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朱雀と弟  作者: 村上有リ
桐壺帝
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008.密かな文通

 (あおい)さんからの(ふみ)には俺と文通したい旨が書いてあった。恋の話などではなく、友人の一人として文を交わしたいらしい。俺はなんだか不思議な気がしてしばらく考えていた。でも文というのはすぐ返事を書かないと失礼にあたるので


「俺でよければ。よろしくお願いします。」


 とりあえずサッと書いて使いに持たせた。あっさりしすぎたかな。でも俺とどんな話がしたいんだろう。俺は一晩中考え考えして、翌朝もう少し丁寧な文面で書いた。


「吹く風にも秋の深まりを感じます折々、いかがお過ごしでしょうか。昨日はあたたかいお手紙を頂きましてありがとうございました。広い世間に鍛えられずのんきにのみ日を送ってきたものですから、歌のない交流をとのご所望にこちらこそ救われる思いが致します。どうか末永くお付き合い頂ければと存じます。」


 使いに持たせると、返事はほどなく返ってきた。


(さか)しらにあのような文を出しまして、はしたない女と思われたのではと心苦しく思っておりました。お返事どれほど嬉しく、ありがたかったことでしょう。私も文や歌をとり交わすことなく現在の生活に入ったものですから、歌には自信がございません。周りの者は褒めますが所詮身内の評価で、本当はどの程度なのかわからず戸惑うこともしばしばです。春宮(とうぐう)さまはいかがですか。」


 葵さんは達筆でとても読みやすい文を書いてくれた。蛍はプライドが高いらしいと言っていたけれど、文面からは素直で真面目な印象を受ける。


「俺も歌は自信がありません。万葉集や古今集は好きなのですが今に取り入れることが苦手で。一生何も抜きん出ることのない、当たり障りのない歌を詠むことになりそうです。」


 俺は自虐しながらも、それでいいと思っているところもあった。帝というのは国の代表者ではあるが主役ではないと感じていて。ただ芸術を愛す帝の御世に音楽や詩歌が栄える例もあるのだから、俺も縁の下の力持ちとして何かこだわりを持ったほうがいいのかもしれない。


「葵さんは何かお好きなものがおありですか。」


 俺は話題を広げるため、文末を質問にして送った。


「私は書物を読むのが好きです。それも遠い異国の冒険譚や不運な姫君が幸せになるような物語が好きで。いつまでも娘のような好みでお恥ずかしい限りです。」


 恥ずかしいと言う割に自分で明かしてしまっているあたり、面白い方だなと思った。この方こそ本物の深窓の姫君なんだろうな。光が元服する夜に(めあわ)せられたときいたけれど。恋も冒険もせず大人になってしまったのかもしれない。


「それは素敵ですね。御所にも珍しい物語がないか探してみましょう。」


 蔵を探せば何かあるだろうか。俺は手持ちの書物も見返して面白そうな物があれば葵さんにお貸ししようと思った。思いながらふと、この文通を光は把握しているのだろうかと不安にもなった。

 内容まで明かすのは葵さんに失礼だろうけれど、奥様と文を取り交わしている事実は伝えておくべきことのように思う。既婚女性と文通するというのは一般的なことなのだろうか。俺は特殊貴族とでもいうような身分のため、一般貴族社会の風習に疎いことに今更気づいた。


「本日はありがとうございました。有意義な時間でした。」


 夕暮れになったので最後の文を出した。たった一日で何往復もしたが使いの人も大変だったろうな。左大臣邸まで駆けてくれた従者に実用的な品々を贈る。俺はこの文への返事はこなくてもいいと思っていた。


「どうかまた御文を下さいますか。お時間のあるときで結構ですから……。」


 日もすっかり暮れてから返事をもらって。なんてことはない文面なのにどこか切羽詰まったような、必死な印象を受ける。俺は夜になっても火を灯してしばらくこの文を見ていた。光にきいてみようか。左大臣邸から来たなら秘密ということもないだろうし……。


 俺は葵さんとの文で光の名を出すのはどこか憚られるような気がして、「光によろしく」とは書けなかった。俺と文で話すことで刹那でも光の存在を忘れようとしているのだろうか。ただの戯れで文をくれたなら良かったのに。俺からこんな文が来たと夫婦で話題にしてくれてもいいのにと俺は思った。

朱雀:桐壺帝の子。光の3歳上。のちの朱雀帝、朱雀院。

光:桐壺帝の子。朱雀の弟。

蛍:桐壺帝の子。朱雀、光の弟。のちの蛍兵部卿宮。


葵:左大臣の娘。光の妻。光の4歳上。

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