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貴方のためなら

作者: メイリ

 その日、私に向けられた視線のほとんどは、嫌悪をともなったものだった。



 私の名前はシルヴィア・クアントロン。

 クアントロン公爵家の娘で、このバルトラ国の王太子、ラインハルト様の婚約者……だった。

 この国は常に魔物の脅威に晒されている。

 隣国、ガルド国から優秀な魔術師を借り受け結界を張って、どうにか魔物を抑えている。

 我が国でも魔術師を育てているが、エルフを始祖に持つ隣国の魔術師と比べるとまだまだ未熟だ。



 私は今、この国を捨て隣国ガルドの王弟に嫁ぐために国を出ようとしている。

 そう、この国の者にしてみれば私は自国の王太子を捨て、隣国の王弟に乗り換えた悪者。

 でも私は、どんなにこの国の者に恨まれても、そうするしかないのだ。

 ………愛するラインハルト様、そしてこの国の者達を守るためにはこの道しか………。



 私とラインハルト様の婚約はもちろん政略によるものだが、私たちは間違いなく互いを想い合っていた。

 このまま二人で、この国を守りながら幸せに暮らしていけると信じていた……。

 あの時までは。



 ある時、隣国の王弟が我が国へ視察に訪れた。

 その時に私は王弟に見初められた。

 もちろんラインハルト様や陛下、家族は全力で拒否してくれた。

 でも、私は、この国を離れることを選んだ。


 でもそれは決して、王弟を好きになったからではない。

 むしろ私は王弟を憎んでいる。

 あの王弟は、この国を人質に私に婚姻を迫ったのだ。

 もちろんそのことは誰にも告げるなと言って。

 私に出来ることは、ただ愛するラインハルト様とこの国を救う為に嫁ぐことだけ。




 ラインハルト様と国を捨てた私は、隣国で幸せになどなれるはずもなかった。

 王弟には既に五人の妻と愛人がいたのだ。

 私は彼女たちにいびられ、罵られ、それを見て満足そうに笑う王弟を、ただただ恨んだ。

 私はこの誰にも告げることのできない想いを、溢れ出す感情を、文字に残すことしか出来なかった。

 私には大きな攻撃魔法を撃つことも、魔獣を防ぐ防御陣もはれないが、得意な魔法が一つだけあった。

 手紙を任意の人にだけ見せることが出来る能力、いろいろ設定も出来る。

 私はこれまでのことを全て書き、封じた。

 見ることが出来るのは、私の死を心から悲しんでくれる者。

 きっと近いうちに私は死ぬ。


 王弟は私のことを手に入れただけで満足し、それ以降は私を放置している。

 この国に味方のいない私は、格好の獲物だ。









 ………その日、クアントロン公爵家は静まり返っていた。

 隣国に嫁いだ娘が、物言わぬ身体になって帰って来たからだ。

 その娘を前に、父と母は悲しみに暮れた。

 隣国で幸せに暮らしていると信じて送り出した娘が、一年余りでこのような形で帰って来るなど、夢にも思っていなかったからだ。

 二人が娘の前で泣きすがっていると、どこから封筒が降って来た。

 二人はそれを開き、中を確認すると、その内容に怒り、悲しみ、後悔した。


 そして二人は、婚約者であったラインハルトもどうにか呼び、娘に対面させた。

 隣国で王弟と幸せに暮らしていると思っていた最愛は、頬はこけ、洋服から見える範囲でも暴力を受けた痕が見受けられた。

 ラインハルトは最愛のその姿に、声を出して泣き続けた。

 すると今まで見えていなかった手紙が、見えるようになった。

 その手紙を見たラインハルトは、その内容に叫んだ。

 何故自分は最愛を最後まで信じてやれなかったんだ!と。


 異例のことではあったが、シルヴィアの葬儀は国民に公開された。

 誰しもシルヴィアに起きたことに泣き、悲しんだ。

 そして、皆が手紙を見てより深く後悔した。






 この国は魔法が遅れている………しかし一つだけ王家に伝わる伝説級の魔法が存在する。

 隣国の者でも扱うことが出来ない、時を操る魔法。

 いろいろな条件が重ならなければ発動しないこの魔法が、その日発動した。

 その日は、隣国の王弟の指示で、この国を護る結界が無くなった日だった。

 魔物が国を襲う中、その魔法は発動した。

 今から十年前へ。







「え? 」


 私は急に記憶を取り戻した。

 それは、忌まわしい記憶、悲しくて、苦しくて、辛かった記憶。

 でも、何故私はここにいるの?

 だって私は隣国で死んだはず………でも、ここは私の、クアントロン公爵家の私の部屋だ。

 ………なんでこんなに視界が低いの?

 私は部屋の中にある鏡を確認した。

 そこに映っていたのは紛れもなく私………だけどその姿は幼い。

 たぶん、七、八歳ぐらいだと思う。

 私が混乱していると部屋の扉がノックされた。

 そして、私の返事も待たずにその扉は開いた。



「「シルヴィア!!」」


 入って来たのは私の両親。

 もう二度と会うことはないと思っていたお父様とお母様だ。

 二人は私を見ると飛びつくように抱きついてきた。


「シルヴィア!! ああ、顔を良く見せておくれ! 」

「シルヴィア、ああ、本当にシルヴィアだわ! 」


 こんな二人は前世も含めて初めて見る。

 私は、そんな二人を強く抱きしめ返した。

 そこから私は、これでもかと言うほど二人に溺愛され、甘やかされた生活を送ることになったのだが。







「え? 何故私はここにいるのかしら? 」


 そう、本当によくわからないうちに、私は前世の婚約者であるラインハルト様のお膝の上にいるのですが、どうしてこんなことになっているのかしら?


「何故かって? それはもちろん君が、僕の愛しの婚約者だからだよ? 」


 そう言うとラインハルト様は私の頬に口付けし、それから思いっきり私を抱きしめて………え? なんか思いっ切り匂いをかいでいる?


「はぁ〜〜、なんて良い香りなんだ。我が婚約者殿は日々僕を夢中にさせてくれる」



 なんで?

 こんなこと、前は絶対になかった。

 いくら私が八歳とはいえ、ラインハルト様の膝に上に座るなんて!


「あ、あの、いくら私が幼くても、ラインハルト様の膝の上に乗るなど不敬になります………」


 私の言葉にラインハルト様が、眉をこれでもかと下げ


「我が愛しの婚約者殿は、私の楽しみを奪うというのかい? ああ、でも君が嫌なら………ものすごく勿体無いけど、本当はものすごく離したくないけど………その、降りるかい? 」


「あ、いえ、嫌というわけではなくて………」


「嫌じゃないんだね! うん、それじゃあ、これからも君の定位置はここだよ? 忘れないで。君は僕の婚約者で、将来は僕と結婚するんだ。そして、これでもかって言うぐらいこの国で幸せになるんだ」


 そう言って私を抱きしめたラインハルト様は、もしかしたら少し泣いていたのかもしれない。


 それからというもの、前回とは違う展開の連続だった。

 私がラインハルト様の婚約者になった時、同じく公爵家のカロリーナ様が、度々私に嫌味を言って来ていたのだが、今回は何故か全面的に私とラインハルト様を応援してくれている。

 その証拠に、別のラインハルト様を慕う令嬢が私に絡んできた時に、率先して撃退してくれていた。

 私は、さすがに不思議に思い、カロリーナ様に聞いてみたのだ。

 すると答えは。


「私は………ラインハルト様を想う貴方の気持ちに勝てる気がしません。むしろ尊敬すらしていますわ! 私とお友達になって下さいませんか? 」



 こうして私は、大切な親友を手に入れた。

 他にも、魔法が遅れていた我が国に、最新の魔法技術が持ち込まれ、研究が進んだ。

 それを行なったのが、ラインハルト様だった。

 普通なら色々なしがらみで、こんなに素早くことが進むことなどないはずのに、これについてはほぼ待ったなしで進んだ。


 それから、前回は私と敵対していた高位貴族の一部が、私が特になにをしたわけでもないのに、恐ろしいほど気を遣ってくる。

 これに関しては本当に謎。



 そして、何より変わったのは………。



「え? 隣国の王弟が処刑された? 」


 私は、耳を疑う話をラインハルト様から聞いた。


「ああ。王弟は、自分の兄である王に謀反を企てたとして処刑されたよ」


 同時に聞かされたのは、王弟の妻と愛人たちの死だった。

 それぞれ、いろいろな悪事に手を染めて、最終的には王を害する計画にも加わっていたとして処刑されたらしい。

 私が王弟に見初められた年より二年早く、王弟は黄泉路に旅立った。



「シルヴィア………これでようやく君と安心して結婚出来る。本当に………長かった。シルヴィア! 僕の最愛!これからはずっと一緒だ、絶対に君を離さない! 」



 それから私たちは、特に妨害もなく結婚する運びになった。

 一つ気になったのは、やたら隣国からのお祝いが気合が入っていたこと。

 びっくりしたのは、わざわざ隣国の王が結婚式に現れたことだ。


 ラインハルト様と隣国の王、ザファルト王は和かに挨拶を交わしていた。

 まるで昔からの知り合いであるように。



「シルヴィア………ああ、なんて綺麗なんだ。君が僕と一緒にいてくれることを感謝せずにはいられない。僕の最愛、これからも一緒に時を刻んで行こう。もう二度と離れないように」


 そう言ってラインハルト様は私に優しくキスを贈ってくれた。

 私は、ようやく安心できる場所を見つけた。










 side ラインハルト


 僕は唐突に思い出した。

 僕の最愛のことを。

 今は何年だ! あと何年の猶予がある?!

 それより、何より、僕のシルヴィアに会いたい!

 もう一度あの笑顔を見たいんだ。



 あの、前回の最期は昨日のことのように思い出せる。

 魔獣に攻め込まれ、王都では沢山の血が流れた。

 しかし、皮肉にもそれが時を戻す術のトリガーになっていたのだ。

 王族の中でも、王と、王太子しか知らない時を戻す術の条件、それは王都に血が指定された量より流れた時。

 それだけ血が流れるということは、王都で沢山の死者が出ている証拠。

 大昔、これだけの術式を一人で書き上げた王族がいたらしい。

 そんなことが出来るのであれば、今から隣国からの援助が無くとも魔獣を防ぐ手段を見つけることも可能なはずだ!


 もちろんこんなこと一人で出来わけがない。

 時戻しは通常記憶を所持したまま戻れるのは王と王太子のみとなっている。

 だが、今回はどのような奇跡が起きたのか、なんと記憶のある者が多数存在したのだ。

 共通するのはシルヴィアの死を心から悔やんだ者。

 そのほとんどは貴族であったが、その中に記憶がなく、僕の婚約者に決まったシルヴィアに嫉妬し、失礼な態度をとる者がいた。

 それが気になり、詳しくその家の者を探ると、隣国の王弟との繋がりが見えてきた。

 前回のシルヴィアの死にこの者たちが関わっていると考え、厳しく取り調べた。

 すると思いの外深く隣国と繋がり、話は隣国の王の殺害計画にまで及んだ。

 僕はその調査内容を隣国の王へ伝えた。

 そのあとは面白いように王弟やその妻、愛人が捕まり処刑されていった。

 本当なら僕が殺してやりたかったが、そんなことよりかわいいシルヴィアを愛でる方が忙しい。



「シルヴィア、僕の最愛………君がいてくれて本当に嬉しいよ」


 僕がそう言うとシルヴィアが恥ずかしそうに微笑んでくれる。

 こんな幸せな日常が、当たり前のように過ごせるなんて、本当に頑張ってよかった。


「ラインハルト様………私も、貴方と共にいられて幸せです」


 ああ、なんて可愛いことを言ってくれるんだ。


 でもね、僕はこの先もずっと後悔はし続ける。

 前回、何故シルヴィアを信じることが出来なかったのか。

 何故シルヴィアをあんな暴力に晒してしまったのか。

 僕はずっと自分を許せないままだ。


 だから………僕は、この笑顔を守るためなら何でもしよう。

 君が僕や国を守るために命をかけてくれたように、僕も君のために全てを捧げる。

 だから、僕から離れないでくれ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 序盤は『貴方のため』、中盤以降は『貴女のため』なのですね。
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