死神は謳い、道化は踊る3
ガブリエルとの死闘と言う遊戯を終えたペイルライダーは、気分が向上している。
打つ手の無かった、死に瀕する者が自身の全てを賭けて挑むシチュエーション。
それは彼女が愛するどの悲劇よりも甘く芳醇な味を持つ。だからこそ、ペイルライダーはスキルを使わず自身の手によりその首を断った。
ーー鎮魂歌を謳いあげよう。
今日は彼女達NPCにとっての紛れもなく怒りの日となったのだから。
楽しいゲームを盛り上げてくれたNPCへの言葉無き賛辞。既に地に伏せた勇敢な騎士に最大の賛歌を。
「さて、それじゃあ残りを片付けちゃおっと」
それはそれとして、この虐殺劇は続けるけどね。
まだまだ劇は始まったばかりなのだから。
詩を謳い終わり再び己の獲物を引きずり歩き出す。
今日はとても良い日取り。
温かい陽射しに柔らかな風を感じながら、既に目の前にある王城へと登る。
城の上では今か今かと自分を待ちわびる騎士たちと、先程の風の騎士と同じ鎧を纏う男。
どうやらまだ、自分を楽しませてくれる配役は残っているらしい。
「あはっ」
自然に口から喜びが漏れ出し、口角が上擦る。
楽しい、楽しいわ。
単純なステータス差とユニークスキル。
それも興は乗るのだが、自分が心から楽しめるものは何時だって死力を賭した者の戦い。
仲間を殺された道化はその怒りを振るい自分を屠った。自分を悪だと断じた天剣は有り余る正義感で私を打破した。
銀竜の子達は…まあ悪くない子も居たけど少し不満かな。
剣姫、聖騎士、魔弾の射手…NPCにも信念の元に散った者達も居た。
今まで戦った強者達の顔を一人ずつ思いだし笑みを濃くするペイルライダー。
こんなにも楽しい場所でただクエストを進めるだけの日々なんて勿体ない。
戦争がないなら、自分が舞台を作りあげよう。
劇は続く。
「そろそろお姉さんも、上がってきたわ!」
「怪物がッ…!」
戦斧を蹴り上げ肩に乗せるペイルライダーに、ウリエルは血管の浮き上がった顔で大槌を握る。
両者接敵の後に相対す。
抜身の剣を振り回し、槍を向け、弓を携え城に現れた異邦人を討たんとする騎士。
「『クライドスラッシュ』!」
「『一点突き』」
「聖霊よ…『風霊の矢』」
彼らとてただの騎士ではない。
王国守護の命を帯び戦う守護隊の者達。
その連度は忠義を重んじる帝国にすら引けを取らず、弛まぬ鍛錬によりこれまで幾度となく王国を護ってきた。そんな彼らの連携はただの斧の一薙ぎで粉砕される。
相手が悪すぎる。
ペイルライダーには『処刑人』の他にもこれまで行ってきた非道により、多くの経験値を得ている。
そして…先程のガブリエルとの戦いで得た新たなスキル。
『精霊の仇敵』
精霊に類する者への攻撃補正。
国の為に死力を尽くした者を斬った事で、こんな特攻を得るなんて何とも皮肉な話だろう。
ユニークスキルだけではない、彼女と言う存在は言わばNPCに対する災厄。
それは単騎戦、集団戦問わず彼らを歯牙にもかけない程。
「あああああ・・・ッ!」
「こんなの、勝てる訳ねぇ!」
先程までの威勢を失い、後退を始める守護隊。
無理も無い話だ。
誰だって勝てない者に向かいたくはない。
生物としてごく当たり前の行動だが、ペイルライダーの前では悪手。
彼女は死に体でも向かってくる者を好む、それが強者だろうと弱者だろうと自分に向かってくる姿に価値を見出す。逃げる者とは即ち価値無き者。
「『断裁』」
詰まらなさそうにアビリティを使用し戦斧を振る。
黒い斬撃が逃げた者達に着弾する。
王城を護る者達とはどれ程の物かと期待したら、この体たらく。
悲鳴を上げて逃げる騎士を狩っていると、一人だけ動かない男がいた。
体に黄の光を纏うウリエル。
「貴方も使えるのかしら、真霊武装」
「ガブリエルも使ったみてぇだな」
「ええ、ちょっとだけ楽しめたわ」
「・・・ッ。そうかよ!」
真霊武装を使ったガブリエルと戦い、ここに現れたのなら彼女はもう生きてはいまい。
ウリエルは情に厚い男だ、そして気も短い。
二人の戦友の死と、目の前で行われた部下の死により既に彼は沸騰しそうな感情を発露している。
感情に応じ精霊が輝く。
「『真霊武装【地厳】』」
黄の鎧が姿を変えた。騎士甲冑を顔を覆うフルメイルへと変貌し、大槌が肥大化する。
ガブリエルが神速の体現ならば彼は強固な巌。
ミカエルですら破る事が出来なかった大地の砦はどれ程STRを盛った者でも簡単には砕けない。
『ここを通らせる訳にゃいかねえんだよ』
「あら素敵!」
自分に敵意を向ける相手にペイルライダーは喜ぶ。
そうだ、こうでなくては面白くない。
舌なめずりをして獲物を吟味する女と、約束を胸に秘め戦う男。
序幕の終わりが近い。
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星が無数に埋めく夜の世界。
カノジョは手元のコンソールを弄りながら、世界を俯瞰する。
目の前に広がる無数のウインドウに映るのはそれぞれの国で動く者達。
ーー異邦人
クロノスの呪縛を解き次の階位へと進んだ人類。
それは銀の竜のエンブレムを輝かせる男。
それは正義と宣い黒竜を退けた少女。
それは数多の女性プレイヤーを引き連れる青年。
それは世界の解明に躍起になる老婆。
それは森の中を彷徨い遭難する少年。
それは王国に崩壊を齎す女。
可能性を秘めた者達の姿を見ながら、カノジョは笑みを浮かべる。
この世界を楽しむ姿をカノジョは喜ぶ。
そして、もう一つ。
数多くあるウインドウの上に、一回り程大きく映し出されたソレはカノジョのお気に入り。
龍と共に空を駆る男。
何度も死ぬ死ぬ死ぬ死ぬと喚き、若干涙目で桜色の龍の背に捕まる彼。
真神たる月の少女が愛した特異点。
常に呆けた言動を取りながらも、厄介事に巻き込まれる彼の姿はカノジョにとって数少ない娯楽の一つだ。
「アナタは」
神とは常に不公平と誰かが言った。
気に入った者には尽きぬ愛を与え、それ以外には酷く平等だ。まるでこの世界の様に。
ならばカノジョもいうなれば神だろう。
「・・・・・・」
コンソールから手を離し、周囲の星を指で打つ。
因果の律を束ねる。
彼はきっと自分の介入を望んではいないだろうけど。
だからせめて、この事件の終わりを少しだけ手伝う行動を。
ワタシに楽しい物を教えてくれた彼の為に。
あ、コイツ一度も首領とあった事ないです。
ただどこぞのルナさんと同じで只管観察してました。
羅刹丸と言いルナ様と言いストーカー多いな。
癖です。
ある意味最も首領の天敵。




