死神は謳い、道化は踊る9
「『月歩』『新月』」
まあ実際の所、俺は死神への有効打と呼べるものを持っていない。いや、今は使えないと言った方が正しいか。
コイツが襲撃を掛けてきたあの日…俺がPK出来たのは、因幡流の皆伝アビリティがあってこそ。
そもそもの問題…MP不足だ。
全く足りてない。
レベル1のMPなんて他のユニークスキルでバフが盛られてようと微々たる物だからな。
初伝や中伝は消費MPが少ないのに、なんで皆伝だけ馬鹿のように跳ね上がるのか。
性能の差ですね、分かります。
「ねえリクくん、ここのNPC良いわよ。
クロノスでも人間味があると思ってたけど、アルテマはまるでリアルの人と同じ!」
「それを容赦なく葬ってるお前は生粋のサイコだったりする?」
「残念、お姉さんはリアル警察官なのです」
「…改正するべきだな。
お前みたいなのを法の番犬にするなんて、イカレてる」
「あー、ヘイトスピーチー?」
「事実だろうが…」
剣と大鎌をぶつけ合いながら舌を回す死神に辟易してしまいそうだ。
今戦闘って事理解してる?
「なあ死神、お前レベル幾つだよ」
「言うと思ってるのぉ…90よ?」
「そっか、俺は1」
「へぇ…はい?」
案外動きが分かりやすいんだよ、この黒鎌。
アビリティを使用し大鎌を流し口を開く。
あ、剣折れた。
90、八千代達と同じ位か。王国に潜伏してた癖にどうしてそんなにレベルが高いんだ。
「リクくん、今まで何やってたのぉ?」
「庭遊びだ…よ!」
競り合いでは流石に鈍器と直剣じゃ分が悪い。
欠けた直剣を地面に刺し右鞘から二本目を抜き斬る。7年も剣を振っているが、一向に上手くなる気がしない。
いつも少し振れば壊れてしまう。
「お姉さんガッカリ…あの日のリクくんとまた遊びたかったのに」
「お前の都合に合わせる訳ないだろ」
残念がる顔が死ぬほど癪に障るな。
迫りくる鎌の群れを避けながら首を狙う。
…この黒鎌の即死付与、実は武器にも有効だったりする。武器にとっての即死とは耐久値の減少。
これに当たればゴリゴリ削られるんだよ。
はい、二本目ご愁傷。
「相変わらず気持ち悪い動体視力ね。
どうしてお姉さんの動きが分かるの?」
「お前の方が気持ち悪いけど」
「女の子に言う台詞じゃないわねぇ」
女の子って歳かよ、俺より何個か上の癖に。
「今、失礼な事考えたでしょ?」
「気のせいじゃない?」
どうしてこう女とは謎のセンサーが働くのか。
振り回す大鎌の速度が上がり、出したてホヤホヤの二本目の剣が死んでしまった。すぐさまアイテムボックスから別の剣を装備し後ろへ避ける。
くわばら、くわばら。
幾ら在庫が充分とはいえ、そんなにポンポンと壊さないで欲しい。
どこぞの昔話じゃないけど、俺も一枚目の札を切るか。
「死神、頭上注意な」
「頭上?」
「出番だ、骨」
右腕、紫石が嵌る指輪を前に突きだしヤツを呼ぶ。
下に浮かび上がる巨大な魔法陣、その中心から幾本の骨腕が死神に襲い掛かる。
ああ、ごめん。注意するのは足元だった。
『供物カ…主ヨ』
「食ってヨシ!」
姿を現すは三面八臂の黒い大骨。
さっきここに来る前、骨少女に出せる限りの食い物を与えてやったら何か凄い事になった。お陰でアイテムボックスの中は伽藍洞、食った分働けよ。
「ナニコレ気持ち悪い!?」
「もう一回、お前が言うな」
後ろから生えてる黒鎌も充分気持ち悪いわ。
死した者の飢餓、どこからどう見てもアンデッド。不死属性に即死は効かねえよな?
さあ舞台はまるでレイドボスに挑むソロプレイヤー。
ああ、死神さん一人様なんでしたっけ?
お可哀想に。
「仲間がいるって良い事だぞー」
「なんで観戦に回ってるのかしら!?」
ちゃんと合間合間で斬ってるじゃん。
俺と戦いたくばその骨を下して見せろ、相手が四本ならウチの骨は八本腕。
押し潰すように掌を振り下ろす骨と、それを避ける死神は…控えめに言ってモグラ叩き。
着々と攻撃を入れているのは良いけど、骨の猛攻が止まらない。
「…蠅みたいだな、アイツ」
「聞こえてるわよ!」
死神の耳は地獄耳と。
「『断裁』」
『ムッ…』
骨を登走し再びの飛ぶ斬撃、一本取られてしまった腕が落ちる。
流石は元PK数トップ、ボス相手でもお手の物と。
完全にキラーカードと思って召喚したけど、あの女は素で強いからなぁ。左腕ないのに鎌を引き摺るとかどこのホラー映画だろう。
さて、ウチの骨はどう動くのか。
『コノ身ハ…骸…『死骸ノ妄執』』
落ちた腕が姿を変える。
次々と形作るのは昔アイツが喰らった者達かそれとも集合体となった霊魂。
朱雀の時には使っていなかった新技、あれはアビリティ扱いなのか?
黒骨の集団は怨嗟の声を呪いの如く発し、死神に集り始めた。
『餌…餌…』
『供物…』
『オ腹空イタ…』
「今度は数でゴリ押しかしら!」
…怨嗟?
何というか、凄く嫌な光景だ。
目前の死神を餌と認識し文字通り死兵となって戦い始める亡者達。
大鎌で退けながらも手足に傷を増やし顔を引きつらせる死神。亡者の群れをすり抜け安全圏から死神を斬る。
此方に振るう鎌は亡者に拒まれ当たらない。肉壁最高。
「黒鎌取ったら飯を倍増してやる、気張れ」
『『『『ウォォォォォォォォ!』』』』
「全然減らないわぁ…『ハイヒール』」
野太い咆哮…骨なのにどっから声出してるんだろ。亡者の動きが変わり、その殆どが黒鎌へと狙いを変えた。
忠実じゃないか、素直な子は好きだよ。
回復を施し両者絶えずに戦闘を続けているが、これが世に言うゾンビ戦法って奴なのか。
「『死神』」
危ない。
四本の黒鎌を回転ミキサーの如く振り回し、一掃しようと試みる死神、それでも減った傍から増え続ける亡者は次々とその刃に噛みつく…怖。
「ほれほれ、まだお代わりはあるぞ」
骨の肩に飛び乗りながら死神に声援を送る。
煽り散らかすなら今の内だ。
どうせそろそろあの人間モドキも本気を出してくる。
この攻防は前哨戦のような物、ようはアイツの頭を沸騰させてアレを出させればフェーズは終了。
『ウォォォォ!』
ガリガリと黒鎌の一本を齧り取る、亡者の一体が雄叫びを上げた瞬間。
死神の目が怪しく光る。
「本当にビックリ箱みたいな人」
「道化だからな」
「使うの、待ってたでしょ?」
「さっきの戦闘で一度も使わなかったんだ、来るとは思ってた」
「これはキミ達二人用だもの」
なんて有難みのない専用技。思わず涙と吐瀉物を巻き散らしてしまいそうになる。
正直ミカエルにはここまで引き出して欲しかったと言う気持ちはある。
相手のカードを切れるなら幾らでも様子見を決め込むが、今回は折角の俺の計画が台無しになりそうだったので仕方なしに乱入してしまった。
「ふふっ、メメントモリ、メメントモリ…『死詩想演』」
死神の後ろから再び口を開く異形が、亡者諸共食い潰す。
お色直しと言うには気色の悪い咀嚼音が響き渡り、その主が舞台に上がる。
オフラインゲーの魔王って第三形態まであるんだよな。コイツの事じゃねえか。
「どうリクくん、私綺麗?」
白。
十人が見れば誰もが振り返るだろうその相貌。髪は黒と白が入り混じり光に輝き、纏う装束は襤褸切れの神官服から純白のドレスのように。
白一色、大鎌すらも白く染まっている。
ああ、全く…自分で立てた計画ながら。
「凄い悪趣味」
最悪の気分だ、唾を吐きそうになる。
Q,戦う力がないです、どうしたらいいですか。
A,他力本願。




