三者三様の戦い
石がね、石がないの。
どうして石がないの?
不測の事態とは、このゲームにおいては些細な事なのかもしれない。隣でニコニコと微笑む黄色を見ていると、そんな事を考えてしまう。
「昨日の今日で~、本当に偶然ですよね~」
「ああ、全くだな」
そうだね、凄い偶然だね……いやふざけんな、そんな事ある訳ねえだろうが。俺が席に座った時、既に隣には世紀末を満喫してそうなモヒカン巨漢のプレイヤーが居た筈だ。なのに、どうしてほんの数分の間に田舎娘と入れ替わってるんだよ。
モヒカンは何処に…あ、二つ後ろの席に座ってる。
彼は俺の視線に気づくとニカッと白い歯を見せてサムズアップを始める。何だその、頑張れ若人…みたいな顔は。今すぐ戻ってこい、頼むから戻ってきてくれ。
「楽しみですね~、今日は私の知り合いが出るんですよ~」
「そうか、それは良かったな。それじゃあ俺はこれで」
こうなれば俺が席を立とうと、何食わぬ顔で立ち上がりながら人が少なそうな場所を探す。
何処か良い所は…あった。観戦席左端の席、人口密度が比較的少ない、と言うか。バレない程度の速足を駆使して向かう。
「……何でついて来るんだ」
「折角顔を知ってる人を見つけたんですよ~、また一緒に観戦しましょう?」
「なあおい、出来れば一人で見たいんだけど」
「二人で見た方が盛り上がりますよ~?」
盛り上がらないと思う、特に俺が。
現在のテンションは再下降である、もう島に帰ろうかな。
「ほらほら~、始まっちゃいますよ~」
「せめて席を三つくらい離してくれ」
「そう言わずに~」
背中を押されながら席に座らされる。
押しが強い。最近のアイドルはこんなにボディタッチが多めなのか、仮想空間だからノーカンなのか。
「あ、前の席お邪魔しますね~」
「ふえ!?あ、はい!大丈夫ですっ!!」
後方に居座っていた女性プレイヤーが素っ頓狂な声を上げる。金髪ツインテールの少女アバター、纏う鱗装備は竜系統のモンスター由来だろう、そして横で浮遊する物には見覚えがある…配信用のカメラデバイス。帝国から見物に来た配信者と言った所か。外套で顔を隠してて良かった。
「ふふっ、大丈夫ですよ~。配信者の方々はちゃんと設定を変えて、他プレイヤーの顔にモザイクが掛かる仕様にしてるようですから~」
「軽率に人の心を読むな」
「あら~、的中でしたか~。私達気が合うかもしれませんね~」
「会って二日で気が合う訳あるか」
「これは最早運命では~?」
「運命はそんなポンポン転がってねえよ」
この黄色、もしや無敵か?
何を言ってものらりくらりと躱される。
「あ、選手が入場してきましたね~。今日はどんな戦いが見られるのか~とっても楽しみです~」
「……………」
「ね~、ジークさん?」
「……そうだな」
まあ良い、最低限の会話だけしよう。今回は試合を見るのに集中する。黙ったら黙ったで面倒臭そうだし適当に相槌を打つ。これだ。
☆
どうも皆さん初めまして、ワタシの名前は花菱アリス。
ゲーマーズ事務所『live』で活動するしがない配信者です。本日はアルテマ・オンライン始まって初のイベント…アルトメルン最強決定戦を実況配信しようと思ってアルトメルンを訪れました。
凄いですね、とっても盛況です。こんなに多くのプレイヤーが一堂に会する機会なんて初めてでアリスとても感動しています。
感動している…のは良いんですけど。
「何をしてるのか、全く分からない」
《そうね》
《辛うじてサメが魔術使ってるのは分かる》
《そもそもアレ魔術か?》
《何あの系統、知らん》
《マスクド・シャークネード!マスクド・シャークネード!》
《おっさん、負けそう》
《相性が悪すぎる、俺だったらアビリティ撃たれる前に近接で突破するわ》
《あのおっさんどっかで見た記憶があるような…》
《都会歩いてれば普通に立ってそう》
ワタシ、これでもそこそこやり込んでる層だと自負してるんですよ。クロノスは未履修だったけど、あんなに強敵だったドラゴンも周回感覚で討伐できるようになったし、大きめなクランも立ち上げたしで…なのに、何やってるのかサッパリ分かりません。
辛うじて剣士の方が護りに徹してる事位しか分からない。
「これじゃあ、実況配信の意味がない……」
折角予定とか色々キャンセルしてやっとの事で来れたと言うのに、不肖花菱アリス、まだまだ未熟者でした。
どうしましょう、これじゃあただポケェと試合を眺めているだけの一般プレイヤーです。配信映えが、しない!!
「あの剣士、手強いな」
「田中さんはお強いですよ~。アルテマ参入組の方ですけど、腕はピカイチだったり~」
「あれがアンタの知り合いかよ」
「あ、バレちゃいました~。そうですそうです、あの人が私の同好の士ですよ」
そんな時、声が聞こえてきました。
前方に座る二人のプレイヤー、黒い外套で顔を隠した男性と可愛らしい小柄な女性。最初はカップルさんかと思いましたが、それにしては男性側がとっても塩対応。
「水流の軌道に乗って接近、アビリティを封じるように時節斬り込み、近接戦はパリィ…職業は剣闘士。回避の取り方が嫌に上手いな、対人戦の経験があるのか…PKじゃねえだろうし、闘技場勢?」
「いえ~、田中さんは基本的にPvEですね~。たまーに帝国近辺のPKを狩りに行きますけど」
どうやら女性さんの方は今戦ってる剣士の方とお知り合いの御様子。
「ただあの人、イメトレは欠かさないんですよ。どうしてもこっちで戦ってみたい人が居るらしくて、ずっとその人の動きを動画で見ながら研究を積み重ねてるんです」
「動画で見ながら…どっかの配信者のファンか」
「あはは~、戦ってみたい人は普通のプレイヤーですよ~。動画と言っても昔偶然撮れた物ですし、顔も殆ど隠れてましたし」
「へー」
「聞いてませんね」
女性さんの解説を聞き流して、外套の男性さんはブツブツと何か呟いている。
「水流はあくまで補助アビリティ…広範囲とは言え被弾はしても良くて一割。本命は使用者の移動補助、サブ職に格闘家…違うな、殴りより蹴りの威力の方がデカい…武踏家か。ステ振りはSTR上げのAGI加算…VITは着ぐるみとアクセで補ってるのか?」
「ジークさん、声が漏れてますよ~」
「動きは良いが、どうにもアビリティに引っ張られてる。大多数が入り乱れてる場所ならまだしも、駆け引きはおっさんの方が上手…この状況で津波を撃たないのは舐めプ、それともMPが重い?いや違う、条件が揃っていない?」
凄い長文です、一息で何か言ってますあの人。
めっちゃ怖いです、ひっくい声でサメさんを分析してます。
「首…この人に話しかけても、多分、反応、しないよ」
そんな中に、もう一人の女性プレイヤーさんが…あれ、BBさんじゃないですか。彼女はワタシの方をチラリと見て小さく手を振ってから、外套の男性さんの隣に腰掛けました。
「ほえ~、そうなんですね~。あれ、もしかしてジークさんのフレンドさんですか~?」
「ジーク………そう」
「なるほど、初めまして~、百合って呼んで下さいね~」
「そう、私はビビで良い」
「は~い。宜しくです~ビビさん。つかぬ事をお聞きしますが~どこかでお会いした事ってありますか?」
「ない」
「ですよね~」
両手に花ですよ、両手に花。
オンラインゲームだと良く見る光景ですけど、何故でしょうか…見ていると凄く鳥肌が立ってきそう。
「会った事は無いけど、どうして、貴女がこの人といるの」
「あは~、実は昨日偶然お会いしまして。一緒に試合を見ませんか~ってお誘いしたら快く承諾して頂きました~」
「嘘、この人はそう言うの、凄く嫌い」
両手に花じゃないです、修羅場です。
ワタシの目の前で今修羅場が繰り広げられています!
これは配信者としてではなく、一乙女として観戦せねばならぬ状況です!
「水流、水、海、水場…前の時と違うのは水量の違いか?仕掛けるなら今…行った」
何で外套さんはまだ思考中なのでしょうか。
気付いていないんですか、貴方を取り巻く現状に。
「そんなに邪険にしないでくださいよ~。私はただ純粋にお喋りを楽しんでただけですので」
「……そう」
BBさんから発生していた謎の緊迫感が静まりました。
その内に、女性さんは静かに立ち上がる。
「ではでは~、私はお暇させて頂きますね~。ジークさんは宜しくお伝えください~」
「この人は、多分気にしない」
「ですよね~、それで良いんですけど~」
ペコリとお辞儀をする女性さんと同時、会場が一斉に沸き立った。闘技場を見れば倒れているのはサメの着ぐるみさんで剣士さんがその首元に剣を突き立てている。
女性さんが去った後、男性さんが首を二三度回して横を向いた。
「あれ、BB何してんの」
「首…クラマスは、街に出る時、極力一人にならないように、してね」
「え?」
「変なの、捕まえるから」
「え??」
何でしょうか、凄い場面を目撃してしまった気がします。
かいてもいない額の汗を拭って、視線を戻す…あれ、何か忘れてるような。
《黙るな》
《何か喋れ》
《コメント見てない?》
《花火ちゃん最強決定戦そっちのけで修羅場観戦してて草》
《見るもの間違えてない?》
《おーい》
《あ、やっと見た》
「あ、ああ…………」
やってしまった。
やってしまいました。
怒涛の勢いで流れるコメント欄を見て、ワタシは自分が何をしにここへ来たのかを思い出す。
「また、掲示板で変な事書かれるぅ……!」
《いつもの》
《いつもの》
《でしょうね》
《いつもの》
《知ってた》
《これだからネット芸人は》
次の日、ワタシはデバガメ配信者と言う二つ名が付けられたのでした。何でこんな事に。