聖櫃
最近の神引きが、怖い。
無かった事にしよう。
羅刹丸に今日の護衛の停止を言い渡し、白玉は胸の中。王城に造られた庭園を歩きながら、今打てる最善手を考える。
そう、俺は確かに謎のアイテムを手に入れたがルディウス王の様子を見るに、コイツ…指輪の声は俺にしか聞こえていないはず。
それは白玉、羅刹丸も例に漏れない訳で何が言いたいかと言えば…もう何も考えたくない。
そもそもこの指輪、俺にレベルの制限を掛けてきた訳だが何が出来るんだ。
『特技は、破壊活動です』
「物騒だな…ん?」
あれ、俺今口に出してたっけ?
『当機とマスターは一心同体、思考の伝達などお手の物。当機達の間に余計な隔たりは無しです』
一方通行の押し売りやめてくれない?
というか、思考…読まれてる?
VR技術って、そこら辺の法整備かなり厳重だって聞いたんだけど。
『細かい事は気にしないで下さいマスター』
細かくねえよ、重要案件だろうが。
最悪アルテマ作った会社に殴り込みに行っても許されるレベルだぞ、この野郎。
『主ヨ…マタ訳ノ分カラヌ物ヲ…拾ッタナ』
『おや、何か別の者が紛れていると思いましたが…随分矮小な複合精神体。
マスター、火急的速やかに除去を推奨します』
『貴様カラスレバ…生命ソノモノガ…矮小デアロウ…』
「人の胸の内で言い争い始めるの止めてくれる?紫玉はこれが何か知ってるのか?」
『存在不明…ダガ、主ノ愛玩動物ト同等…マタハソレ以上ノナニカ…本当ニ…何ヲ拾ッタノダ』
もしかして翠玉の事言ってる?
この指輪…あの神話生物と同等か格上なの?
『ああ、怯えないで下さいマスター。
既に当機は貴方の所有物。
貴方の脅威となる物ではありません』
「いや…でもお前、さっき破壊がどうのこうのって言ってたじゃん」
と言うか…特技・破壊ってなんだよ。
『文字通り、破壊です。
全て、一切合切マスターの邪魔になる物は当機が破壊…と言いたい所ですが、当機は現在、ほぼ全ての機能がロックされています』
ロック?
『外星機構による機能の遮断。
並びにマスターの階位の上昇制限。
その影響で、当機の外装は使用不可能となっています』
その外星機構は何…。
でも、割と好都合?この危険存在の行動防止しただけファインプレ…いや、それで俺も被害被ってるから寧ろマイナスだわ。
『ですので、当機の性能を十全に引き出す為には外部情報のアップデートが必要です。
詳細に言えば、常に肌身離さず装着してろ…と言う事です』
厚かましいなこの指輪。
じゃあ何か、お前はただ俺にレベル制限を掛けただけの特級の厄物だと。
『心外です。当機にも一つだけ、使用可能な武装はあります』
何と…ロックされたと宣う癖に武器を隠していやがったのか。
やっぱり危険物じゃないか、俺の安寧を護る為にも今ここで砕いた方が…。
『この場所ならば問題ないでしょう。
ご安心を、殺傷能力はありません』
「不安しかない」
『マスターはただ一度…当機、ラプラスを起動させれば良いのです。きっと、マスターのお気に召す物をご覧いただけるかと』
「ええ...」
機械音声の癖に妙に自信がありそうな物言い。取り敢えず、信じて見るか?
どうせ離れる事も出来なさそうなら、最大限利用価値を見出した方が賢明か?。
…なら、言われた通りやってみよう。
「何をすれば良い?」
『命じてください、ラプラス起動と』
「………………ラプラス、起動」
『承認』
溜めに溜めた俺の心労の意など露にも介さず、指輪の周りにあしらわれた花冠が発光する。俺の周りを光の粒子が舞い…それは徐々に目の前に一つの物体を組み上げていく。
それは箱…否、棺。
一本、二本ではない。
重厚な鎖が所彼処に絡みつき、決して開閉させぬように…中に入った者を出さないように。
夜の月明かりに照らされた純白の棺は静かに、ただそこに顕現する。
『これこそ、当機…ラプラスの聖櫃です』
…クソ、ちょっとカッコいいじゃないか。
記憶の底に封じた俺の少年の心が目を覚ましそうになる。成程、これは確かに俺のお気に召す物…こんな男の浪漫を擽る要素を出してくるとはラプラス、侮れない。
「悪くない、何が出来るんだ?」
『いえ、これだけです』
「…は?」
『当機の現状唯一にして最大の武装、それは当機自身…このラプラスの聖櫃。
堅固にして不変、純潔の棺。
詳細に言えば…壊れないデケェ棺桶です』
訂正、やっぱり廃棄。
「ただの粗大ゴミじゃねえか」
『マスター、それは当機に対する禁句です』
俺のワクワクを返せ。
こんな御大層な登場の仕方して、何の効果もありませんとか…舐めてるのか。
…いや、でも逆に良かったかもしれない。
こんな如何にも曰くあり気な物が、実質ただの置物でした…なんて宴会の席でネタに出来る。危険物じゃないなら守護天使の怒りも僅かに緩和されるか。
「取り敢えず邪魔だから撤去」
『メカハラで訴えますよ』
メカじゃねえだろポンコツ。
…ん、待てよ。
壊れなくて巨大な棺桶…場合によっては丁度いい盾になってくれるんじゃなかろうか。
自由に取り出しの出来る盾…良いじゃん。
『驚愕です。当機は仮にも棺。
マスターの脳内には、人道という単語が入力されていないのですか?』
「道徳は浜に捨ててきた」
俺の所有物になったんならどう使おうが俺の自由だろうに。
現実ならいざ知らず、こっちの世界にそんな御大層なモン持ち込んでも仕方ない。
常にニコニコ楽しくジェノサイドしてたんだきっと俺の人道は今頃優雅に大海原を駆け巡ってるよ。
ぶつくさ文句を言いながらも、聖櫃は再び光の粒子へと変換され姿を消す。
命令に忠実な所は評価できる。
『主ヨ…アマリ妙ナ物ヲ…集メナイ方ガ良イ』
「お前がそれ言う?」
『心外ですね複合精神体』
厄ネタ度合いで言えば大差ないと思うんだけど。まあ、取り敢えず一つ目の問題は解消したと思う事にする。
残るはもう一つの問題。先程から陰に隠れて此方を観察する奴に声を掛けるとしよう。
「…こっちの要件は終わったからそろそろ姿を見せてくれよ」
ラプラスを出した辺りから何となく察しはついていた。チラチラと…木の後ろに身を隠すのは賢い選択だが、隠れるのに慣れてないらしい。
ドレスの裾が見えてるぞ。
「なあ、姫様」
ディニア・デル・アルファシア。
お前の事だよ。
はい、デカくて固い棺桶です。