【閑話】王国の二人
何となく、挟みたかった。
私に悔いはないよ。
もう幾つ寝ると、ホタル実装。
私は450回転オールインする予定です。
全身甲冑を着込んだ女の子を嫌いな男子なんていません。
アルファシア王国・王座前。
座する統治者と、その端に控える二人の精霊騎士。カーペットの周りに並ぶ重鎮の貴族。
観察するように、畏敬を込めるように…彼らの目は一様に、その絨毯の先に立つ二人に異邦人に向けられていた。
片や右耳に毒蛇の耳飾りを付けた糸目の男。
片や神の与えた至極の美を表現するような赤髪の女。
一介の異邦人は一国の王を相手に、自分たちのクラマスと同じく頭を垂れようとしない。
「貴様ら、王を前にし無礼で…ッ!」
王への無礼に対しウリエルが声を上げようとする…が、その前に赤髪の女ことハートの女王は鋭い殺気を放つ。
『女帝』の付属能力の一つ。
性別、種族を問わず自我を持つ者への文字通りの威圧。ウリエルは思った事だろう、王の御前で…もう一人その風格を持つ者がいる、と。
「良いんだウリエル。キミ達が、英雄殿が言っていた相談役…で良いのかな?」
「その通りです、ルディウス王。
自己紹介を…ボクは月見大福」
「ハートの女王ですわ、良く見知っておきなさい」
月見大福は頬を緩めながら自然体で、ハートの女王はルディウスに対しても不遜に。
そんな両極端な名乗りを、ルディウスは笑いながら受け止める。
「連れの者が申し訳ありません。ボク達には既に彼と言う主が居るので…生憎と下げる頭を持ち合わせていないんです」
「貴方のそれも充分な煽りですわよ?」
「あれ、そうかな」
「気にしないさ。キミ達の事はあくまでも対等に…と言うのが私の考えだ」
「感謝します」
両者共に、無駄な衝突を避けたい心はある。
ルディウスは知っている。
彼らの頭目が持つ力の異常性、それは本人が物語として堂々と語っていたもの。
出来る事ならば互いに助け合い、関係を強固にしていきたいとも思っている。
彼は、甘い王だ。
月見大福とて同じ事。
彼らは、別に国と争う分には問題ないが、それではリクに負担を掛ける事になる。
折角彼がお膳立てをしてくれたのに、それを易々と捨て去るのは論外。
ならば出来るだけ穏便に事を済ませようと考えていた。
「実りある話し合いにしましょう、ルディウス王」
「勿論だとも」
和やかな様子とは裏腹に…重鎮たちは冷や汗を垂らし彼らを見る。
「リクから既に話は聞いています。
モンスター…魔物の駆除依頼について、でしたか?」
「そうだとも。王国だけではない、最近はどこも魔物の動きが活発化してきている。
以前なら騎士団だけで対処も出来たんだが…良ければ力を貸して欲しい」
魔物の活発化。
異邦人の来訪と共に徐々にだが数を増やし凶暴性を増したモンスター。
これはアルテマ・オンライン開発部の思惑が関係している。第一陣プレイヤーの平均レベルの向上に対する策謀。
分かり易くに言えば、エネミー不足で苦情を入れて来る者達へのアンサー。
狩る量が増えたのなら、その分強い個体を増やしてしまおう…なんて、安易な考えの余波がNPCを襲っている。
現状最も人口の多い帝国が一番に影響を受けている…だが、それ以上の被害を受けるのはプレイヤーのいない王国と聖国。
『…荒稼ぎするなら、今かな』
『聖国もプレイヤーが増えそうですし、狩場を変えるにしても良い手かもしれませんわ』
『リクの対応は正解だったね』
『本人は軽口のつもりで言ったのでしょうけど…そこは流石首領。
本当に、持っている殿方ですわね』
ウインドウを操作し、彼らに聞こえないよう考えを伝える二人。
聖国を目指すプレイヤーは次第に増え、入国目前に迫る者も現れてきている。
出して困る情報は少ないが…あまり手の内がバレるのも得策ではあるまい。
「ボク達としても、王国とは良い関係を築いていきたいと考えています。
魔獣駆除程度ならいつでもご連絡を…断る場合もありますが」
「分かっているとも。キミ達はあくまで中立、断られても咎める事はしないさ。
ただ、これはキミ達の腕を信用していない訳でないが…どこまでやれるのかは聞いて置きたい」
ルディウスの言葉に月見大福は笑みを濃くし答える。
「丁度、手土産を持ってきました」
アイテムボックスを開き、とある素材を眼前に出現させた。
巨大な毛皮…それを見たある貴族は驚きの声を上げ、恐怖に顔を歪める。
名はアルファシアタイガー。
推奨レベルは『95』
王国では黒い捕食者と呼ばれ、騎士達から恐れられるレア枠の魔物。
王国内でこのモンスターと渡り合える者は、聖剣の所有者や精霊騎士のような限られた者のみであり、
「これはボク達の仲間が偶然見つけて、暇潰しに討伐した物です」
「捕食者が、暇潰しだと?」
ウリエルですら困惑の声を漏らし、もう一人の精霊騎士ラファエルは目を瞑る。
「…成程、英雄殿が言っていた通りだ」
「期待には応えられましたか?」
「これ以上無いほどに、ね」
先程まで不満げな顔をしていた貴族ですら、今は顔を伏せ口を開く事が出来ていない。この場にいる大半の同意は得られた事だろう。
「それでは、ボク達はそろそろ失礼します。
ご依頼の際は大通りに居ますのでご連絡下さい。適正価格でお受けします」
『大分吹っ掛けるつもりでしょう?』
『勿論!』
手を胸に当て胡散臭い笑顔を作り、月見大福は言った。
「ルディウス王、お互いに良い関係を築いていきましょう」
「願わくば、長く続く事を祈っているとも」
挨拶を早々に、二人の異邦人は王座を後にする。残る者達の顔には一様に疲れが浮かび、楽しげなのはルディウスだけだ。
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「こんな感じで良かったかな」
「仕込みは上々、貴族への牽制にもなりましたわ」
今回の彼らの目的は、話し合いと称した他の貴族たちの牽制。
王女の方はリクが手を回したが、それでも陰からのちょっかいがあるかもしれない。
アルファシアタイガーの情報は既に月見大福が仕入れていた。
だからこそ、あのタイミングで手土産を見せた。
予想は大いに満足の行くものだった。
「王女様が居なかったのは残念だったね」
「そちらは、貴方の個人的な趣味でしょう──あら?」
「おっと、噂をすればってヤツかな」
王城内を把握しながら軽口を交わしていれば、外の庭園に…リクからの情報と合致する少女が座っている。
「嫌な顔ですわね、あまり首領に迷惑を掛けては」
「ボクは常にリクの為を想っているよ」
鼻歌を歌い、王女の元へと向かうその姿にハートの女王は溜息を付く。
「お初にお目に掛かります、ディニア王女」
「貴方は?」
「月見大福と呼んでください。
リク…英雄の部下、と思って頂ければ」
「……本当ですか?」
『本当でござるよ』
睨むように向いていたディニアの目が、影から聞こえた羅刹丸の言葉で少しだけ緩む。
「羅刹丸もいたんだね」
『最近影の二窓が出来るようになったのでござる。本体は御館様の影の中でござるが』
「首領の許可は取りましたの?」
『黙秘権を行使するでござる!』
プライベートもへったくれもない忍者。
三人の談笑を見ていたディニアは、警戒を解いた様子で月見大福に問う。
「それで、英雄殿のお仲間の方が私にどのような御用で」
「リクから贈り物を渡すように言われていたんです」
「贈り物?」
月見大福の言葉に、ディニアは首を傾げ…ハートの女王は呆れ顔。
『…ん?御館様が、そのような』
「そういえば羅刹丸、少し前にリクがキミとアズマに行きたいって言ってたよ。今、丁度良いんじゃないかな」
『なんと!?』
嘘である…いや、一部事実だが。
数秒もしない内に羅刹丸の声は聞こえなくなった。
最大の障害を取り除き、月見大福はアイテムボックスを開く。
「東の大陸で手に入る物のようですが、リクはこれからの貴女との関係を願って…と言っていましたよ」
取り出したのは小箱。
少し躊躇い気味にディニアは受け取り、その箱を開ける。
「…ッ。これは!?」
「加工はボク達が手を入れましたが、正真正銘…リクから貴女へ」
中に入っていた物は、深紅の薔薇のような石が填められた首飾り。
『薔薇光晶』
東の大陸、華国で扱われる宝石類の一つ。
これもまたダリルから送られて来た素材の一つで…西の大陸では希少宝珠と呼ばれる。
高い魔力蓄積性を持ち、魔力を込めればその石は輝き出す。
装飾品以外の価値はないが、問題はその石に付けられた宝石言葉…その意味とは『末長き深い縁』
本来は婚姻を結ぶ際に貴族が贈る物として用いられるのだが、リクはその話を知らない。
月見大福が王城を訪れる際に、贈り物でも持ってこうか?と言ったら返ってきた言葉がこれだ。
『何か綺麗だしこれで良いんじゃない?』
本当に特に意味もなく選んだ物。
無論、多くの本を読み漁る月見大福はこの逸話を知っている。
何時もと変わらない表情だったが、内心は抱腹絶倒だった。
「これを…英雄殿が?え?はい?」
王女様も大変反応が宜しい。
面白がっている月見大福の横腹をハートの女王が小突く。
「…どうしますの、これ」
「だってリクが選んだ物だし」
薔薇光晶と同じ位に顔を紅く染めるディニア。
彼女の心は爆発寸前である。
「…リクもこの宝珠の深い理由は知らないんです。ですが彼の、貴方の信頼を得たいと言う言葉に嘘偽りはありません」
「あの…えっと、はい」
「どうか、受け取って頂けませんか?」
「丁重に、頂きます」
この男、ウッキウキである。
月見大福の言葉を聞き、何とか平常心を取り戻したディニア。
彼女のリクへの好感度の底上げ、月見大福が計画していた第二目標は達成だ。
「それじゃあ行こうか女王」
「…ディニア王女、あまり深く考えないように」
「…........はい」
ハートの女王の気遣いからの発言だが、ディニアには逆効果だろう。
人間、気にするなと言われれば…その分だけ深く考えてしまう物。
放心状態のディニアと別れる。
「いやぁ、楽しかったね!」
「後で首領に怒られても知りませんわよ」
もう一度言おう、この男ウッキウキである。