おかしな邂逅
ただ一言だけ、呼符で来た。
緑騎士の大絶叫が王都に木霊した後、一悶着二悶着と色々あったが俺は王城への片道切符を手に入れた。
「あの後大変だったんだから!
貴方達が急に居なくなったと思ったら、急に目の前が真っ白になって…王都はあの化物が暴れる前に戻ってるし皆も生き返ってるし!
王女殿下なんて、あれ以来ずっと魘されて睡眠も碌に取れてない様子だし!」
「へー、やっぱりお前らは記憶残ってるんだ」
「私とミカ…それから王女殿下だけ。
他の皆は同じ悪夢を見たって大騒ぎよ…まあ、城下の子供達は何も思い出せないらしいけど」
王城までの道のり。
矢継ぎ早に言い迫る緑騎士の様子を軽く流しながら、情報を整理する。
ここまで来る間に見た住民NPCの様子…数日は経ってるが、記憶が残ってるにしては立ち直りが早いと思った。
子供への記録の引継ぎがないのは多分高度なAI故に教育に宜しくない的な理由で消したのかも。
「それで、お前からの依頼は達成した訳だけど…報酬は貰えるんだろうな?」
「当たり前じゃない。
貴方はこのエルヘブンを救った人なんだから…王城に行くまでもう少し待ってて」
何にしても報酬は貰えそうで一安心である。あれで全NPCの記録消去なんてやられたら折角の俺の苦労が水の泡だ。
ただ一つ気になる事が。
「なんか距離近くない?」
「…気のせいでしょ」
目を逸らしながら言うな、説得力皆無だぞ。
肩が触れ合いそうになる程の距離を果たして気のせいで押し切って良いのか。
役得だから俺は良いんだけど、先程からチラチラと視線を送って来られると凄く居心地が悪い。
敵意とか害意がある訳ではない、だけど他人から観察されるって苦手。
「そういえば、その子は…何?」
懐から俺の腕の中にシフトチェンジした白玉を撫でていると、緑騎士は少し不思議そうな目で聞いてくる。
「ペット兼相棒の白玉だ、可愛かろう」
「キュ!?」
白玉の両脇を抱えてご丁寧に自己紹介してやったら、何故か手を噛みつかれた。
とても痛い…けど、コイツ猫みたいに胴が伸びるな。
「…不思議。その子を見てると…何故だか懐かしい気持ちになるの」
「家で飼ってる猫に似てるとか?」
「飼ってないけど!?」
「キュウ!!」
緑騎士のツッコミに乗じて白玉も唸りを上げる。
待って白玉さん。
眼が、眼が据わってる。
ほんの冗談だって、円滑なコミュニケーションを育むためのお茶目な冗談。
お願いだから嚙む力を強めないで、そんなガリガリすると…あ、HPが減り出した。
「ふふっ、仲良いんだ」
「相棒だからな」
ニヒルに笑って見せたけど、うちの相棒はかなりお冠らしい。
王城に着くまでの間、延々とガリガリされ続けた結果…俺のHPは8割程消滅していた。
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大変厳か極まる王城内の通路。煌びやかな工芸品が飾られており、売れば高そうだ。
緑騎士の口八丁…もとい人徳により多少訝しがられながらも入城する事が出来たのだが、どんどん先へと歩く緑騎士に幾許かの不安を覚える。
だってこの方向、この道…見た事あるもん。
「なあ、これから」
「ちょっと待って、さっきシルフィアに呼んできて貰ったから」
「呼んだ?」
訳も分からずにどういう事かを聞こうとした時、
「貴公!」
前方に赤騎士。
そしてその横から飛来する赤と緑の二重螺旋。
だが、甘い。
正面から見えているのなら、この世界では例え高速だろうが避ける事が可能だ。
目に力を込めその動きを見定める。
素早く身を動かし、コートを掠めて二匹を…避ける。
「二度目はやらせねえよ!」
一度あるなら二度目も考慮する…当たり前の事だ。
おい精霊共、なんだその不満そうな面は。
頬を膨らませ抗議の意を示してるらしい二匹はそれぞれの騎士の元に飛んでいく。
「…済まない異邦人殿」
「気にするな、二回目だ」
「ごめんね、シルフィアには後でキツく言い聞かせとくから」
此方に来て謝罪を口にする赤騎士と緑騎士に言葉を返す。
別段怒る事でもないしな、小動物の戯れだ。
「それじゃあ行きましょっか」
「そうだな、着いてきてくれ」
マントを翻し、先導しようとする赤騎士とそれに追随する緑騎士。
いやだから、ちょっと待て。
「…なあ、先にどこに行こうとしてるのかだけ教えてくれない?」
「ん、ガブリエルから聞いているのだろう?」
「いや、何も?」
「あれ、私言わなかったっけ?」
それぞれ疑問符を浮かべる俺、赤騎士、緑騎士。何も聞いてないんだけど、報連相はしっかりしようぜ騎士様方。
「貴公への褒賞、それを渡す者は私でもガブリエルでもない」
「…ん?」
あれ、なんか雲行き怪しくなってきたな。
強いて言うなら、アズマで一度経験した事のあるような嫌な感じ。
赤騎士の歩みが止まり、その横に聳える一際大きな扉。
ああ、成程…こう言うパターンね。
「陛下。
精霊騎士ミカエル並びに精霊騎士ガブリエル、客人を連れて参りました」
『入りなさい』
周囲に木霊し聞こえる声と同時、扉は独りでに開き始める。
開け放たれた扉の先、王座に鎮座する穏やかな金髪の偉丈夫とその横に控えるどこかで見た事がある気がする少女。
随分と高そうな絨毯の中央を進み、王座の前で二人の騎士が膝を突く。
横の緑騎士が俺を見るが、俺は突かねえぞ?
「ミカエル、彼がキミ達が言っていた…」
「ハッ」
「成程、若いが随分と戦場を渡った者の相だ」
俺を上から下まで見回しながらそう告げる偉丈夫は、二言三言赤騎士に声を掛け、
「お初にお目に掛かるね、異邦人…いや英雄殿」
「英雄はやめてくれ、柄じゃない」
開口一番にそう宣った偉丈夫に肩を竦めて答える。本当にやめて欲しい、数少ない砂粒ほどの罪悪感が目を覚ますから。
「ちょっと貴方…陛下にそんな口聞いちゃ」
「良いんだガブリエル、彼にはその権利がある」
話の分かる偉丈夫で良かった、ここで口調を咎められたら速攻帰ろうかと思ってた所だ。
「私はアルファシア王国現国王ルディウス・デル・アルファシア。この子は娘のディニアだ」
「ディニア・デル・アルファシアと申します」
偉丈夫の名乗りに続いて傍の少女も口を開く。偉丈夫に似て随分と顔立ちは整っているが…眼の下大丈夫?
隈取りみたいになってるけど。
「キミの名前を聞かせて貰えるかな異邦人殿」
おっと、穏やかそうな見た目の割に随分と鋭い目を向けて来るじゃないか。
つい剣に手が伸びそうになったが、そういえば城に入る前に外してたっけ。
いや、斬る気は毛頭ないけど。
「リク、ただのリクだ」
「…リク。成程、良い名前だね」
警戒はそのままに、表情に出さず返せば偉丈夫から謎のお褒めの言葉を貰う。
「リク、まずは感謝を。
娘達から話は聞いているよ、キミのお陰で王国は救われたと」
「気にしなくていい、何というか…ただ成り行きで解決しただけだ」
そう口にすると、偉丈夫は僅かに微笑み頷きを返す。まさか、物見遊山から死神退治に発展するなんて思ってもみなかったからな。
「そしてもう一つ伝えなければならない。
彼女達の力を借りて…私がキミをここへ呼んだ理由を」
…報酬の話じゃないの?
不意に偉丈夫が指を弾けば、背後の扉が動き出し固く閉ざされる。扉の前にはいつの間にか姿を現していた二体の土塊…ゴーレムか?
退路を断たれた。咄嗟にアイテムボックスを操作し剣を腰へ、そして外套のポケットにもある物を取り出す。
「貴公!?」
「ちょっと待ちなさいって!」
剣呑な雰囲気を察したのか、二人の騎士が顔を上げ俺と偉丈夫の間に動く。
「何のつもりだ」
「凄いな、まるで猟犬…いや狼だ」
「何のつもりだと、聞いた」
ただ扉を閉めただけ…と言えばその通りだが、他人…それも一国の王とは常に警戒の対象だ。敵意は見えないが、現状俺は一人。
石橋は、叩き続けて渡るに越した事はない。
最悪数日前に調達した爆弾の性能調査を兼ねて、王城の壁を爆破し逃げる所存。
手中で小型を転がしながら次の言葉を待つ。
「…少し想定外だ。
いや済まない。紛らわしい事をしてしまったのなら謝罪しよう。安心して欲しい、私にキミを害する気はない。褒賞も勿論用意している。ただどうしても聞かせて欲しい事があるんだ」
「…話?」
「そう、話だ」
にこやかに微笑み、偉丈夫は王座から立ち上がり俺の方へと歩いてくる。
「お父様!」
慌てた声を出す姫様の静止も聞かぬまま、騎士達の間を通り俺の前へ。
警戒を最上限に、少しでも怪しい動作を取れば即、斬る。
俺の様子を見ながら、さも楽し気に偉丈夫は近付く。鋭い目をキラキラした幼子のような眼差しに変えながら…変えながら?
「もう一人の異邦人…このアルファシアに災いを齎した彼女を打ち破ったキミの英雄譚を、是非とも聞かせて欲しい!」
「…ン?」
「折角人払いも済ませたんだ、心ゆくまで聞かせて欲しい!」
「…どういう事?」
訳が分からずに騎士組の方を見れば、また始まったと言わんばかりにげんなりした顔。
すっかり毒気を抜かれた俺は、剣から手を離し改めて思う。
何を言ってんだコイツ、と。