握手会と旧友
ちょっとずつストックが溜まってきたからゲリラ更新。
エイプリルフール…良いですね。
女主人公物とかTS物は今まで読んだ事無いけど、正直首領が少女になった逆ハーレム閑話書きたいって常々思う。…今もそう大差ねえな。
三曲目の終わり、それに続くアンコールが終了し足早に帰路に着こうとしていた俺の元にピコリと一つの通知が入る。
「マジかよ」
「流石、我らの首領ですね」
「素引きしやがったなぁ」
ウインドウを開き何事かと確認してみれば、それは先程まで軽口混じりに喋っていた握手会の当選メール。
堅苦しい文章の後に当選しましたとだけ書かれた何とも業務的な物。
と言うかメッセージが運営からなんだけど。
「流石にそこそこ名売れのアイドルだからなぁ。運営が直々に捌いてるんだろぉ」
「首領、有名人とお近づきになれるかもしれませんよ」
「有名人なら女王とBBがいるだろ」
「あ、確かに」
名の知れた、どころか一回海外まで飛んだ歌姫様と毎度の如くニュースに出てるガチお嬢様…ネームバリューなら勝ってるな。なんでウチのクランにいるんだアイツら。
だがアイドルか、確かに一生に一度会えるか分からないレアキャラには違いない。
一度本物を拝んでみるのも経験としてはアリかもしれない。
「…まあ折角だし行ってみるよ」
「良いねぇ、首領も乗り気じゃねえかぁ」
「俺達は街をぶらついてますね」
ご丁寧に専用マップまで用意された握手会、メッセージから飛べるなんて随分と手の込んだ事をしやがる。
二人が街中に歩いて行くのを見てからウインドウの承諾を叩く…と視界が暗転、数秒の内に景色が切り替わる。
多少の転移酔いを感じながら周囲を見渡してみる。
「かなり人数は絞ったみたいだな」
子供、老人、あとは大きなお友達…もとい厳つい男プレイヤー。女も多少はいるようだが八割男だな。ざっと500人って所か。
視界の先にはつい数分前に見たあのアイドル三人組とそれを囲う黒服、そして長蛇の列を成すファンの群れ。
来たは良いがあまり居残りたくない、なんかライブ中とは別の熱気を感じる。
「俺、アヤちゃんの大ファンなんです!
新曲もデバイスに落としました!」
「ホント!?嬉しいなぁ!」
「illusionも最近アルテマやってるんですよね、今度狩り行きませんか!?」
「悪いけど、仕事と趣味は分けてるの」
「お時間です」
合コンのアピール合戦か?
いや、状況的にはキャバクラの自慢大会かもしれない。何はともあれ彼らは持ち時間ギリギリまで粘り、自分を主張しては黒服に首元を掴まれ退出している。
握手会とは名ばかりの地獄だな、そもそもアイドルを口説くな。…そんな中でやはり注目してしまうのはあの黄色。
「ゆりあちゃんさっきの歌も凄かったよ!」
「ありがとね~」
「配信とかして欲しい!参加型のヤツ!」
「皆と相談して決めるね~」
「はい、お時間です」
他の二人と同じように適度に客を捌いてる姿は間違いなくプロの技。問題は…あの女だけ妙に間合いの取り方が上手い。
対人ゲーやPKをやる人間なら何となく分かるだろう些細な差…他を見てるとより顕著に映る。
熱烈なファンも多く、時に距離を詰める人間も居る中で彼女だけは一度も他者の接近を許していない。
「取り敢えず並ぶか」
そもそも握手会でこんな事を考えていても杞憂に他ならない。穏便に終わらせて穏便に撤収、平穏とはかくも美しい。
人数も半分ほどになったので黒服の指示に従って最後尾に並ぶ。
「お客様…武器は一度仕舞ってください」
「あー、了解了解」
つい癖で腰に差していた毒小剣・改。
効果が効果だけに自衛用に便利だからすっかり忘れていた。
アイテムボックスに放り投げて待つ事数分…飽きてきた俺がいる。
得物がないとどうにも落ち着かない。
暇潰しにウインドウを開けばHaYaSEからメッセが届いている。二人でルディエの食い物巡りをしている様子。
俺も混ぜろ。
「次の方どうぞ」
「楽しそうだなぁ…」
「次の方ー」
どうやら調理ギルドで新作のスイーツが発売されていたらしい。
甘味ならメルティが持って来るから事足りているが、それはそれ。
甘い物は幾らあっても困らない。
「今から混ざりに行くか」
「あの、お客様」
「え?…ああ、俺か」
後ろから掛けられた声に顔を上げれば、どうやら既に俺の番が来ていたみたいだ。
黒服の困り顔と三人のアイドルの怪訝な表情を見ながら前へと進む。
さて、三人の中から一人を選ぶらしいが…どうしよう。と言うか、今日初めて見たんだからいるはずがない。
…よし、黄色にしよう。
「わあ、こんばんは~」
「どうも、ライブ素晴らしかったです」
「初めての方ですよね~?
お名前なんて言うんですか~?」
「リ…ジークフリートです」
純朴な青年ムーブを保ちつつ会話。
名前を借りるぞ、似非騎士。
顔を隠してるとは言えこの大人数の中に俺を知ってるヤツがいると困るし。
「ジークフリート…さん?」
「ジークと呼んでください」
俺の名前を聞いた黄色は、少し逡巡する様子を見せた後に再び笑顔を浮かべる。
何故人の名前で疑問符を浮かべられなければならないのだろう、我銀竜騎士団のジークフリート。
「初めてこう言う催しに参加しましたが、とても感動しました」
「楽しんでくれたなら良かったですよ~!」
嘘は言っていない…ライブ中、HaYaSE達はとても楽しそうにしていた。感謝は伝えたいと思ったのは本心。
そんな言葉を交わしていると、横の黒服から声が掛かる。
「お時間です」
「じゃあ最後に握手ですね~」
黄色から差し出された手に一瞬動きを止め、握り返す。そうだ、これ握手会だった。
笑みを濃くし手を離した黄色が手を振ってくる。軽く会釈をしてから俺は離れ、出口まで歩く。
「…なんか、すげぇ疲れた」
軽いノリで来たのが間違いだったか、NPCならまだしも他のプレイヤーと和気藹々と会話をする…という行動が俺は苦手だった。
ピコンッ
「ん?」
不意になった通知音。
誰かからメッセでも飛んできたのだろうか。
ウインドウを開き内容を確認すれば。
《『ユリア』さんからフレンド申請が届きました》
「…ん?」
誰かからのフレンド申請。
ユリア…どこかで聞いたような名前だが、申請を送ってくる相手に心当たりはない。
周りを見回してもこちらも向く者の姿は無く、ただ申請画面だけが映し出されるだけ。
「誤送信か?」
申請の誤送信なんて聞いた事もないが、もしかしたらアルテマの不具合かもしれない。
少しの間黙り込んでいると、再び通知…今度はメッセージ。
『握手会の後、少しお時間ありますか?』
怖い。
二度目と言う事は誤送信ではなさそうだが、何の目的があるのか分からない以上、安易に接触するのはリスクがある。
「送り先間違えてますよ…っと」
ウインドウを動かし申請を拒否。
流石に見知らぬプレイヤーとフレンドになるなんて真似出来ない。
フレンドか…そういえば、前に花火職人が店を構えたから会いに来いって言ってたっけ。折角ルディエにいるんだし、帰りに寄ってみようか。
「…面倒にならなきゃ良いなぁ」
アイツ、口が軽いからHaYaSE達と相性悪いんだよな。要らない事口走らなきゃ良いけど。
転移の光に包まれる中でそんな事を思いながら俺は会場を去るのだった。
数分前に聞いた名前を速攻で忘れてフラグを圧し折る男よ…大好き。