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朱雀と弟  作者: 村上有リ
桐壺帝
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004.梅壺にて

 俺は弘徽殿(こきでん)女御の息子なので、小さい頃は弘徽殿に住んでいた。母は幼い俺の世話に命を懸けていたと言ってもいいくらいで、俺はほとんど室内から出してもらえず、遊び相手も女の子ばかりだった。初対面の(ひかる)に驚かれるほど色白でひ弱だったのはこの生育歴も関係していると思うんだけれど。今更言っても仕方ない。


 俺は春宮(とうぐう)になっても母が離したがらないのでずっと弘徽殿にいたが、元服(げんぷく)を経れば一人前ということで、父上から梅壺を居所に賜った。梅壺は藤壺のお隣だ。

 藤壺には藤壺女御がお住まいだった。亡き桐壺更衣によく似ているということで入内なさった方だけれど、先帝とお后様の間にお生まれになった宮様で、身分はとても高い。さすがの母も意地悪できないくらい高貴な方なので俺はほっとしていた。父上もこの方なら思う存分愛せるとお思いのようで、ご寵愛は揺るぎない。


 光の宿直所(とのいどころ)にしている桐壺と俺の住む梅壺は、東西の端同士で間に七殿もあるので姿も見えないほど遠かった。光は常に忙しく御所にいても会えることは少ないのだけれど、それでもたまに見かけると俺は小さく手を振ったり、互いに視線を交わしたりした。光と付き合いがあることを知ると母がうるさいから。そんな微かな交流も俺は嫌いじゃなかった。


「梅壺に俺の隠れ家作ってくれない?」


 ある朝、香りのいい紙に見事な筆跡で光から短い(ふみ)がきた。こんな用件だけの文にも季節感のある紙で(みやび)な感じを出してくるからすごい。俺はどうすればいいだろうと文を片手にしばし考えていたが、これを取り次いでくれた女房が中身をチラと覗いて


「お任せ下さい」


 ニコと笑ってうなずいた。この人が光と懇意の女房なのかな? 梅壺に仕える人は弘徽殿から連れてきたわけではないので、俺と光が打ち解けられたあの日以降、母には内緒で俺たちの味方をしてくれている。


「兄貴んとこの女の子、優秀だね……」


「ホントだね……」


 朝あの文が来たのに昼にはもう光の居場所ができていて。俺は光と顔を見合わせて感心した。御所の西端にある梅壺のさらに西の端で。狭いけれど夕陽が綺麗に見えそうな場所だ。


「どっから連れてきたの?」


「俺が選んだわけじゃないんだ。父上が俺に梅壺を下さることになったとき、どんな女房を揃えたらいいか藤壺さんに相談なさったらしくて」


「へえ」


 光は初耳だったのか、部屋を見回し置かれた調度品を確かめながらうなずいた。


「じゃ先帝とお后様に仕えてた頃の人が?」


「そんな古い人はいないと思うけどね。その縁者の人かな」


「そりゃ確実だね」


「俺があまりにも頼りないのと、母に任せて藤壺さんに何かあったらいけないからって父上が配慮なさった気がするよ」


「なるほど」


 光はこの隠れ家にある程度満足してくれたのか、確認を終えると無造作に腰を下ろした。俺も光の横にリラックスして座る。


「お隣さんとは交流あるの?」


「ご挨拶くらいだけれど。とても上品だし、優しくして下さるよ」


 藤壺に仕える女性たちは、まとう衣も美しいし立ち居振る舞いも洗練されていた。藤壺の斜向いには弘徽殿があるんだけれど。派手好きだったり羽目を外したりしがちで、比べるとやっぱり粗が目立つかな。


「藤壺さんのことなら光のほうがよく知ってるんじゃない?」


「子供の頃は遊んでもらってたけどね。元服してからは全然」


 俺が問いかけると、光は前を見たまま少し目を伏せて微笑した。光はどこか遠くを見るような目つきで、脇息によりかかり頬杖をついている。


「俺父上に連れられて弘徽殿にも来たことあるんだよ」


「そうなの?」


「俺って子供の頃から可愛かったから皆チヤホヤしてくれたんだけど、弘徽殿さんだけはずーっと不満そうでさ。ブレねえなって」


「ごめんね、ホントに」


 俺が謝ると光はクスっと笑って首を振った。


「俺嫌いじゃないよ、あのしつこさ。兄貴への愛が隠せないんだろうね」


 光の立場になれば母のことを「人殺し」と詰ってもおかしくないだろうに。光は俺にそういうことを言ったことがなかった。


「一番早くから帝に嫁いで男の子まで産んだのに冷たくされたんじゃさ。怒って当然だよ」


 母は光がこんなに優しいってこと、知らないんだろうな。光はぼんやりと前を見るともなく見ながら懐かしそうに話した。どこか昔が恋しくて仕方ない様子に見えて。


「俺、外そうか」


「えっ?」


「ちょっと疲れてるみたいだから。一人で休む?」


 光は一瞬驚いたように俺を見つめると、目を細めて優しく笑った。


「ありがとう」


 俺はこれが正しいのかわからなかったけれど、光は一人になりたくてここにきたような気がした。心ここにあらずというか、今の光はとてもつらそうに見えて。見ているこっちがつらい。


「兄貴が梅壺にいてくれて良かったよ」


 俺が去るとき、光は誰に言うともなくつぶやいて深いため息をついた。俺はここを設えてくれた女房に目配せして光のことを頼むと、光を隠すように、でもさり気なく侍る女性たちを避けながら、ぐるっと回って自分の座所に戻った。

朱雀:桐壺帝の子。光の3歳上。のちの朱雀帝。朱雀院。

光:桐壺帝の子。朱雀の弟。

蛍:桐壺帝の子。朱雀、光の弟。のちの蛍兵部卿宮。


藤壺女御:桐壺更衣に似ていることから入内した。光の5歳上。のちの中宮。

桐壺更衣:光の母。弘徽殿女御の嫉妬を買い早世。

弘徽殿女御:朱雀の母。右大臣の娘。桐壺更衣とその子である光を憎んでいる。

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