死神は謳い、道化は踊る2
どこに向かってるのアルテマ・オンライン…作者分からない。
「フンフン♪」
小口に歌を滲ませ軽快な笑みを浮かべる神官服の姿は見ようによっては可愛らしいものだろう。
その女が巨大な戦斧を引きずり、先程斬り飛ばした精霊騎士の右腕を持ちながら笑っていなければ。
ペイルライダーは今この時を楽しんでいる。
重なる死体の残骸と、辺りに斬痕を残した建設物。
数時間程前までは傷一つ無く綺麗な光景が広がっていた王都は既に死した街と変わり果てていた。
王城を目指しながらも、目に付いたNPCを片端からロストさせて歩き回り、時にはお腹が空いたと昼食を取り、幾度も迫る騎士たちを薙ぎ払う。
まるで天災。
縦横無尽に戦斧を振るい上げ、泣き崩れる子供も命乞いをする老人も慈悲の一つも見せずに命を刈り取る白い天災。
「精霊武装、面白いスキルだったけど少し物足りなかったかしら」
精霊術は魔物使いや召喚術師の使うスキルとは似て非なる物。
それは精霊との親和性が高ければ高いほど身に受ける恩恵が高まり、ある者は精霊をその身に宿し、またある者は精霊を武装へと顕現させる。
精霊騎士は、精霊使いの中でも上澄みの者達の総称なのだ。
片方の腕を失ったガブリエルは、それでも風精霊シルフィアを槍へと顕現させ戦う。
精霊の加護により風を纏い、圧倒的速度から放たれる瞬迅の突きは国の城壁すらも打ち破る事が可能だった。
…そう、だった。
相対した時、ガブリエルは確かにペイルライダーの体にこの風槍を打ち抜いたはず。
だが、その切っ先は彼女の頬を掠めただけでいつの間にか自分の右足は落ちている。
「…なん、で」
「だって、動きが分かりやすいんですもの」
事もなげに告げるペイルライダーは、先程まで浮かべていた笑みを不満げな表情に変える。
ただそれだけの事なのに何を言っているのだろうか。
そんなつまらない物を見たような顔。
彼女の言葉は限りなく正しい。
進化したAIは現実の人間と同じように考え、行動する。確かに対人戦の少なかったプレイヤーならば苦戦するだろう。あるいは無意識に手を抜く。
常に行動を考え、動きを変える…そして一度命を失えば死んでしまうNPCはこの世界では限りなく普通の人間。
しかし、それは普通のプレイヤーの話。
ペイルライダーやそれに類する者達にはこの世界における倫理観など存在しない。
例えばそれは首狩道化。
限りなく人間に近しいと思いながらも、根本ではNPCをデータの集合体と理解し躊躇いなく凶刃を振るう彼。
例えばそれは天剣。
自分の正義に従わない者ならばプレイヤー、NPC問わず容赦なく切り伏せるホワイトネームの彼女。
種類は違えど、彼らは本質的にはペイルライダーと同類だ。
「お姉さん的にはちょっとガッカリ…あの青い騎士のおじさんも弱かったけど、貴女も弱いのねぇ」
「・・・ッ、ふざけるな!」
かつて、ペイルライダーに玩ばれた同僚の姿を思い出しガブリエルが吠える。
王国の守護の任を受けこれまで戦ってきた自負、そして王国を護ろうと誓い合い背中を預けてきた戦友を愚弄される事など許せはしない。
手に持つ槍を杖として、持ち得る力で立ち上がろうとする。
「あらあら…まだ立てるの」
「まだ、負けてないのよ」
精霊は未だ自分に力を貸してくれている。
聖国に行ったミカエルとの約束を守る為にも、死力を尽くしてでもここでこの女を止めなければならない。
恐怖と怒りに身を任せながら、ガブリエルは叫ぶ。
「力を貸して…シルフィア!」
風の暴発。
ガブリエルの体を取り囲むように王都中の風が彼女の元に集まる。腕に、体に、そして足に。
精霊は人の想いに呼応する魔力体。
自身の契約者の強い想いに反応し彼女の思い描く姿を魔力物質として現す。
薄緑色の鎧に光を宿す。
魔力で編まれた装束に、周囲を震わす風槍。
精霊武装本来の力。
「『真霊武装【風翔】』」
「わぁ!」
喜色を上げて喜ぶペイルライダーを他所に、ガブリエルは顔を歪ませる。
真霊武装は強大故にその負荷が大きい。
今も全身を蝕む強い痛みに耐えながらも彼女は薄緑の義足で前に進む。
・・・以て三分の短い時間でペイルライダーを打破しなければならない。
「『風駆け』!」
地を蹴りながら飛翔するガブリエル。
精霊武装の具現化によって放たれる突きが瞬速ならば、この一撃は正しく神速の域にまで達するか。風の神の残滓によって発生した精霊は、その想いを実現させる為に輝く。
「はやいはやい!」
「ッ・・・なんで!?」
それでも当たらない。
全てを目視のみで制し次々と迫りくる風槍を踊るように避け続けるペイルライダーに、ガブリエルは焦る。常に最高速で放たれる槍撃、一度でも当たれば確実に屠れる威力のある突きがただの一度も当たらない。
調整ミスでもバグでもなくペイルライダーは全て見切って避けている。
「ごめんね。お姉さんそういう攻撃は二回目なの」
「そんな、馬鹿な事ある訳」
「リクくんはもっと速かったわ」
思い出すは最初で最後の逢瀬。
蝕む月に身を委ね、死に体なのにも関わらず自分の首を狙ってくる好敵手の姿。
あれは良かった、胸が躍ったと語るペイルライダー。
ーー届かない。
文字通り、全てを出し切った決死の攻撃も彼女からすればそんな思い出話に興じられる程の価値しかないのか。
自信、希望、渇望…全てがボロボロに砕け散り、涙が零れ落ちる。
「気を抜いちゃダメよぉ」
放った槍を、戦斧で受け止められた。
一瞬だけ動きを止めてしまったガブリエルの胴に反された斧が当たる。
「あがっ…」
何度も転がり地面に倒れ込むガブリエルに鈍い音を立て戦斧を引きながら近づくペイルライダー。その様は死神の鎌先を幻視してしまう。
痛む全身と腹部を抑え、懸命にその場からに逃げるように体を動かすが…焼け石に水。
「あ…ああ…」
「メメントモリ、メメントモリ…死はいつでも貴方の隣にいるわ」
そんな物は初めから理解していた。
それでも…。
「いや…だ…しにたくない…」
身近に迫る死の匂い。
最早二人の声しか聞こえない。
「たすけて」
「ありがとね、お姉さんちょっとだけ楽しかった!」
静寂はどこか死に似ている。
音は途切れた。
あれ、さり気なく首領が戦犯してる?
良いよね…死力を尽くしても力及ばず、最後に零れ落ちる生き物としての本音。
あ、ついでにガブリエルさんも高身長だったりします。
170㎝位、高身長女子最高。
ここで補足
NPCを襲うプレイヤーは数少ないけど確かに存在します。
ただ、その殆どが手に掛ける瞬間に躊躇う。
最初はNPCだと思ってやった悪行でも、あまりにリアルな行動に本能的に止まる。
そして結局強盗紛いの行動をしてカルマ値を稼ぎ衛兵に捕縛される。
現状彼ら相手によっしゃ殺ったろ!って言って実行に移すのはここで出てきた三人とNPC専門の人斬りクラン位。首領に関しては地雷を踏めば色々言い訳考えながら割とすぐに手が出る。
いつか別の話で出したいな。