、こっちならと思って始めたんだけど…」
「そりゃ災難な…」
純粋に楽しみたいか。
エンジョイ勢、いやある種のガチ勢か。
その熱意は本物だ。でなければBB達が言う様にずっと調理室に引き籠りはしない。
なら、良いかな。
別に新しく加入した所で文句を言うヤツはいない。というかうちのクランの大半は俺が独断で入れたようなものだし。
「よし分かった。
それじゃあ契約成立って事で」
《『メルティ・スイート』さんをクラン『クレイジー・キラークラウン』に招待しました》
「クレイジー・キラークラウン…?」
「名前は気にしないでくれ、マジで」
なんでこっちの世界にも名前変更権がないんだろう。最近忘れていた俺の古傷が抉られる。
頭を押さえる俺を困惑したように見つけたメルティさんは、少しした後承諾ボタンを押した。
《『メルティ・スイート』さんがクラン『クレイジー・キラークラウン』に加入しました》
「クランってこんな感じなのね」
嬉しそうに笑うメルティさんを見ていると、最近全く使われていなかったクランチャットに通知が入る。
《またリクが拾ってきた【月見大福】》
《また悪癖…歓迎致しますわ【ハートの女王】》
《まあ、兄上が認めたのなら同胞であろう【†災星†】》
《メルティ、ようこそ【BB】》
《メルティちゃんいらっしゃい!【桜吹雪鱈】》
《名前可愛い!【八千代】》
《久しぶりの新規団員だなぁ【HaYaSE】》
etc…
なんで俺が拾ってきたみたいになってるんだろう。
楽し気にチャット欄を見ているメルティに手を差し出す。
クランに入るヤツにはいつもやっていた儀式のような物。まあ、ここ最近は入る人間がいなかったから忘れていたんだけど。
「メルティさん…いや、メルティ。
ようこそ、我がクラン『クレイジー・キラークラウン』へ。
世界を楽しむという目的なら俺達は同胞だ、一緒にこの世界を謳歌しよう」
「ええ、よろしくお願いするわ。リーダー」
二度目の握手は、固く交わされた。
案外クサイ事を平然と言う男です