王国のお姫様
死印DLCの為に、死印と死噛を買い直しました。
あと一か月待てなかった堪え性のない男です。
木の陰から姿を現し、驚いた様子の姫様。
「気付いておられたのですか?」
「他人の視線ってのは、案外分かりやすいんだよ。スキルを使わないなら尚更な」
後は足音と動き。
上位職の斥候ならそこら辺も隠して行動するが、相手は一国のお姫様。
オリヴィエみたいな例外がポンポン転がってれば話は別だけど、流石にないだろ。
「それで?こんな夜に護衛も付けず何やってんだ。悪い大人に攫われちまうぞ」
「城の騎士たちは優秀です、何者の侵入も許しませんよ」
「並の暗殺者崩れならまだしも、死神がやらかしてから日が浅いんだ。
常に警戒するに越した事はない」
「…」
目つきを更に鋭くさせ、姫様は黙る。
軽口のつもりで投げた言葉が的確に地雷を踏み抜いたらしい。俺も真竺の事を言えないな。
「少し、外の空気を吸いたかっただけです」
「へえ、俺と同じだ」
おいおい、そんな嫌そうな顔するなよ。
誰だって外の空気が吸いたくなる時位あるだろう。肩を竦めて反応を待てば、姫様は溜息混じりに口を開く。
「…先程の白い棺、アレも貴方の所有物なのですか?」
「いや、アレはルディウス王がくれた報酬。なんでも、決して壊れない不変の棺桶らしい。何の用途があるのかは分からねえがな」
『マスター』
「お父様が…そうですか」
警戒心を解く為の小粋なトークだ、甘んじて受け入れろポンコツ。
そもそも、この姫様はルディウス王との顔合わせの時から俺に良い感情を抱いていなかった。多少、本当に多少なりとも悪人面の自覚はあるがそんなに怖がられる事したかな。
不思議に思い観察を続ける俺の様子を察してか、姫様は言葉を続けた。
「…英雄殿は、私の態度がお気に召していないようですね」
「いいや?他人を警戒する事は大事だってさっき言ったばかりだからな。実践出来てるようで大変結構」
「隠さずとも構いません。
分かるのです…私、王女ですから」
「マジかよ、王女すげぇな」
なんだそりゃ、王族系統のスキルには読心術なんて物まで含まれてるのか?ラプラスしかり、アルテマから随分とプレイヤー泣かせな設定を追加する物だ。
まあ、バレてるのなら仕方ない。
プレイヤーでもNPCでも、面倒くさい事に人間のコミュニケーションは会話を重ねるしか方法はない。
「…どうしてアンタがそんなに俺を警戒しているのかは、少し気になってる。
異邦人全体への不信感もあるだろうが、一応俺は王国の英雄だろう?」
「正直に申されるのですね」
「生憎腹芸は得意じゃない。
仲間達がこれから王国で動く以上、小さな不安要素だろうと消しておきたいのさ。
アイツらの頭を張るなら、俺にはその義務がある」
仲間が自由に、この世界を楽しんでいるのならそれを陰ながらでも支えるのが首領としての責任だ。
だからこそ…と姫様に問う。
「こっちは話したんだ、アンタの胸の内も明かしてくれないか?」
「………」
黙りこくる少女の瞳を逸らさず見抜く。
俺は本心を語った、なら次はお前の番だ…誠意を見せろと。
僅かな交錯の後、姫様は不意に後ろを向く。
「…少し、座りましょう。
長くなってしまうかもしれません」
「ああ、構わない」
交渉成功…か?
思わず握り拳を作ってしまいそうになるが、自制しつつも近くのベンチに腰掛ける。
…なんで、ここにベンチがあるんだよ。
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「…今でも鮮明に思い出すのです。
王国の崩壊、お父様の死、そして…あの異邦人と戦う貴方の姿」
ポツポツと、姫様が語り出す。
無意識なのか小刻みに体を震わせながら、言葉を探すように。
「貴方への感謝は、本心です。
ですがそれ以上に…私は貴方が恐ろしい」
「恐ろしい…ねぇ」
別に王様の首で玉蹴りをした訳でもあるまいに、身に覚えがない事で怖がられても困る。
「貴方が呼び出した骨の異形…そして翠の雌鹿。あれはこの星の異物です、英雄殿。
ただの唯人が…服従させて良い物ではありません」
「…それかぁ」
『良ク…分カッテイル…小娘ダ』
『黙りなさい、型落ち精神体』
団栗の背比べ…いや、なんでもない。
成程、翠玉や紫玉がコイツ等基準で言う規格外の化け物だとしたら…それを駒のように使ってる俺は正しく恐怖の対象と。
確かに翠玉も紫玉もNPC、延いては俺達プレイヤーからしても厄物だろうが…貰い事故じゃない?
「貴方は確かに王国を救ってくれました。
ですが、貴方は善人ではないでしょう。
その腕が、刃が何かの拍子に私達の喉元を貫く事になるかもしれない…そう考えると、溜まらなく恐ろしいのです。
…お父様との会談で、少しでも対応を間違えていれば、貴方は私達の敵となっていた。
違いますか?」
「さて、どうだろうな」
別に王国を敵に回そうなんて欠片も考えてないけど。ただちょっと驚いて武器を取り出しただけ…他意はない。
俺のバックバクな心中を知らずに、姫様は話し続ける。塞き止めていた物を吐き出すように。
「これから、きっと異邦人が王国に増えていきます。貴方達がこの国に滞在してくれるのは喜ばしい事ですが、必ず諍いは起こる。
もしその時、王国の民と異邦人が再び争う事になれば…貴方が何かの拍子に敵に回ってしまえば、私達は二度目の滅びを迎えるでしょう」
「過大評価が過ぎるだろ、俺は弱い」
「王国を救った英雄が、王国と敵対する…それだけで国は混乱に陥るのですよ。
貴方は自覚が足りていません。
それに…警戒するに越した事はない、でしょう?」
弱い、という単語に眉を潜め皮肉気に言葉を返す姫様。仲間達に手を出して来ない限り俺達に敵対する意思はない。
他のプレイヤーも、そこまでの事は起こさないと思うが…死神の前例が邪魔をする。
アイツ、死神より疫病神の方が似合うな。
「………」
「…ふむ」
しかしどうした物か。
この姫様は異邦人、と言うより俺個人を狙い撃ちで警戒してやがる。
クロノスの頃なら嘲け笑って追い打ちを掛けてる所だが、コイツの不興を買って要らぬ衝突が発生するのは避けたい。
どうにか好感度を調整するか?
──いや、良い事思いついたぞ。
「アンタの気持ち、成程…痛いほど理解した」
さて臭い寸劇の時間だ。
即興だが、舌を回せば何とかなるだろう。
「なら姫様、俺と取引をしよう」
「…取引?」
急に何を言い出すのかと顔を上げ、俺を見る年若い少女。警戒、恐怖、疲れ…負の感情のフルコースだ。こういう時は、押せば通る。
「お友達料とでも思えば良い。
月に1000、いや100万マニー…それを払ってくれるのなら、俺は俺の仲間達に手を出されない限りどんな状況でも王国と敵対しない事を誓おう」
「それを、信じろと?」
「勿論契約を交わしても良いさ。
その方がアンタは…納得するだろ?」
僅かな逡巡…きっと姫様の心中では今、得体の知れない力を持つ悪魔が契約を迫ってきた…なんて展開になってるはず。
「…貴方は国に与する事が嫌いと、仰っていませんでしたか」
「国じゃない、俺とアンタの個人的な取引だ。
どうせ口約束で敵対しません…なんて言ってもアンタは信じないだろ?」
「それは」
「だから金だ。俺達傭兵に取って、金の絆は常に固く重い」
傭兵の流儀とか知らないけど、信じ込ませてしまえば良い。
王ではなく、あくまで王女との取引。
理由は簡単。一国の長を相手取るよりも傷心中の少女を懐柔…もとい御する方が楽だから。
行ける…行けるぞ、俺。
互いに信用できない相手…下手な善意の口約束など価値はない。今この姫様は確かに揺れている…ここでもう一押し。何かないか。
──いいや、ある。
確かこれは昔、HaYaSEが言っていたNPCを口説く定型文。クロノスの看板娘を堕とし全野郎プレイヤーから総叩きにあった大馬鹿者のキメ台詞。
折角だ、使わせて貰おう…今この言葉を。
「俺とアンタはまだ、殆ど初対面。
互いの事を何も知らない…大いに結構だ」
可能な限り全力で、優しい雰囲気を出しながら。
立ち上がり、俺を見上げる姫様の近く…背凭れに手を添え顔を至近距離まで持って行く。
「だからこそ…ディニア王女。
俺はまず、アンタの信頼が欲しい」
そうこれこれ。多少改変は加えたが、確かこんな感じの鳥肌が立つような台詞。視線を交錯させて退路を塞ぐのがポイントって言ってたはず。
姫様の様子を観察すれば…顔を紅く染め口をむぐつかせている。
「………確かに、私達はまだお互いを知りません」
俯き、か細い声で喋る。
「ああ、だから…俺はアンタを知りたいのさ」
全力で口説く、頑張って舌を回す。
何度か呼吸をした後、最初に見た時とは違う力強く光の宿った目で言った。
「その取引、お受けします」
百点満点だ。
今俺が持つ要素を全て取り込み賭けを成立させる。
ありがとう、HaYaSE。
そんな馬鹿なと冗談半分に聞いてたお前の話、強ち間違いじゃなかったらしい。
「そりゃあ嬉しい。だが、100万マニーなんてそんなポンと出せるのか?」
「問題ありません。なんでしたら、今からでも用意させましょうか?」
マジか。ならもう少し吹っ掛けても…おっと、良くない良くない。別に金が目的じゃないんだしこれで良い。
「…やはり、貴方は善人ではありません。
とても…悪い人です」
「俺からしてみれば善人ほど信頼出来ねえ。
安心しろよ、約束は守る」
そう言うのはどこぞの銀竜にでも言ってくれ。
「受け渡し役なら俺が用意しよう、羅刹丸」
「ここにござるよぉ」
やっぱり見てやがったな。
影から姿を現す羅刹丸の姿に、姫様はビクリッと身を竦ませる。…どうしたお前、そんな可哀想な目で姫様を見て。
「災難でござるな、お菓子食べるでござる?」
「え、あの……いえ、頂きます」
アイテムボックスから取り出したメルティ製だろう菓子の袋を手渡し、小さな口で咀嚼する姫様の頭を撫でる羅刹丸。
なんでそんなに友好的なの?
「きっと…とても長い縁になると思うでござる。仲良くするでござるよ。お茶はいかがでござる?」
「……(コクコク)」
何その慈愛の籠った後輩を見るような表情。
お前もっと、場を引っ掻き回す側のはずだろ。まあ、仲良くなる分には良いんだけどさ。
茶を飲み干し一心地着いたらしい姫様に声を掛ける。
「それじゃあ今後とも宜しく、高貴なお友達」
「……安い言葉ですね。
契約は守って頂きますよ、恐ろしい人」
「そりゃあ勿論、アンタの信頼を勝ち取って見せるさ」
にやりと笑って見せれば、即座に俯く姫様。
恐ろしい人…ああ、確かに自分の才能が時々恐ろしく感じてしまう。ちょっとやり過ぎた感も否めないが、終わりよければ全てよし。
「御館様は、お説教でござる。
配信をするでござるよ」
「…なんで?」
なんで?
年上に情緒をぶっ壊されたガールの先輩。
NPCとは言えディニア王女に同情を禁じ得ない様子。
そこそこ顔立ちの整った危ない雰囲気の年上に二人だけの秘密を持ち掛けられて、定型文を囁かれれば…なんでこうなったんだろう。