死神は謳い、道化は踊る1
一方その頃
仕事を終わらせ、早々にアルテマにログインすると仲間達から多くのメッセージが届いていた。
俺なにもしてないはずなんだけど。見ればどうにも嫌な名前がチラチラと散見しているので、一旦配信を付けてみる事にする。
「なんか、盛り上がってるな」
《死神がやっちゃったからね【月見大福】》
《まさか開始数か月で戦争が起きるとは誰も思わなかったのだろう【†災星†】》
《掲示板、凄い、お祭り【BB】》
送られてきたリンクを開くと、攻略組が多く使用している掲示板。その中では昔のペイルライダーのやらかしを新規に教える者や、何故か自分も狩られた事があるとクソの自慢にもならない事を自慢する者など様々だ。
批判の意見は数あれど、やはりアイツの所業を知る者が多いせいかそれを埋めるようにこの人力イベントを楽しんでる様子。
どいつもこいつもまるで他人事。
それもそうだろう、王国へ続く道は封鎖され手を出そうにも出せないのだから。
「運営に動きは?」
《まだ何の声明も出してないね【月見大福】》
《NPCとの戦争なんてクロノスでも起こらなかった珍事、対応に困っているのでしょうね【ハートの女王】》
《あっちでもあの女が英雄を何人か殺してるはずなんだけどねぇ【桜吹雪鱈】》
《AIの知能が高くなかったんじゃねえかぁ【HaYaSE】》
全てが後手後手に回っている状況って事かな。
今の帝国にいる攻略組のレベルは70前半位だろうし、その気になれば死神用の時間稼ぎも出来るだろうが…出来ないかなぁ。
「いっそ天剣を王国に送るとか有効そうだけどな」
《あの正義中毒?【ハンペン騎士】》
《化け物に化け物をぶつける戦法【シモン】》
《…確かにアレなら行く【白椿】》
《虐殺から大怪獣バトルに変わるだけに一票【flowerdrop】》
良いと思うんだけどな、死神の鬼札には最適な女だし…都合のいい女?
最大の問題はアイツの正義かどうかの琴線に触れる事だけど、死神が首謀者なら嬉々として行きそう。
あの偽善者、なんでか俺と死神に対する殺意が異様に高いし。
他の対抗馬はそれこそ英雄NPCだろうが、あの騎士の話じゃ行方不明らしいから望み薄。
「考えれば考える程、王国不味くない?」
《凄い不味い!【八千代】》
《俺らの時も、お嬢達が時間を稼いで首領が殺りやしたからねぇ【蛮刀斎】》
《AIが進化してるなら可能性はありそう…かも?
【月見大福】》
《だが、あれには処刑人があるぞ【†災星†】》
《そうだった…【月見大福】》
処刑人か。
声高にあの女がべらべらと喋ってたな。
確か聖騎士のNPCを殺して手に入れたスキルだったっけ、単体でも火力の高いアビリティと追加効果のNPC特攻。
なんで運営はそんなユニーク作ったんだろうね。
持っちゃいけないヤツが持ってるPart2。
こうして考えると死神ってクロノスだとまだ自粛してたんだな。
街中で虐殺なんかやってなかったし。
いや、アイツ英雄殺してから出禁食らったんだっけ。
アルテマ移行で解けちゃったんだ…出禁。
監獄の呪いも出禁も帳消しでユニーク持って闊歩する人間の顔した怪物。
凄い笑える、いやクソも笑えないけど。
「まあ、俺らにも打つ手はないし終結を待つしかないかな?」
《それは、そう【BB】》
《もしかしたら死神討伐イベとか発行されるかも?【桜吹雪鱈】》
《それはそれで面白いかも!【八千代】》
誰が参加するんだ、そのイベント。
王国アルファシアに行って死神と握手でもすれば良いの?間違いなくトラウマ量産しますね。
だが、折角のプレイヤーとNPCの戦争。
静かに運営からの連絡を待つだけでは芸がない。隠者を使って戦場カメラマンでもやりに行こうか?
…遠いのがネックだよな、絶対すぐに飽きる。
「野次馬しに行きてぇ…」
《首領がまた馬鹿な事言ってるぞぉ【HaYaSE】》
《不謹慎過ぎて草【凱歌】》
《まあゲームだから、ここ【月見大福】》
《NPCは復活しないがな【†災星†】》
仲間達の反応を見ながら笑っていると、後方から飛来し俺の首元に纏わりつくピンクの鱗が。
桜玉である。
そういえば最近構ってあげられてなかったからな…もしや、寂しくなってしまったか。
蛇のように首から胴をグネグネと移動する桜玉を撫でつける。
「グルァァァァ」
「どうした?」
しきりに自分の身を動かし何かをアピールしている。
ごめん、なんも分からないよ。
頭を悩ませる俺だが、後ろに気配。
「リク様」
「ハルカか」
「すみません、盗み聞きになってしまいました」
まあ仲間達は画面の向こうだし、誰かは限られてるんだけどな。バケットを手に持ちこちらに歩いてくるハルカはどこか憂うような顔をしている。
不味い、さっきの話聞かれた?
「リク様は、これから王国へと向かわれるのですか?」
「いや、ちょっと気になる事があるだけで別に行こうとは…」
《言葉を濁した【月見大福】》
《言っちまえよぉ、戦争の見物って【HaYaSE】》
やめろお前達。
ただでさえ最近低下傾向にあるハルカからの友好度が更に下がるだろうが。
コメント欄を自然な風に隠そうと画策していると、ハルカが声を上げる。
「分かっています。
私もハナさんから話は聞いていますから」
「ハナさん?」
《ウチの事だよボス【flowerdrop】》
ああ、華ちゃん。
確かにハルカはflowerdropと良くお茶を飲んでるみたいだけど、何の話を聞いたんだろう。
「今王国を襲う危機の元凶は、リク様と因縁のある者だとか」
「まあそうだね」
《あ【flowerdrop】》
「リク様は、その者と再び相対するつもりなのですね?」
「え?」
ん?
ただの物見遊山というか観戦なんだけど、なんでそんな話になってんの?
目を輝かせ俺を見る彼女はさながら英雄譚を語るように続ける。
「ハナさんが嬉しそうに仰っていたのです。
リク様は一度受けた屈辱を決して忘れる事はないと。かつての仇敵、それも王国を襲う存在を貴方は討ちに行かれるのですね?」
「・・・・・・・」
《違うんだよボス…【flowerdrop】》
《面白くなってきたのう【ゴドー2号】》
訳が分からない。
何故かハルカの中では既に俺が死神と戦う腹積もりになっているらしい。
flowerdrop、マジで何を言ったんだ。
「我ら龍人族もそのお気持ち、理解できます。それは桜玉様も同じなのでしょう」
「グルァァァァ!」
桜玉が俺の傍から離れ咆哮を上げる。
桜が舞う。
以前『桜前線』を使用した時のように彼女の全身を花びらが舞い踊る。小柄な体躯をすっぽりと覆い尽くし、それは徐々に大きさを増してうねり出す。
「・・・・なにこれ」
《綺麗だねぇ!【八千代】》
《あぁ、首領ドンマイ【凱歌】》
花びらを風が飛ばし姿が現れる。一回り、いや二回り程大きくなっただろう桜玉の姿だ。
マスコット的可愛さのあったその相貌を獣の如き鋭さへと変え、緑の角は大樹の末枝の様。
鉤爪なんて俺を一薙ぎで切り裂けるだろ、それ。
「…龍血解放?」
「私も一度見せて頂いたきりでしたが、緋桜龍様と瓜二つです」
「爺さんもこんな感じなんだ…」
「山ほどの大きさですよ」
山かぁ、凄いなぁ…大きいなぁ。
大きくなったのは良いけど、顔を押し付けて来るのは止めて欲しい。
鉤爪食い込んでる、ダメージ入ってる。
「グルァァァ!」
「…背に乗れと?」
「さあ、リク様!」
「いや、あの別に今すぐ行かなくても…」
外堀がどんどん埋められていく。なんで今日に限って強情なのコイツ等。
誰か助けて。
《日頃の行いじゃない?【月見大福】》
《逝ってこいよぉ首領~【HaYaSE】》
《ワクワクするね!【八千代】》
《首領、頑張って【BB】》
味方がいない。
面白がってコメントを打つ仲間達だが、思い出して欲しい。
「俺、レベル1だけど」
《今更でしょ【月見大福】》
《CCの創設日を思い出しますわね【ハートの女王】》
《首領、何も考えず斬れば良い【朱雀】》
賛成多数、拒否権無し。
口は災いの元とは良く言った物だが、今日ほど自分の口を呪った事はないかも。
・・・こうして、俺の王国行きが確定した。
どうせ死んでも生き返るんだからとっとと行け。
英雄譚が大好きな文系女子、良いよね。
ちょっと小噺。
flowerdropが語る首領語りは7割ノロケ。
やれ首領はここが良いだの、ここが凄いだのと語りまくる。
そしてそれを愚直に信じるハルカさんと桜玉ちゃん。
他の女子組が合流すると、一気に騒々しくなる。
仲は良いけど些細な点で解釈違いが発生する。
まあ最終的には首領良いよね…で終わるけど。
男連中はそこら辺結構寛容。
誰かがここ良くね?って言えば腕組して分かる…うんうん…とか頷く。
そこに首領が合流、耳を塞ぎながら悶絶して揶揄われる一幕が割と頻繁にクロノスで起こっていた。