風狼のナイフ
「なあリクさん、アンタはここに武器を買いに来たんじゃないのかい?」
「いや生活用品というか、調理器具だけど」
なんでそんな目を向けられなければならないのだろう。今至って普通の事を言ってるだけだと思うんだけど、なんで武器?
両手で顔を覆ったチェシャ猫女史がなんか呻いている。
「それはアレかい、ここの武器じゃ自分が使うにゃ釣り合わないと?」
「普通に包丁とかが欲しいだけだよ」
何を飛躍したらそうなるんだ。今度は俺が眉を潜めていると、後ろから桜吹雪鱈が助け舟を出す。
「ごめんねチェシャさん、首領今隠居中なんだ」
「隠居中?」
仕方ないからカクカクシカジカと説明する。俺がマイルーム弄りに精を出してる事や料理に手を出そうとしている事。
流石にあの島の事は話さないが、説明を続けている内にチェシャ猫女史はなんとなく理解したような顔をする。
「マジか、スタートダッシュで庭いじりに熱中するヤツとか初めて見たよ…」
まあ、皆始めたら狩りに出るかクエスト進めるだろうからね。初期ログインで未だレベル1なんて俺位だろうし。
それでもまだ納得出来てないようなチェシャ猫女史があー、だかうー、だか言っている。
なんでそんなに戦闘に固執してると思われてるんだろう。
「だってさあ、首狩道化っていったら人数差があっても笑いながら首を刎ね飛ばすようなヤツだったろ?」
それ朱雀と間違ってない?
そんな狂った事した覚えねえよ。なんだ笑いながら首を刎ねるって、どんな狂人だ。
とんでもない風評被害を食らった。なんか言ってやれと二人を見ると、今度はこっちが乾いた笑いをしている。
「首領、もしかして、無自覚?」
「スイッチ入っちゃうと行動が変わる人っているよね」
「待って、俺もしかして笑いながらPKしてた?」
「「うん」」
マジかよ、やべぇヤツじゃん。
今明かされた自分の真実に頭を抱えそうになる。確かに生まれつきの目付きの悪さを改善する為に笑顔を作る事はあるけど、戦闘中でもやってたの?
呻き声をあげる側が反転してしまった。あーうー、と訳も無く落ち込む俺にチェシャ猫女史が言った。
「取り敢えず、使い易い包丁を探してるんだろ?
なら、これはどうだい」
差し出して来たのは小さい包丁。なんだっけペティナイフって言うんだっけ。刃と持ち手の中間には緑色の宝石のような物が埋め込まれている。魔石だ。
「コイツはウインドウルフの魔石を埋め込んだもんでね。物を切る時に風魔術のウインドカッターを付与できる優れ物だよ」
こんな風に…と付け加え、チェシャ猫女史はアイテムボックスから肉塊を取り出し一刀する。
加工すらされてない肉の塊にスルリと線が走り、両断された。
「凄い!」
「切れ味、抜群」
「本当は武器として作ってたんだが、耐久面が脆くてね。使い道がないんで倉庫の肥やしになってたのさ」
ああ、あるよね。切れ味は良いけど最悪一回斬っただけでお釈迦になるから普段使い出来ない武器。
俺もよく武器を壊してたからよくわかる。最終的には適当にSTRが高い武器を湯水の如く使ってた。
でもこのナイフ良いな。魔石って鍛冶でも使い道あるんだ。
「代金としてはまあ、諸々計算してっと…こんな所だね」
「どれどれ」
あ、10万行かないんだ。お手頃価格。
ウインドウで購入手続きを済ませ、すぐに購入。
「ほい毎度ありっと。他になんか欲しい物はあるかい?」
「皿が数枚とまな板」
「ああ、それならあの棚」
指差された方を見ると、マジで置いてあった。
何でも屋すげぇな。
そんなに高くもないので数枚ずつ購入。
「これとこれと、これも」
「首領、楽しそう」
「子供みたいだね」
「これがあの首狩道化だとはねえ…」
なんだろう、全員が生暖かい目でこっちを見てる気がする。良いじゃん、久しぶりのお買い物楽しいんだよ。
よし、欲しい物は粗方買えたな。
「おっと、もう良いのかい?」
「欲しかった物が一カ所で揃ったからな」
「ここは、なんでも、あるよ」
良い店を教えてもらった。今度街に来るときにも立ち寄ろう。ホクホク顔で店を出る。
「今日はありがとな二人とも。凄い助かった」
「首領の喜びが、私の喜び」
「凄い事言ってるねビビちゃん」
もっと別の喜び見つけた方が良いんじゃない?
正直滅茶苦茶助けられてるから俺は有り難いけどさ。
「それじゃあ、ここで解散?」
「そうだな、俺も一旦島に戻ってから寝るよ」
「オッケーそれじゃビビちゃん。一狩り行こうぜ!」
元気だなコイツら。それじゃあ解散と言おうとしたタイミングでメッセージの通知が入る。
誰だろう。あ…
「朱雀からだ」
「え、将軍?」
「拘留中じゃなかったの?」
拘留中って…間違ってはないな。
メッセージを開くと、いつも通りの簡素な文章でこう書かれていた。
『アズマで龍狩りをする事になった』
「「「え?」」」
何がどうしてそうなった?