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朱雀と弟  作者: 村上有リ
冷泉帝
83/96

083.四十の賀

 (ひかる)の四十の賀は、まず十月に奥様が嵯峨の御堂で薬師仏供養をなされた。光が気を使って「密かに」行われたそうだけれど、大臣や納言たちは付き従ったようだ。紅葉の綺麗な頃で、仏事とはいえ雅な話だなと俺は思った。


「その精進落としが今日なんだけど」


 俺は十月二十三日に呼ばれてかなり久しぶりに二條院へ行ったが、光の顔は冴えなかった。光の隣には光とそっくり同じ衣装を召された冷泉(れいぜい)さんがにっこり笑って座しておられる。


「本当にそっくりですね」


 俺は感心しながら二人を眺めた。


「そっくりですねじゃないよ」


 光はさすがに不安なのか困った顔をしつつ、帝の命なので断れないという感じで眉を寄せた。


「冷泉さん、本当にやるんですか?」


「はい」


 冷泉さんは自信たっぷりに笑っておられた。衣から香る匂いまで同じでよく変装できている。


「これも予言を引っ掻き回すことになるかもしれないよ」


 俺は苦笑しながら言った。


「冷泉さん、しゃべらないでくださいね。手はず通りに交代しましょうね」


「はい」


 冷泉さんはいつもの微笑みながらすごく楽しそうでワクワクしておられた。


「こういう悪戯(いたずら)、はじめてです」


「最初で最後ですからね」


 光はわがままを言う冷泉さんに慣れないのか困った顔をしていたが、嫌そうではなかった。微笑ましい親子だな。こういう入れ替わりができるほど似ているのも素敵なことだと思う。



 二條院は光が須磨に行くとき奥様へ譲渡されたそうで、今では彼女の私邸であるらしい。自邸を奥様名義にするなんて、本当に彼女想いだし二度と(みやこ)へ戻ってこられないかもしれないと覚悟していたんだな……。

 今日ここには大臣はじめ殿上人の席がたくさん設けてあり、主人たる光の席は螺鈿の倚子(いし)だった。これは格好いい。西の間には夏冬の装いが美しく飾られ、挿頭の台や屏風、置物の御厨子、調度などきらびやかで目もくらむような品ばかりだった。俺なら圧倒されてしまいそうな空間も一向に気になさること無く、冷泉さんは光として席につかれる。


 午後から楽人が召されて祝賀の舞が始まり、この日のために準備していた貴族たちが次々と舞を披露した。日暮れには高麗楽の追吹きのあと龍を模した面を付けた人が納蘇利(なそり)を一人で舞う落蹲(らくそん)があって、最後に夕霧(ゆうぎり)くんと柏木(かしわぎ)くんが入綾(いりあや)を舞って紅葉の蔭に入った。冷泉さん、これが見たかったんだな……。

 冷泉さんはあくまでも光を装って平然となさっておられたが、とても嬉しげなご様子は隠しようもなかった。冷泉さんの夕霧くんを見つめる眼差しには、憧れの人を追う感じがあるようだ。


「お父様たちの間柄によく似て」


「官位はこちらのほうが進んでおられるわ」


 古い女房たちがそう噂しあうのも懐かしい気がした。柏木くんにも父である太政大臣さんくらい長生きしてほしい。俺は夕霧くんもだが、婿になってくれた柏木くんのことも気になって、目立たない場所に隠れながらつい目で追っていた。

 夜になり別の楽人たちが来るところで冷泉さんはつと席を立たれ、光と交代なさった。


「いかがでしたか」


「とても楽しかったです」


 光姿の冷泉さんは興奮さめやらぬご様子で、とても喜んでニコニコしておられた。


◇◇◇


 光の四十の賀の締めは十二月下旬に行われた。冷泉さんはもちろん参加されたかったようだが、今回は中宮さまが主催なさるので流石にバレてしまうということでお控え頂く。中宮さまは奈良や(みやこ)の寺に御誦経と布や絹をご寄進下さり、御自身の居所である秋の町に設えをして光を迎えられた。光の裝束も絢爛豪華で、古くから伝わる名品は皆集まるような御賀になっていた。


「夕霧くんを右大将にします」


 冷泉さんは参加できなかった腹いせなのか、夕霧くんを病で欠員が出ていた右大将にして下さった。引き上げてくるなあ。その夕霧くんは自分の居所である夏の町で、やはり立派な設えをして光を待っていた。俺は以前玉鬘(たまかずら)さんが居たという西の対に隠してもらって、覗ける範囲で楽しんだ。


 大臣、納言たちはもちろん今日は太政大臣さんも来ているようだった。光の御座や調度は帝の指示で設えられたそうで、背後の屏風四帖も冷泉さんの御手で書かれた逸品らしい。夕霧くんと冷泉さんの共同作業は見応えあるな。ちょうど加階した夕霧くんの勢いもあり、庭にはびっしり馬たちが並ぶなど雄々しく立派な御賀だ。


「四十歳おめでとー」


 (ほたる)は得意の琵琶をもらって嬉しそうに弾いていた。光の前には(きん)、太政大臣さんの前には和琴(わごん)。この合奏も安定感がある。太政大臣さんは夕霧くんを婿にできたのが嬉しいようで、光と懐かしそうに話をしていた。酒も進んでいて、二人の距離感が少し戻ったようで良かった。


 夕霧くんにまたお子さんが生まれるらしいという話を聞いて、俺にはそれも嬉しかった。実子の夕霧くんはもちろん、少女の頃から育てた奥様や親代わりとなって入内させた中宮さまにもこんなに祝ってもらって。冷泉さんもご立派だし、光の人脈と養育力って凄いんだなと思った。

朱雀:桐壺帝の子。光の3歳上。のちの朱雀帝、朱雀院。

光:桐壺帝の子。朱雀の弟。

蛍:桐壺帝の子。朱雀、光の弟。のちの蛍兵部卿宮。

冷泉:光の長男。系図上は桐壺帝の子。朱雀帝時代の春宮。後の冷泉帝、冷泉院。

夕霧:光の次男。系図上は長男。光と葵の子。冷泉の3歳下。


柏木:太政大臣の子。雲居雁の兄。夕霧の従兄。

玉鬘:夕顔と太政大臣の娘。光が自邸に引き取り親代わりとなった。

紫:藤壺中宮の姪。光の妻。10歳から光に引き取られ養育された。光の8歳下。

梅壺中宮:六条御息所の娘。冷泉の9歳上。秋好中宮。

太政大臣:葵の兄。光の従兄。夕霧の伯父。

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