調理ギルドに鬼が出る
最初の街なら大丈夫だろうと思って油断してたらすぐこれだよ。
黒く染まった視界が開けると、いつの間にか元のベンチの上に戻ってきていた。周囲はプレイヤーやNPCで混雑しており、時間は大体20分過ぎたくらいだろうか。
昔仕舞い込んだ中二病が呼び覚まされて幻覚でも見たのかと思ったけど、スキル追加されてるんですよ。
『月の祝福』
地の底に落ちた月が期待を寄せる者に与えられる特別な加護。
・夜の間、自身のステータスが上昇する。
・スキルで獲得する経験値が増加する。
うん、説明文はとても簡易なんだけど。このスキルさパッシブなの、しかも計算したら全ステータスが1.5倍になってるの。
俺の今一番高いAGIが110だから、さっきのアビリティと合わせたら驚異の1000オーバー。なんでレベル1なのにこんな事になってんの?
運営さあ、怒らないから出て来てよ。俺がやりたいのはスローライフであって戦闘じゃないんだよ。
もしかしてキミたちの中に新手のバトルジャンキーでも潜んでるの?
「まあ、いっか」
「キュウ…」
スキルはあって困るものでもないし、この世界は他人のステータスが見れないから特にいざこざが起こる訳でもない。
貰える物は貰っておけって言ってたもんなゴドー!
そういやあの虹色幼女、兎の人とか言ってたな。この世界にもいるのかガチムチうさ耳ジジイ。
溜息を吐きながら白玉をフードの中に戻し、『隠者』を解く。
お、BBログインしてる。
ウインドウを閉じてベンチから立ち上がろうとすると。
「首領、見つけた」
「もう、凄い探したよー」
横から響く聞きなれた声に目を向けるとそこに我がクラメンの二人がいた。
黒い髪を一つで結ったかなりの長身がBB、髪を薄ピンクに色付けBBに引っ付いているのが桜吹雪鱈。
変わらない見た目にちょっと笑ってしまうが、なんでこいつ等俺のいる場所が分かったんだろう。
「マップのマーカー、クランの仲間は、色が違うんだよ」
「先に私がログインしてたから首領がいる場所覚えてビビちゃんと来たんだ」
「ああ、マップ見てなかった」
街を観光してたらいきなり虹色幼女に捕まったからな。思わずため息をついてしまう。
「ありゃ首領ちょっと機嫌悪い?」
「私達、遅かった?」
「いやお前達の事じゃないんだ。ちょっと考え事が多くてな」
説明しようと思ったけど、説明が面倒くさい。
あとで配信してる時にでも話せばいいだろう。そう思いながら顔を上げる。
「それで、先方は時間大丈夫だって?」
「うん、この時間は、いつも調理室に引き籠ってるから」
「筋金入りのお菓子好きだからねえ」
笑い合う二人を見るに、関係は良好のようだ。良いね、こうやって楽しそうにしてるのを見るとPKやめて良かったと思える。
「それじゃ行くか」
「うん、付いてきて首領」
「美人さん二人がご案内だよ!」
差し出された二つの手を掴みベンチから立ち上がる。役得だなまったく。
先導する二人の背を追い、俺は歩き出した。
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「そういえば、二人とも今レベルは幾つ位なんだ?」
「ん、私が32」
「アタシは30だよ!」
「おお、結構上がってるな。ついでに一番高いステは幾つなんだ?」
「バフを入れて良いなら、STRが550位」
「INTで400ちょいだったはず~」
「成程、じゃあやっぱ俺が異常なのか」
「異常?」
「首領ってレベル1だよね、幾ら位なの?」
「諸々バフ込みAGI1000越え」
「「なんて?」」
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「デカいな」
「ここが、料理ギルド」
「メルティちゃんはここの個人調理室にいるよ!」
道中色々と質問攻めにあったが、俺達は今メルティ女史がいるという料理ギルドに到着した。
その名前なだけあって作りが面白い。一階はレストランとして運営し自作料理を販売したいプレイヤーはそこで売買を行うらしい。
その奥が個人調理室。常に料理研究をしたい人間が集う魔境だとか。
おお、個室の割に部屋数が多いな。面白い。
物珍しさで辺りを見回し気分はお上りさん状態でいると、二人が一つの部屋の前で足を止めた。
「メルティ、昨日言った人」
「連れて来たよー」
ノックと共に二人がそれぞれ言葉を発すると、凄い勢いで扉が開いた。こう、バタンッ!って感じで。
「やっと来たわねビビちゃん、サクラちゃん!」
姿を現したのは巨漢だ。身長は2メートルを超えるだろうか、長い髪を丁寧に編み込み後ろに垂らす姿は堂に入ったある種の美しさを感じる。
付けているのはハートのエプロンドレス。ピンクのふりふりが付いたとても可愛らしいヤツ。所々刺繡が歪に見える所もあるけど、もしかして手作りですか?
会話をする三人を見ていると、なんだろう。メルティ氏?女史?だけ言葉の端々にハートマークが付いてそう。あれ、メルティちゃんってそういう事?根本的な勘違いをしてた感じ?
頭の中でグルグルと思考を加速させていると、急に三人が俺の方を向いた。
「紹介するねメルティ、彼が私たちのボス」
「名前はリク君だけど、首領って呼んであげてね!」
いや首領はダメだろう。色々不味いわ。
二人に静止の声を掛けようと一歩踏み出すと、先程から俺の顔をジッと見ていたメルティ女史が声を発した。
「…キュン」
え゛?