休日のある日5
「司書さん…で良いんだよな?」
ガタガタと響く台車の音に耳を傾けながら、無言のまま横を歩くNPCに俺は尋ねる。
流石に道案内をしてくれている相手をアンタ呼びは…駄目じゃない?という侘び寂び腹切り日ノ本精神が働いた末の行動。
「肯定。名称は数ありますが、此れの事は書物の守り人…司書と呼称するのが最適かと」
「成程、理解した」
NPC…もとい司書さんは随分と遠回しな言い方を好むらしい。今も何を考えているのか分からない顔をしながら右手の本を読んでいる。
「何読んでるんだ?」
「回答。フィロソルトの手記…古代学者フィロソルトが残した古書の一つです。
『曰く神とは星の奔流より目覚め、天は宇宙の地中深くに存在する。
我ら生物は星の一細胞に過ぎない』
彼は少々詩的な表現を好むようですが…興味深い書物ですね」
「お、おう」
「疑問。どうかしましたか、異邦人」
急に流暢に喋り出す物だからちょっと驚いただけだよ。正直内容は殆ど頭に入らなかったけど…宇宙の地中って何?
頭の良いヤツの考える事は理解できないな。
俺の様子を察してか、司書さんは少しだけ悲し気な表情を浮かべる。
「落胆。どうやら異邦人には、この内容がお気に召さなかったようです。
…貴方は本を読みますか?」
「物語程度なら読むが…そういう堅苦しいのは読まないな」
「理解。ではクレスティア物語やアルファシアの聖剣伝説を推奨します。喜劇的でありながら考えさせられる、良き書物です」
間髪入れずにおススメの本を紹介されてしまった。これは根っからの読書好きらしい。
月見大福、オニユリ…お前達の出番だ。
「機会があったら読んでみるよ。
それにしても、随分本が好きなんだな?」
「肯定。書物とは素晴らしい物です」
フィロ…何とかの手記を閉じ目の前の本棚を見つめる。
「書物とは人その物なのです。
著者の人生、彼らが歩んだ軌跡の結晶…これらを通して此れは人を知ることが出来る。
頁を捲る度に彼らの想い、歴史…全てを観測できる」
「変な言い回しじゃないか、アンタも人だろ」
「…肯定」
不自然な溜めの後、司書さんはコクリと頷く。何かおかしな事でも言っただろうか。
疑問符を浮かべる俺を他所に、彼女は見つめていた本棚から一冊の本を取った。
読んでいるのかも怪しい程の速読…数秒もしない内に最後まで捲り終わり、徐にその本を俺に差し出してくる。
「これは?」
「異邦人、アナタが求めていた物です」
「…俺が求めていた?」
受け取り、表紙を見る。
「『精霊術史書』…精霊術?」
「肯定。此れの話を聞いてくれたお礼です。どうぞ、記念に持ち帰って頂いて結構です」
いや、結構ですと言われても…。
幾ら司書とは言え、勝手に図書館の本を記念品扱いするのは如何なものか。
それにしても…普通にあったな精霊術関連の本。見ろよラプラスお前の勘は外れたぞ…そういえば、さっきから随分静かだな。
取り敢えず、受け取ったしまった物を直ぐに棚に戻す訳にもいかない。時間も少ないので、軽く流すように本を読み進める。
ぺらぺらと頁を捲れば…どうにもこの本は、精霊術の歴史をダイジェストに書き記した物と言う事が分かる。
嘗て王国で起きた災害を、当時の王とある精霊が共に力を合わせ鎮める御伽噺チックな内容。その後、精霊は王と契約を交わし…この国に精霊術が流行り出した、と。
「何というか、どこにでもありそうな普通の」
《スキル『下位精霊術』を獲得しました》
「ゔぇ!?」
本を閉じ、司書さんに渡そうと動いたら…精霊術を獲得していた。
何を言っているのかさっぱり分からないだろう…俺も意味が分からない。
「スキル、何で…?」
「肯定。この書物は魔書と呼ばれる物の一つ、アナタ達には魔導書と言えば伝わるでしょうか」
「なんでそんなモンが本棚にあるんだよ」
司書さんは何も告げず黙って俺の様子を見守っている。何が何だか分からず本を手渡そうとすると、首を振って拒否されてしまう。
「否定。それは既にアナタの所有物です、異邦人」
「今から返却とかって出来ません?」
「否定」
ああ、そう…ダメですか。
だが大丈夫だ、これはユニークでも何でもない。取得条件は分からないが、一般スキルなら誰でも取得できるのだろう。
俺はただその過程をすっ飛ばしてしまっただけ。
つまり、無罪。
「疑問。あまり嬉しそうではありませんね。アナタはこの本を望んでいたと思うのですが」
「…確かに精霊術の本は探してたけどさ」
「では、何故?」
「いや…うん、嬉しいよ」
本心から、どうして俺がこのような反応をしているのか考えている様子。
悪意がないのは分かるんだ…ただ、それはそれとして予想外過ぎただけで。
「……これで俺も精霊の声を聞けたりするのか?」
「否定。精霊との交信…それは精霊術の成長、並びに精霊との親和性の向上により獲得出来ます。アナタはまず、自身の精霊と契約する事が肝要です」
要はズルしないで精霊見つけて来い。
…そもそも、本を読んでスキルを獲得している時点でズルではあるが。
「提案。落ち着いたようですので、後はアナタを元の場所に送り届けるだけです。
行きましょう、異邦人」
「…ああ、了解だ」
本を脇に抱え司書さんの後に続く。
何も考えないようにしよう。
これは些細な事故だった…それで良い。
若干痛み出す腹を押さえながら、二度目の静寂が訪れる。そう思ったんだが。
「安堵。少し安心しました」
「急にどうした?」
相変わらず本から目を離さずに喋り出す司書さんは、先程に比べ幾分か柔らかな声色。
「この邂逅は、此れにとっても予想外の事象でした…けれど、アナタと話をする機会が得られて良かった」
「そういえば、アンタは俺を知ってるのか?」
「肯定。此れはアナタを知っています」
彼女は初対面の俺を異邦人と見抜いていた。
王国民の中で、俺の事を知っているのは王城の関係者のみと緑騎士が言っていたが…赤騎士からの連絡で知った。
いや、幾ら紹介状を書くにしても…一介の図書館の司書にそんな機密情報を教えるものか?
「なあ司書さん。改めて聞きたいんだが、アンタは…この図書館の司書なのか?」
「…到着」
俺の問い掛けに彼女は答えず、ただ指を前に突きだし俺に示す。そこは、最初に緑騎士と別れた図書館の入り口。
反射的にそこに視線を向け、一瞬…ほんの一瞬だけ彼女から目を離した。
「否定。数奇な運命ですが…この一時をアナタと過ごせて良かったです。またお会いしましょう特異点、星の導がアナタに在らん事を」
聞こえた声に反応して、俺は横を向く。
──既に、そこに司書さんの姿はなかった。
『マスター』
『主ヨ』
「随分静かだったな、お前ら」
『それはマスターです。急に何も喋らず歩き出して…良く迷いませんでしたね?』
『不気味…ダッタゾ…主』
指輪から響く二つの声に反応を返せば、おかしな事を言いだす。どういう訳か、コイツ等の中では俺は無言のまま、この場所まで歩いた事になっているらしい。
摩訶不思議だ。
「あ、やっと見つけた!」
前から聞こえる賑やかしい声、こちらに駆け寄る緑騎士と…もう一人、深い灰色の長髪の男。
「一階を探しても全然見つからないし、どこに行ってたのよ!急に居なくなって心配してたんだからね!?」
「まあまあ、ガブリエル様。
お客様も驚いていますから、その辺に」
「でもラジエル!」
緑騎士を宥めながらラジエルと呼ばれた男はにこやかに微笑む。
紺のローブを纏い、本を手にしながら。
「…なあガビーさん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「だからガビーって呼ばないで!
…何よ聞きたい事って」
「この図書館に、そこのラジエル氏以外に司書っている?」
ガビー呼びにキレながら俺の話を聞いた緑騎士は、不思議そうな顔をして口を開いた。
「いないわ、ここを任されているのは彼だけだもの」
「ええ、未熟ながらここの責任者を承っております」
そうかそうか、他に司書はいないのか。
俺は自分の手に収まった、彼女から渡された魔書をこそりとアイテムボックスに放り込む…バレてないな。
「…ちょっと道に迷ってたんだ。人生って言う道にな」
「何言ってんのよ?」
緑騎士は呆れ顔だ。
悲しいかな、彼女にもこの台詞はお気に召さなかったようだ。
「もうこんな時間じゃない…ごめんね、折角案内しようと思ってたのに」
「僕が席を外していたばかりに」
興奮が冷めたのか、申し訳なさそうに謝る緑騎士。
元はと言えば、俺が迷ったのもあるだろうけど。
「いや、充分堪能できたし…満足だ」
「…本当に?」
「ああ」
まさかこの世界でジャパニーズホラーに遭遇するとは思わなかった。僅かばかりの収穫はあったが、今は帰って寝たい。
結局…あの司書を自称した彼女は、一体誰だったんだろう。
更新は一旦終わり。
続きは書いたらあげます。