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万華鏡  作者: へろいん
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踊る蛞蝓の像

ぼくは友人の家を訪ね、彼女の部屋へと足を踏み入れた。部屋はゴシック風のインテリアで飾られており、あたかも古城の一室のような雰囲気が漂っていた。

天井は高く、ゴシック調のステンドグラスが窓にはめ込まれ、外から差し込む光が部屋の中で幾何学模様を描いている。部屋の中央には大理石製の暖炉があり、その上には骸骨の頭蓋骨や奇妙な形をした骨が飾られ、その横には豪奢な本革張りのソファが置かれ、足元には暗い色調の絨毯が敷かれていた。

部屋の片隅には古びた書物が並べられた本棚があり、その上には奇怪な形をしたオブジェやアンティークな古時計が置かれていた。時計は、もはや時を刻んでいないようで、静かに立ち止まった針が過去の時間を示している。


壁には深い紫や漆黒のタペストリーがかけられ、その中に錆びた鉄製の燭台が埋め込まれていた。燭台には蝋燭をもじった電球が付いていて、電飾の青い炎の輝きが部屋の隅々まで届くことのない陰翳なだけでなく排他的ですらあった。この先は常識外です、とでも言うように。


彼女は部屋の奥、まるで光を避けるようにステンドグラスから離れた場所に年代物の机を置き、其処に古びた書物やカビ臭い古代の木像、用途不明のガラス細工や複雑な意匠を凝らしたアミュレット等、要はガラクタを山と積んで其処に埋もれていた。その姿は古の叡智を追い求める真摯な研究者にも、敬虔な司祭にも、また墳墓を暴く罰当たりな盗掘者にも見えた。


相変わらずここはまるで神秘主義者の要塞だ。ちょっとは整理したらいいのに。


そうかい?最近はこんなものさ。隠された知識というやつは、なんたって隠されているんだから文字で遺されることはめったに無い。大抵は謎めいた象徴、海の波の如く無限に繰り返される営みのなかに自ら浸透していく様に原初の祭祀者によって設計され将に!意図した通りに機能してるというわけだ。これを見給え。


そういうと彼女は暗緑色の混じった硝子の像を取り上げ示した。


これは南米のアマゾン川支流粋にあるある遺跡から盗掘されたものだ。私はこの像を入手するのに随分と骨を折ったんだよ。盗掘者が闇市場で売り払ったものが次いで骨董屋、美術鑑定家の手にやがて珍品趣味の貴族の手に渡るまでに実に半世紀、先の戦争で破産した貴族が像を手放し我が国に流れてくるまでに更に10年、そうして我が手元に救いを求める小鳥のように!舞い飛んで来たのが先月というわけさ。ざっと70年!探求せよさらば与えられんされど謎は謎のまま。私はこの像の出処を辿るのに今日の今日まで寝ずの調査を強いられたのさ。


その到底鳥には見えない、どちらかと言えば踊る蛞蝓のごとき奇怪な形状の硝子像は確かに持ち主の趣味についてそれ自体が雄弁に物語っている。

つまるところ彼女はそういう手合だった。この世のものならざる雰囲気を纏うよう設計されたこの世の物品を収集し、あるはずもない秘密の知識を追い求めて、歴史に無意味な神秘性を付与し、宇宙についての科学では決して解き明かされることのない知識についてそれらの探求者たちが遺した象徴や隠されている意図を見抜き、秘匿された古代のガラクry叡智を手にすることを求めている、そういう手合だった。加えて世界を覆う闇の組織の存在をリアルに信じている陰謀論者で、全ての陰謀論者がそうであるように精神病患者でもある。彼女が虹のすべての色を備えた手のひらいっぱいの錠剤をキャンディーみたく齧るを見た時、ぼくは何事かを察し得た。


で、何か用?


こっちののセリフだよ…そっちがぼくを呼び出したんじゃないか。君が途轍もなく珍しい宝物を入手したからお披露目したいって。


そうそうそうだよそのとおり将に君の言う通り、私は遂にとうとうしてやったのさ。絶え間なく続く人の歴史、全く大したことのない、糞便を垂れ流す行為を永続的に清潔にしてのける発明を除けば、とるにたらない歴史、の中に埋もれてしまった真の偉大なる発明品を手に入れたのだよ。全く大したものさ。ところで君、無限についてどう思う?


どうって言われてもな。無限とは数限りないってことじゃない?


そのとおり、無限とは限りがないことだ。だがこうも言える。限りがないものには、終わりがない。

こう考えたことはない?終わらないもの、永遠に続くもの、無限の最も単純化されたイメージは神だ。神は万能で宇宙を創め終わることなく永遠に続く無限だ、と。


あいにく無神論者でね。


君は相変わらずとんでもなくつまらない男だな。信仰心すら持たないなんてカカシ?藁屑の集合体であるあれすら脳を求めて旅するくらいには神秘的な存在なのに。


趣味の違いだよ。ぼくは神について考える趣味がない。考えることはサークルの後輩のこと。彼女の瞳彼女の唇大理石の手触りを彷彿とさせる肌、巨匠の手になることを確信させる豊満な造形についてだよ。考えだしたら、止まらない。


ふん俗物め。まあ、いい。さて無限についてだ。

神学者アウグスティヌスは、『告白』の中で無限に触れている。彼は、神は永遠であり、時間を超越した存在であると考えた。アウグスティヌスは、「神は時を創造する前に何をしていたのか?」という問いに対し、「時間とは、神の創造によって生まれたものであり、無限の神は時間を超越している」と考えた。

中世の神学者トマス・アクィナスも、無限について深く考察している。彼の著作『神学大全』において、彼は神を「無限に完全な存在」と定義し、神の無限性は神の知性や愛、力などあらゆる属性において完全であることを意味すると書いた。

イスラムの神学者アル=ガザーリは、彼の著作『哲学者の混乱』で無限を議論した。アル=ガザーリは、神は絶対的で無限の存在であり、その存在は永遠であると考え、また、彼は無限の宇宙を認めず、宇宙は始まりと終わりがある有限のものであり、その創造主である神だけが無限であると主張した。

またポール・ティリッヒは、『無限の勇気』で無限と人間の関係を探求している。彼は、人間は有限な存在でありながら無限を追求し、その中で自己を超越することによって、神との結びつきを深めることができると。

つまるところこれらの神秘主義者たちは、


待て待てアウグスティヌスはともかくアクイナスは神秘家じゃない。ガザーリは決して神秘主義者ではないし、ティリッヒはむしろマテリアリスト寄りだろ。


あーあー君はそれだから、そんなだから!神の叡智に近づくための脚を自ら切り落としてしまうから、それでいて傷口から流れる血を見て痛みを感じてようやく自らが正常であると思いこんでしまう生まれついての俗物だから!君は眼前に広がる叡智そのものが、この宇宙で最も美しいものが惜しみなく全てをさらけ出しているというのに、これほど破廉恥なポルノは存在しないというのに!君は自ら目を閉じて見ようともしないんだ!


わかったわかったから。もう水を指すことはしないから続きを話してよ。


全くもう。いいかい?つまるところ無限とは時空間に遍在しながらもその制約から完全に解き放たれているということだ。我々はこういった無限定な存在を記述することは出来ない。言語はそれ自体が区分のためのものだからね。原初の太極を記述するなんてできっこない。神は、記述なんて出来ない。だから聖書なんて出鱈目だ。アブサンを飲んで発狂したペシミストの書いたポエムだよ聖書なんてものは!


聖書は読んだことがないんだ。


素晴らしい。君は無知の光によって無垢に改められ輝いているぞ!


馬鹿にすんな。


さて有限な我らが宇宙で無限を探求するにはどうすればいいのだろうね?


さぁ?


少しは想像するなり頭を使うなりしたまえよ。シンボルを読み解くコツは想像力を研ぐことなんだよ。


努力するよ。


さて、我らが感覚器では無限を捉えることは出来ない。だからこそアクイナスは神を理知の向こう側と定義し、アウグスティヌスは空腹と瞑想と孤独による錯乱の中で神に出遭って"しまった"わけだが、物事を簡便かつ繰り返し可能なプロセス化することで成立した近代において神に出会う優れて洗練された方法とは?

繰り返し申し上げるのだがね?神は無限だ。無限とは無限定だ。無限定とは始まりも終わりもない永遠のことだ。ではこの宇宙で人の作り出したもののなかで無限に近い状態を作り出し神に近接する機能を持った道具があるとしたら?


そんなものあってたまるものか。


あるんだよ君!本日君を我が家に誘ったのはそれを開陳せんがためさ!苦労したんだよ?まったく苦労したのさいやもう快楽だねこれは。宇宙は巨大な目だととある作家が書いているが、作業中私はずっと慈愛に満ちた目で見守られているように感じたよ。


はいはい。それで、見せたいものというのはなんなの?


急くな急くな。だがまぁいい。これだ、見給え。


友人は、彼女は、机に置かれていた筒状のものを掴むとぼくに向かって差し出した。


なに?これ?


これは神を見出す機械だ。


彼女はそういった。その大きな瞳には数瞬まであったはずの熱狂は去り、代わりに神を見てしまった者特有の狂信に冒された輝きが宿っていた。

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