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朱雀と弟  作者: 村上有リ
冷泉帝
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056.頭おかしい

 年の瀬も押し迫った頃、春宮(とうぐう)に会いに御所に来た俺は帝に緊急招集された。御前には(ほたる)夕霧(ゆうぎり)くん、そして冷泉(れいぜい)さんがやっぱりニコニコ笑って座しておられる。


玉鬘(たまかずら)って人に挨拶してきました」


「玉ちゃん来たかー」


 蛍は軽くため息をついて夕霧くんを見た。


「あいつ本当筋書き通りに動いてくるな」


 どうも(ひかる)が六條院にまた新たな女性を迎え入れたようだ。


「このまま行けば髭黒大将に取られるんだよな」


「ええ」


 蛍は珍しく腕組みして真剣な顔で考えこんでいる。


「光、本当に手出さねーのかな」


「どうだか」


「玉ちゃん可哀想なんだよなー。救ってやりたいけど、髭黒との間に子ができるだろ? 生まれてくるはずの子が生まれないってことにならねーかな」


 蛍はそれが心配のようでだいぶ考え込んでいた。


「髭黒大将って承香殿(しょうきょうでん)さんの兄だよな?」


「はい」


「すー(にい)、髭黒ってどんな奴?」


「俺もよく知らないけど……。春宮の伯父なら出世しそうだよね」


 俺が思ったことを言うと、蛍はまた腕組みした。髭黒さんは今右大将かな。将来春宮が帝になれば、間違いなくもっと出世できるだろう。


「そーなんだよな。結婚相手として悪くないんだよ。ただ見た目がな」


 それが一番の問題らしく、蛍と夕霧くんはしばし黙っていた。


「玉ちゃんが髭黒を好きになる展開も無くはないか?」


「どうでしょう」


 夕霧くんは懐疑的に答えると、チラと冷泉さんを見上げた。


「邪魔なら消そうか」


 冷泉さんは脇息に頬杖をつきながら微笑んで仰る。スッと御笏を振られると、もう命が執行されそうに思えた。


「怖い怖い」


 その笑顔の冷たさに蛍は肩をすくめて苦笑した。俺も少し恐ろしく思って。たしかに冷泉さんは夕霧くんにかなり甘いので、大事な弟のためなら人の一人や二人はあっさり消すかもしれない。


「蛍さん、再婚しないんすか」


「いいよ、今さら」


 夕霧くんがおもむろにきくと、蛍は少し照れて笑った。蛍には亡き奥様との間に息子さんたちがいて男手一つで育てていた。もちろん女房たちが手伝ってはくれるだろうけれど。蛍みたいに運動神経抜群な若い父親に遊んでもらえたら、息子さんたちは喜ぶだろうな。


「玉鬘って人、蛍さんのこと好きですよ」


「そうなるかはわからねーさ」


 夕霧くんの重要な指摘にも蛍は遠くを見ながら穏やかに答えた。どうやら玉鬘さんという人が蛍に恋をする展開のようだ。でも蛍はそうなってほしくないと思っているように見えた。亡き奥様のこと今でも愛しているのかな。未来が見えるのも大変だ。


内裏(うち)に呼びましょうか」


「冷泉さん、ほしいですか」


「どちらでも」


 冷泉さんはただ微笑んで、優しく仰った。


「その方の望むままに」


 冷泉さんが女性を召されないというのは有名な話だった。冷泉さんは梅壺中宮を最も大切にしておられるので、他の女性たちは「頼まなければ」夜御殿(よるのおとど)には行けない。もちろん女御たちが直訴するわけじゃないんだけれど。女房たちを通じて内々に手配しないと会えないのだ。


 昼間はとてもお優しく、いろんなつぼねを周り、誰にでも別け隔てなく接して下さる。でも夜の難度は高い。冷泉さんレベルになると彼に会うために女性のほうが頭を下げるのかと俺は妙に納得していた。ただ帝が好みの人を指名するのが普通なので、少し女性たちの都合に合わせすぎている気もするけれど……。


「まー光次第ではあるわな。俺たちがどうこう言っても」


 蛍が諦めたようにつぶやくと、夕霧くんが突然俺の方を向いた。


朱雀(すざく)さん、今度呼んでいいですか」


「えっ?」


「朱雀さんがいると未来が変わる気がします」


 夕霧くんは強い瞳で俺を見る。


「朱雀さんの周りは予言が当たりにくいです」


「マジか」


「そうかな??」


 蛍までもが俺を見るので俺は慌てた。


「すー兄、玉ちゃん欲しそう?」


「いや、遠慮しときたいけど……」


 知りもしない人を断るというのも失礼だが、女性には事足りているので俺は控えめに返事した。


「まいいや。そのうち光が六條院に俺らを呼ぶだろうから、一緒にきてよ」


「お願いします」


「うん……」


 俺はどう考えても自分に未来を変える力はなさそうに思ったが、蛍だけでなく夕霧くんまで頼むのでしぶしぶうなずいた。自信ないなあ。


「その人は光の恋人ではないの?」


「恋人だった女の娘なんだよ。父親は内大臣だけど」


「内大臣さんの娘さんなのに光の邸にいるの??」


「だからそれがおかしいんだよ。あいつ頭おかしいよ」


 蛍がそう言うので思わず苦笑してしまった。たしかにかなりおかしいけれど。光はその人の親になろうとしているのかな。昔死なせてしまった人がいると嘆いていたけれど、その人の娘さんなんだろうか。


柏木(かしわぎ)も可哀想だしさ。本当罪作りな奴だよ」


「柏木には俺からバラします、姉弟だってこと」


 夕霧くんはきつい瞳で言い切った。


「人の気持ちを弄ぶようなこと、絶対させない」


 光を批判する時の夕霧くんは格好よくて。夕霧くんを英雄にするために光はわざと悪役を引き受けているのかもしれないと俺は思った。

朱雀:桐壺帝の子。光の3歳上。のちの朱雀帝、朱雀院。

光:桐壺帝の子。朱雀の弟。

蛍:桐壺帝の子。朱雀、光の弟。のちの蛍兵部卿宮。

冷泉:光の長男。系図上は桐壺帝の子。朱雀帝時代の春宮。後の冷泉帝、冷泉院。

夕霧:光の次男。系図上は長男。光と葵の子。冷泉の3歳下。


春宮:朱雀と承香殿女御の子。後の今上帝。

柏木:内大臣の子。雲居雁の兄。夕霧の従兄。

玉鬘:夕顔と内大臣の娘。光が自邸に引き取り親代わりとなった。

髭黒大将:承香殿女御の兄。春宮の伯父。玉鬘に懸想している。

梅壺中宮:六条御息所の娘。冷泉の9歳上。秋好中宮。

内大臣:葵の兄。光の従兄。夕霧の伯父。

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