アルトメルン最強決定戦4
「キェェェェェェェェェェイ!!」
「あれ、闘技場で引き籠ってる半裸モンスターじゃん。昨日いねえなあって思ってたけどやっぱり参加してんだ」
「ボス、『拳鬼』は別に闘技場に出て来るモンスターじゃ無いっスよ」
「まあでも、似たようなモンじゃない?24時間ぶっ続けでランキングに勤しむ爺さんとかモンスターよりモンスターでしょ」
「それ、クロノス時代の私達と同じ扱いじゃないですか。ハンペン騎士さん」
アルトメルン最強決定戦、二日目。
今日はBBが出る訳でもないので、俺は島に籠って惰眠を貪ろうと思って居た…のだが、ハンペン騎士と最終社畜Vに両肩を掴まれて観戦席に座っている。
ついでに十六夜も付いてきた。
コイツ、俺が地面を引き摺られているのに助けようともせずにケラケラ腹を抱えて笑ってやがったのだ。
「流石に今日は『拳鬼』の圧勝じゃねえか?あ、バレットフィストで集団が場外に飛んだ」
「リアル武術パワーすっげぇ!」
『拳鬼』のインゲン。
クロノスでも時々名前を聞く事があった、インナー一張羅の爺さんは鳥のような声を発しながら他プレイヤーを鉄拳制裁していく。
バレットフィストは格闘家がレベル40で取得する事が可能な破城の一撃を与えるアクティブアビリティ。
使用には20秒の溜め…片手封印を必要とするが、あの爺さんは右手を一切使用せず乱戦の中を流している。
弛まぬ鍛錬で身に付けたのだろう追撃を許さない受けの構え。カウンター狙い、一瞬でも反応が遅れれば空いた左手で難なく投げ飛ばし、迫る刃を少ない足の動きで回避。
小の動作で大の戦果を得る。
昔、リアルの方で道場破りをしていた時にあんな戦い方を見たような気がする。
「何であんなのがゲームなんかやってんだよ」
「何だっけ、確か歳を取ると体の動きが悪くなるからこっちで武の道を高めてるとか言ってたよ」
「へえ…誰が言ってたんだ?」
「本人、時々闘技場を見に行ってるんだけど何かと理由付けて戦おうとして来るんだよね」
「戦闘狂じゃん、近寄らないでおこう」
「ボスがそれを言うんスか?」
ウチのメンバーは可愛い方ですよ。
野生の戦闘狂はもうお腹一杯。
「首領、そろそろ聞こうと思うのですが───」
「うん、どうした」
「─────何をやっているんですか?」
「え?」
社畜が俺の手元を見ながら、眼鏡を直す。
「横断幕作り、だけど」
「成程……何故…横断幕を?」
「そりゃあ、準決勝でBBを応援する為に」
爺さんの観戦を楽しみながら、俺は手元でチクチクと縫物をしているのだ。色はピンクと黄色。
余っていたポイントで『裁縫』スキルを取得して、現在スキル上げの最中。
「ボス、止めてあげて欲しいっス…いや、本当に」
「それは羞恥プレイって奴だよ、首領」
「……止めましょう、まだ間に合います」
「何で!?」
深刻そうな顔で、全員から猛反対を喰らった。
割と良い線行ってると思う。
自慢のデフォルト白玉マークが痕巌老虎を構えている姿、『槍使い頑張って!!』と文字が織り込まれた横断幕(未完成)。
「白玉ちゃんにもBBにも大ダメージ入るっスよ、それ」
「可愛いだろ!?」
「首領の応援したいと言う気持ち、私も痛いほど理解しています。でも止めましょう、最悪BBさんが引退してしまう」
「だから何で!?」
「いやぁ、正直…最初その怪物、もとい白玉を深淵の化物と間違えたんだよね。ほら、クロノスにも居たじゃん。崩落城塞で出て来る目玉のアレ」
「まさか不浄なる怨瞳の事言ってるのか!?あのきっしょい奴と間違えたのか!?俺の可愛い白玉を!?」
不浄なる怨瞳とは、クロノス・オンライン七周年大型アップデートで追加された死霊系統モンスター。
馬鹿でかい眼球に歯並びの良い幾つもの口が張り付けられた見るも悍ましい化物の事である。
一匹いれば、心底気持ち悪い声を発して集団で襲い掛かって来るゴキブリのような奴だ。
そんなのと、俺のデフォルト白玉マークが…同列だと??
「お前等、一回眼科に行って来た方が良いんじゃないか。良く見てみろよ、どっからどう見ても白玉だろ」
「私、ボスの言う事は全部信じるって決めてるんスよ。だけど、これはちょっと無理っス」
「槍はさ、凄い良いんだけどさ。何で白玉だけこんなとんでも珍生物になっちゃうの?」
「首領、多数決と言う言葉があると思うんですよ」
「い、嫌だ…俺はマイノリティには屈しないぞ。おい止めろ十六夜、無断で回収しようとするな。何でそんな人が死にそうな目を俺を見るんだ」
断固拒否だ、幾らお前達の頼みだろうと俺は徹夜してまで作り上げているこれを渡す訳にはいかない。
俺がBBの為に頑張って作った横断幕を取らないでくれ。
「嫌だ、止めろ、止めてくれ…俺から奪わないでくれ!」
「……何か、ちょっと癖になるっスね」
「十六夜さん!?」
「はーい、首領は良い子だねー。取り敢えず、その呪物はこっちに渡そうねー」
「首領、お覚悟を」
何故か、息を荒げる十六夜の頭を押さえつけてにじり寄る二人から距離を取ろうと動く。
観客が少ない場所を選んだ事が幸いした。
一刻も早く此処から逃げなければならないと俺の信念が、研ぎ澄まされた直感がそう告げている。
「はい、確保―」
「ああああああああああああああ」
駄目でした。
普通に捕まって、横断幕は奪われました。
「せ、せめて…完成はさせてくれ。俺の夜鍋した成果なんだ、もう少しで完成するんだ」
「夜鍋して作ったんだ……」
「深夜テンションでおかしくなってたりしました?」
「なってないよぉ」
「まあ、うん。BBに見せないなら良いよ。首領も頑張ったんだもんね」
「う゛ん、俺がんばっだ!」
涙ながらの懇願は、承諾された。
尤も、俺の努力は全て泡に帰してしまいそうだが。
渋々と渡された自作の横断幕をガバリ!と引き寄せて、最早全てを悟ったのではないと思える程の集中力を発揮して裁縫に務める。
チクチクチクチクチクチク。
「……………………」
「あの、本当にボス…何かに取り憑かれてないっスよね?」
「なんかさ、ここまで頑張ってると取り上げるの可哀想に思えて来るよね」
「いえ、いいえ。駄目です。これは偏に首領…そしてBBと白玉君の名誉の為。私達はクレイジー・キラークラウンの道化として、時に非常な決断を見せなくてはいけないのです。情けは不要」
「どうしよう、社畜の目が輝いてる。これはガチだ」
横から聞こえて来る仲間達の声。
だが今は、これを完成させなければいけないのだ。
闘技場の中心から誰かの雄叫びが聞こえる。
闘技場を沸かす多くの人々の声が聞こえる。
全て、聞こえて、耳から、消える。
聞こえて。
聴こえて。
遠く微かに誰かが俺を呼ぶ声が聞こえて……。
何も聞こえない。
語り掛ける声だけが、脳を侵食するように木霊する。
そして、
「完成」
「…………ヒェ」
「いや、うん、え、うん?」
「何ですか、これ」
音が戻った。
俺の手元を見ながら十六夜は顔を青くする。
ハンペン騎士は珍しく半笑いを引っ込めて真顔。
社畜に至っては、眼鏡を光らせ凝視。
「あれ…俺、何してたんだっけ」
あるのは、徹夜して作っていた横断幕(完成)。
だが、それから発する何か本能が拒否感を示す気配。
俺は一体何を作った?
ウインドウを操作して、出来上がったアイテム名を表示する。
『名も無き者の呼応』
無名の裁縫師が執念と情念を込め、編み出した織物。
それに価値は無い。
それに一切の製品価値は無い。
だが、ソレは人ではないモノの目に留まった。
案ずることは無い、声は聞こえる。
誰とも知れぬモノの詩が聞こえる。
彼は呼応した、貴方は呼び寄せた。
もう一度言おう、ソレに一切の価値は無い。
ふむ……ふむ。
上から、右から、左から、下から…余すところ無く横断幕を確認してから改めて首を傾げる。
俺、何かやっちゃいました?
『主、主。何故カ急ニ、我ノ罪禍ポイントガ、ギュインギュイン増加シテイルガ、何カ大罪ヲ犯シタ、ノカ?』
「はっはっは。何それ、主知らない」
『マスター、惑星外より何者かが強く干渉して来ています。至急、対処を求めます。当機、困惑中です』
「はっはっはっは。何それ、マスター知らない」
横断幕をアイテムボックスに仕舞い込み、試合に目をやる。
おっと、どうやら二回戦は既に終わってしまっているらしい。勝ったのは爺さんか、BBとかち合った時が楽しみだな。
「お前らの言う通り、応援は声が良いな。物に頼っちゃ駄目だ、精一杯応援に務めて見せるさ」
「流石に無理があるっスよ」
「まあ、うん…目下の目的は達したし、良いって事にしようよ」
ハンペン騎士が柏手を打つ。
俺達は何も見なかったし、何も知らない。
だから社畜、俺の肩から手を離せ。
「最終社畜V、仮にもし業務中に思わぬミスが発覚したら、君ならどうするかね」
「上司に報告します」
「そうか、俺は沈黙を保つ。バレなきゃ犯罪じゃないからな」
「では私が密告しますね」
「それはもう密告じゃないんだよなぁ……!!」
無慈悲な宣告。崩れ落ち地に伏せる俺に、奴は情の欠片も無くクランチャットに文字を打ち込み始めた。
お慈悲を下さい。
思えば私、大分昔にほのぼのタグを冠位返上してたんですよね。
…もう好きに書くべきでは?とボブは訝しんだ。